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婿に行く

…まさか…本当に?え?え?


いや、まて。落ち着け。この話はおかしい。


お嬢様は社長の一人娘。


常々社長は〝娘に婿を取って、ソイツを社長にする〟と言っていた。


つまり、社長になる手腕を買われた人間がお嬢様の結婚相手に選ばれる。



…俺は、どうだ?


昔から人と争う事が嫌いだった。だから、出世争いには加わっていない。


社長に直に経営者には向かない、と面と向かって言われたこともある。


人を蹴落とす事が出来ない。人と調和して穏やかに生きたい。


…俺は社長にはなれない。


会社を守るという重要な局面で、俺が社長となった場合競り負ける可能性の方が高い。


俺が社長になるのは寧ろ危険だ。



社長は何を思って、こんな話を?


「そうか。なら話は早い。愛子には私から告げておく。話はそれだけだ。下がれ。」


えっ!?いやいやいや。そんな簡単な事じゃないだろう。


「社長、私は長男ですので、一度両親にも伺いを立てないといけません。」


社長は同じ事を二回は言わない。そして質問も許されない。

俺が今かなり動揺していても、色々と聞きたい事があったとしても、それは許されない。


なんとか、別の角度から話を反らし、落ち着いて整理して考える時間を確保しようと両親の話を出した。


…俺はこの時よく思いついたと思う。自分で自分を褒めたい。


「…君は長男か。他に兄弟は?」


簡単に時間はくれないか…


「弟と妹がおります。」


「そうか。なら君がうちに婿に来たら弟が君の家を継げばいい。弟はどこで働いているんだ?長男を貰うならそれなりに対価がいるだろう。君の弟を常務として我社に入れよう。それならご両親も心が軽いだろう。」


………。


思考回路がついていかない。






✽✽✽


回らない頭の中なんとか今日の仕事を終え、家に帰る。


「ただいまー。」


「おかえり!久司!どういうことなの!?説明してちょうだい!!」


帰って早々母親に捕まる。31歳の男が実家暮らし。

未だに人に笑われる。自立しろ、と。


「なんのこと?」


俺は今日は疲れたんだ。早く一人にさせて欲しい。


「何しらばっくれてんのよ!!今日、社長さんから電話があってタマゲたんだから!!私も、お父さんも!!どういうことなの!説明しなさい!ほら!」


…社長から電話?


まさか…


「まさかうちのバカ息子が社長になるなんか、あり得る!?キツネに摘まれたかと思ってさ!社長さんにどういうことですかって何回も聞いてさ!」


!何回も!それはマズイ!社長はかなりご立腹なはずだ。


「そしたらさ、丁寧に丁寧に説明してくれてさ、〝久司くんをうちの娘婿に頂きたいんです。久司くんには是非社長に〟って!久司!あんた仕事が出来る男だったの?すごいじゃない!」


そもそも名前を覚えられていたんだ。良かった。


「…社長がそんな事言ってたの?」


社長は人に頭を下げるという事をしない。同じ事を二回言わない。聞き返すのはご法度。


それをまさかうちの両親に…


「だから、どうぞどうぞ。宜しくお願いします。って言っといたから!」


は?


「えっ!?」


「久司が中々結婚しないからもうお母さん恥ずかしくて恥ずかしくて。やっと決まってくれて安心だわ。それも社長令嬢!それに若いんだって!?あんた良かったわねー。真面目に生きてきたからいい事があるんだわ!」


真面目に生きてきたからいい事があるんだ、か。


そうか。冷静に考えたら、俺はお嬢様と結婚出来るんだ。

ずっと、ずっと思っていたお嬢様と…


これは千載一遇のチャンスだ。


「しかも〝長男を頂くことになるので弟さんを常務に〟って。宝くじ一等よりすごいことだわ!チャラチャラ生きてたあの子にも光が当たるなんてね!」


「俺が婿に行っていいの?」


一応、親父には聞いておきたい。母の陰に隠れて存在感の無い父親に声をかける。


「久司はいやか?」


「いや、住む世界が違う人だから…」


本当に住む世界が違う人だ。なんで俺なんだろう。


「社長さん、褒めてたぞ。久司を。〝私の周りには敵が多いですが、久司くんは誰とでも調和が取れる。私の潤滑油になってくれる貴重な存在ですよ〟って。」


親父が言う。

社長が俺を褒めてた?名前すら覚えられて無いと思っていたのに、しかも、両親にそんなことを言ってくれたとは…。


これは…やっぱり決まりだ。俺とお嬢様の結婚は社長の中でもう決定事項なんだ。


そして両親は喜んでくれている。


俺は千載一遇のチャンス。


俺はお嬢様と結婚する。決定事項だ!


「久司はお嬢様と結婚したくないのか?」


…答えは決まってる。


「結婚したいに決まってるだろ。家族がいいなら俺は婿に行く。」


弟と妹に押され、俺は自分の意見を言ったことはない。

両親はびっくりしていた。俺が自分の意見を主張したからだ。


―――それくらい、俺はお嬢様を思ってる。

お父様はかわいい娘のために実は裏で奔走しておりましたとさヽ(*´∀`)ノ

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