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弱冠享年ジャンプ  作者: 三崎峻
2/6

観測

 四畳半の牢獄のような部屋の小窓の外に、今日も黒点がゆらゆら揺れている。ベッドに座ると正面に見える30センチ四方の小窓だ。

 ベッドとトイレしかないこの部屋にテレビ(仮)を見出した俺は黒点の大きい方にシリウス、小さい方にレグルスと名付けた。日によって片方の点しか見えない日や、両方の点が見えない日がある。

 シリウスは基本的にゆっくりゆらゆらと動いてテレビの中央をキープし続け、窓枠から外れることはほとんどなかった。

 一方レグルスはシリウスに比べて動きが早く大きい。枠から外れることも多く、一瞬映ったかと思えばそのまま枠の外へ消えることがほとんどだった。


「ポチ君、今日はレグルス見える?」と隣の部屋の女性に声を掛けられた。彼女の名前は知らない。

「今日はまだ見えませんね。……っていうかポチって呼ぶのやめてくれませんか」

 侮蔑の意を感じる。

「キミが何て呼んでもいいって言うからじゃない。ちゃんと名前思い出したらその名前で呼んであげるよ。それまではポチ」

「それはどうも。思い出せる気はしませんけど」

 俺はため息を吐き出す。


 死の直前の光景以外を思い出すことはできなかった。

 赤信号を無視して突っ込んできたトラックに跳ね飛ばされて俺は死んだ。それだけだ。

 正確には、跳ね飛ばされて地面に着地してから死んだ。跳ね飛ばされている間も目を開けていればその光景も覚えていたのかもしれないと思うと、少し損をした気になる。最期に見たのは瞼の裏側だった。


「いいよね、キミの部屋の窓からは何かが見えてさ」と女性は言う。隣り合った部屋の俺たちだが、俺のテレビは西の方向にあり、ベッドは反対の東側にある。そのベッドと隣り合う壁の向こう側に女性の部屋があるのだ。彼女の部屋も俺のと同じくらいの広さらしく、窓は東側に1つだけ。お互い北側に開かないドアがある。南側はコンクリートの壁。


 彼女の部屋から見えるものは雲や太陽、月だけらしい。

 ある日彼女が「そうだ、雲の形について実況してあげるよ」とか言って意味不明な実況を始めたが、30分ほど経つと黙り込み、それ以降その日は何もしゃべらなかった。


「あなたが暇だ暇だって言うからちゃんと黒点の動向を毎日教えてあげてるんじゃないですか。それで我慢してください。あ、シリウスが消えた。……あ、戻ってきた」

「そうやって何でも私の言う通りにしてくれるからキミはポチなんだよ。ま、そんなちっこい点が見えようが動こうがすごくどうでもいいんだけどさ」と言うと、彼女はあくびをしてしゃべらなくなった。


 黒点の観測と彼女との会話しかやることがないこのちっぽけな部屋から俺の二週目の人生は始まった。

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