プロローグ
小学4年生の春休み父と兄で海へ釣りに行った。
深夜に出発して明け方から釣りを始めたが昼を過ぎても全く釣れず、温泉に入って帰った。
母はがっかりして帰ってきた男たちを笑って励ました。
中学2年生の夏休みは上京した兄の元へ一人で電車を乗り継いで向かった。
途中で乗り換えを間違え、何度も兄に電話を掛けた。
迎えに来てくれた兄は、駅前のファミレスでステーキをおごってくれた。
半年前、体育祭の借り物競争で彼女が引いたお題は“優しそうな人”。
彼女は、応援の輪から外れてグラウンドの隅の日陰で休んでいた俺の元へまっすぐと走り寄り、俺の細い腕を強引に手を取って一緒にゴールへ連れて行った。
最下位の彼女はグラウンドに立つ誰よりも明るく笑っていた。
4時間前、半年バイトした金で買ったネックレスを彼女に渡した。
彼女の泣くところを初めて見た。
ネックレスを付けると、彼女は涙を拭いて笑った。
それらが走馬灯で、自分はこれから死ぬことも分かるくらい冷静でいられた。
耳を裂くようなブレーキの音と視界を奪い尽くす白い光を感じた。
俺の意識はそこで完全に消えた。