遠かった背中
「久司さん!!」
扉に手をかけている久司さんに後ろから抱きつく。
「――ッ???」
ギューッと力いっぱい抱きしめる。どこまでも高飛車で、これまでも高圧的に発言してきた。きっとまた喋ってもイヤな言葉しか出てこない。
行かないで欲しい。
その一言が言えない。だから、抱きしめる。
そして、離さない…
「あ、愛子さん?」
動揺してる久司さんの声を聞くのは…初めてだ。
久司さんの、その広い背中に顔を寄せる。
ずっと、遠かった…背中だ。
抱きしめたまま、私は喋らない。何と言えばいいか分からないし。
ただ久司さんの背中に顔を寄せて、力いっぱい息を吸い込む。
久司さんの、匂いがして…
「ど、どうされたんですか?」
「…。」
「あの…」
「グスッ。…ッ。」
久司さんを抱きしめているだけなのに、涙が出てくる。
ずっと、遠いと思って来た。
触れられない距離にいると思って来た。
それなのに…少し、手を伸ばせば、久司さんに届いた。
嬉しいのか…悲しいのか…それが分からない。
好きな…恋い焦がれた人が、腕の中にいる。
「…泣いて…らっしゃる、んですか?」
久司さんが確かめるように聞いてくる。
言えるわけない。見せられるわけない。…ここまで来ても私はプライドが高い。
バッ!
「キャ!」
グルン。
…久司さんに腕を取られて引かれ、久司さんの体が反転して、私達は抱き合う形となる。
久司さんに抱きしめられ、久司さんの胸に顔を寄せる形となった。
ドキドキ…私の心臓の音が大きい。…久司さんに聞かれてないかしら。
久司さんも…ドキドキと鼓動が早い…。
久司さんも緊張してる?
「なぜ泣いてらっしゃるのですか?」
あ…
「父の葬儀の日ですよ。泣くのは娘として当然です。」
ち、違うのに…もちろん、今日は泣きたいと思ってたけど、今は違う。
久司さんに出て行ってほしくなくて泣いてるのに…
私の口は虚勢を張る事しかしない。
「そうですね…申し訳ありません…」
あぁ、ほら!こうなるから…
「胸を貸す相手が、私で良いのですか?」
…久司さんがここまで言ってくれてるのに。せめて〝はい〟くらいは言おう。たった2文字、これくらいは言える…
「結ちゃんに頼んだら、断られてしまいましたから。」
あぁ、もう!
「…そうですか。」
…ダメだ。やっぱり。だけど離せない。久司さんを離せなくて手に力を込める。
大人な久司さんは分かってくれるはずだ。
「あいにく、私も傷心なものですから、長くは出来ません。」
「えっ!?」
やっぱり…気持ちは言わないと伝わらない。
「私がずっと喋りもせずに愛子さんに胸を貸すとでも思われていたのでしょうか?」
あ…。
「私はそこまでお人好しではありませんので。都合よく丸太とでも思われているのでしたら、流石に立ち直れません。」
…。
〝結仁が羨ましい〟〝私の気持ちは変わっておりません〟
大丈夫。久司さんはここまで言ってくれた。
あとは私が素直になるだけ。それだけなのに…
「丸太など…思ったことはありません。久司さんは大人でいらっしゃいますから、この状況を推察して冷静にお考えになったら分かるのではないですか?」
結局、口から出る言葉はいつも通りだ。




