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弱冠享年ジャンプ  作者: 三崎峻
6/6

名前

 消えたのは壁ではなく、塔全体だった。

 

 俺と女性だけが両手を繋いで宙に浮いている。いや、浮いていたのはほんの一瞬で、もう落下が始まっている。何年か前のアニメ映画で、こうして手を繋いで落下するシーンがあったことを思い出す。あの映画にも竜が出てきていたような。

 海面までおよそ100メートル。水面までの時間は5秒もないだろう。しかし、こうして思考を進められているのはなぜか。

 落下する速さが遅くなっている? 空気抵抗をほとんど感じなかった。


 まっすぐ前を向くと、彼女の後ろからシリウスが迫っているのが見えた。食われる、と思ってしまったことは後で謝らなくてはいけない。

 シリウスは俺たちを羽毛で覆われた背中で受け止める。爬虫類よりは鳥類に近いらしい。


「……助かった?」

「そうみたいです。とりあえずは生きてるみたいです」

 もう一度は死んでるけど。


 シリウスの背の羽毛は他の箇所に比べて薄く、普段からここに人が乗っているようだ。翼や頭にはもっと多く、大きい羽が散りばめられている。

 こんなにも巨大な生物が存在するとは……。


「未確認生物の観察もいいけどさ、自己紹介でもしとこうか。何ヶ月か前にもしたような気がするけど」

 そういえば、この女性の名前をまだ知らない。俺自身名前を思い出せないように、彼女も覚えていないだろうと思い、聞かなかった。

 やはり俺の思った通りで、彼女は名前を思い出せないでいた。

「まぁ、とりあえず、名前を思い出せるまでは好きなように呼んでよ」と言うと、脳内にしゃがれ声が響いた。


“お前の名前はハヤカワ・サキネ、だ”


「……そうだ。なんで忘れてたんだろう。私、咲音。そう、咲音だ」と彼女は儚げな表情で遠くを見て呟いた。その数秒後、表情は一転し、驚きに変わる。

「って、今のシリウス!?」

「俺たちの言ってることが分かるのか?」と俺も尋ねてみる。聞きたいことは山程ある。


“私に名前はない。お前たちの言っていることは分かる。男、お前はミブ・カオルだ”


 その名前を聞いたとき、なぜだか懐かしい気がした。

 そうだ。確かに俺は壬生馨だ。これまで何千回何万回とその名前を呼ばれ、書き留め、自ら発してきたはずなのに、なぜだか懐かしく感じた。

「そっか、馨君ね。よろしく」と、早川咲音は右手を差し出してきた。美しく、白く、細い指だった。爪には赤いマニキュアを塗っていた痕跡が見える。剥がれかけているが……。

「よろしく、咲音さん」

 俺も特筆すべきことがない右手を差し出し握手を交わした。


「ていうか年いくつ? 高校生とか?」

「17です。咲音さんは?」

「23。24になっている可能性もある」

「なんですかそれ」と俺が問うと、彼女はぼんやりとした顔で答える。

「私の誕生日、1月1日なの。私が死んだのはクリスマスだったから、この世界でも年を取るならもう24歳ってこと」と、1という数字が出るたびに人差し指を強調し、最後にはくるくると回してみせた。


「それと、別に敬語じゃなくてもいいよ。あんまり年も変わらないしさ」

 後半の文には疑問が浮かぶが、その気遣いは嬉しかった。


「で、どこに向かってるわけ?」と彼女は呟いた。黒竜は旋回し西へ向かっているように思えた。帆船が来たのも西からだし、そっちに大陸や島があるのかもしれない。

“西の大陸だ。あと5分程で着く。港町に落とす。落下速度は調節するから案ずるな。黄色い屋根の家に住む黒いフードの男に助けを求めろ。そいつはお前たちの味方となるだろう。こうして会話をできる時間も少ない。この世界のことはそいつから聞け”

「黄色い屋根の黒フードね。オッケー。助けてくれてありがと。お礼にあなたに名前をあげる。シリウスよ。この世界ではどうだかわからないけれど、私が知る限りで最も明るい星の名前」

“……名前は必要ないのだがな。しかし貰っておこう”

 名付け親の権利を咲音に取られたのは悔しいが、まあ、いい。シリウスはそれ以降返事はせず、脳内への言葉もなかった。


 西の大陸が見えた頃にはもう暗くなっていた。港町の明かりが何よりも嬉しかった。



 咲音の目に涙が見えた気がしたが、彼女が港町を見て笑う頃にはもうその涙も消えていた。


 シリウスのおかげで名前を思い出せて安心していた。


 しかし、まだ何か忘れていることがある気がした。


 一瞬前の咲音の仕草を見てそう思ったが、シリウスから振り落とされた頃にはそんな感情は消えていた。


 あ、謝るの忘れてた。






 違う。

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