マッチ転生 ~If マッチ売りの少女~
私、どうしてこんな所にいるの……?
街の片隅で、目をパチクリさせている少女は最後に残る記憶を呼び覚ましていた。
覚えていたのは、バイトをしていた全国チェーンの居酒屋で、忘年会シーズンだと言うのに客入りがあまりよくなく、店長に言われるがまま駅前でチラシを配っていた事だった。
酔っぱらいに絡まれながら、寒いし、面倒で嫌だなと思っていたら、運転手は何を考えていたのか、車が入れないハズの駅前に、車が凄い速度で突っ込んで来たのだった。
少女は、避ける術を持たず車に跳ねられ、最後に見た光景は救急車の天井だった。
そこから先の記憶は無い。
「あの、ここはどこですか?」
少女は勇気を振り絞り、比較的優しそうな女性に話しかけてみた。
「……ゆーばーはうぷと」
女性から帰って来た言葉を少女は理解出来なかった。
ふと、自分が裸足で立っていた事に気付く。白く染まる街の景色とは不釣り合いな、薄着の服を凍てつく風が通りすぎる。
急に全身が震えて立っている事もままならなくなり、その場にうずくまる。
最初から持っていたのだろうが、その時初めて右腕にバケットを提げている事に気づいた。
中にはマッチの箱がぎっしりと入っている。
「私、なにやってるの……寒いよ、どうしよう。」
普段、内包している言葉が、頭の中から漏れたように口にでる。
「この状況で気付かねーのかよ?」
「え?誰?何なの?」
「そりゃビックリするよな。突然こんな状況なんだろ?」
ブツブツと一人言を漏らす少女に、街行く人々はまるで関心を示さない。
「お前、これはあれだよ。何て言ったかな?あぁ、あれだあれ、マッチ売りの少女ってやつだよ。」
「マッチ売りの少女?ってあの童話の?」
「あぁそうだ。っつても俺もよく知らねーんだけどな。マッチが売れなくて可愛そうな最期を迎える的なあれな。」
「私、でも全然、なんでこんな、訳わかんないんだけど。」
言葉を吐き出す度に、白い息と共に少女の体温を極寒の大地が奪って行く。
普段蛍光灯に慣れてしまっている少女の瞳に、ガス灯の淡い明かりの街並みが余計に寒さを増して行く。
「あなたは、誰なの?」
少女は、寒さに意識を委ねてしまいそうになる中、少しでもこの世界に意識を残すため、声の出所に考えを巡らせる。
「俺は、あれだ。お前と一緒だよ。この世界に樹として転生してしまった役立たずのマッチ棒だよ。」
「転生?どういう事?」
「お前、童話はあれとしてもよ、小説とか、アニメとかで転生して異世界で大暴れ的なあれよ、知らねーか?」
少女は、バイトに行く前の事を思い出す。
そう言えばよくアニメを見ていた。
特に夢も無く、現実は努力の糧など関係なく、運次第なんだと世の中を諦めかけていた年頃で、そんな現実を少しでも忘れさせてくれる異世界の話は嫌いでは無かった。
しかし実際には、思い起こせば、不運な事故に見舞われて、気付けばこんな言葉も分からないただただ寒い、待ち受けるモノは悲劇でしかない、そんな一場面に転生しただけだから、可笑しいにも程がある。
「あ、お前なんで私はこんなに不幸なんだろうと思っただろ?よく考えろ、お前はこの先、ワンチャン何かがどうかなってどうかなる奇跡見たいな事があるかもなんだぜ?でも俺はどうよ。樹に転生して、数十年特におもしろい事も無く、気付けばさらなる不運に見舞われて、こんなマッチって、どうすればいいんだよ。なぁ?」
「いえ、そんな突然テンションMAXで言われても私どうして良いかわからないですし……」
「なんだよ、お前良い子ちゃんかよ。お前が現れるまでの本物のマッチ売りの少女はよ、大胆で、下品で丁度良い感じのビ○チだったぜ?あれならきっとマッチなんて身体でどれだけでも売れたろうに、現実はお前見たいな奴が転生して来て、その身体と精神乗っ取ってガクブル震えてTheEnd的なやつなんだろうな。」
「……」
マッチのクセに、そんなにアツく語ってんじゃ無いよと思ったけど、マッチだから熱く語るのかな?なんて訳の分からない言葉が頭の中で繰り返す中、少女は一言返す事も出来ない程に体力も気力も限界に来ていた。
「なんだ、やっぱりお前、このまま死んじまうのか?」
もはや、瞳も開けておく事が出来ない程に衰弱しきった少女に、マッチの言葉は幾分か柔らかくなる。
「そうだ、あれだ、あれだよ。お前、こんな外に居なくても、そんなに寒いならどっかに避難しろよ。そうだよ、そしたら、とりあえず今ここで死んじまうなんて事にはならねーよ。」
マッチの言葉が少女に届いているかはもはやマッチには分からないが、白い息が続く限り語りかけようとマッチは、自身には感じる事が無い寒さを忘れさせる事に必死に努める。
「それか、あれだ、ほら、楽しい事考えて見ろよ。少しは元気になるんじゃねーか?それで気力が戻ったら、死力を注いでなんとかどっかの家に入れよ。盗みでも、なんでも良いじゃねーか、その後は何か食べろよ。そしたらもっと元気になって、この世界で生きて行くこと出来んじゃねーか?それで、元の世界の知識を活かしてこっちの世界で金儲けでもやれば、チート能力なんて無くても、俺とよ、お前でよ、こっちの世界、そうだこの異世界を旅して回ろうぜ。」
マッチは自分自身が放つ言葉に、感情を刺激され、思わず言葉が寒空に飲み込まれたように遮られる感覚に教われる。
「そうだ、そうだぜ。なぁ、そうだろ?」
もはや、言葉が意味を成していない。
それでも何でも良い、とにかく何かを話続けなければとマッチは必死に話を続けた。
「俺さ、せっかく異世界に来たのにずっと樹だぜ。それもほとんど人が来る事の無いような、神秘的な所でよ。最初は俺、樹から生まれて何かとんでもねー冒険とか始まるかもとか思ってたんだけどよ、どこまで行っても樹のまんまだぜ?ビックリだろ?」
「たまに人が来たと思っても、何しゃべってるかわかんねーし、枝だけ持って行きやがる。枝って折られるとめっちゃ痛いんだぜ?知ってたかよ?驚きだろ?とにかく、俺はそんな中、言葉も分からなずに、眠る事も無く何十年だぞ。何かの罰かと思ったけどよ、真面目では無かったとしてもそれなりに普通に生きてたんだぜ?それを突然の事故でこれだよ。」
「神様が本当にいるなら、俺はとことん怨むね。どうせなら、あのまま死んでしまった方が良かったよ。って、そう思えるセカンドライフだよ。あれだ、2回目の人生だから本物のセカンドライフだよ。って、言っても樹だからライフなのか?命だからまぁライフか。って俺はさっきから何を訳の分からない事ばかり言ってるんだ?」
「それでよ、結局何かの、何の戦いに巻き込まれたかも分からないんだが、俺が慣れ親しんだ森を何者かがぶち壊して俺の身体もバラバラだよ。」
「それでさ、気付いたらマッチでよ。それでようやく、お前っていう俺の言葉分かる奴に出会えたんだよ。」
「なぁ、マッチ売りの少女がなんだよ。おい!死ぬなよ!死ぬ気でなんとかしろよ!分かってるのか?今度死んだら次はねーかも知れねーんだぞ?全力で生きろよ、聞こえてるのかよ。おい!」
長々と語り続けたマッチの言葉が、暗さを増す夜の街に簡単に吸い込まれて行くのが分かった。
白い息は、気付けばもうほとんど出てはいない。
マッチは無力に苛まれ、絶望の縁でただ独り孤独に泣いた。
当然、涙は出て来ないが、それでも少女を思い泣いた。
「もし……これが……本当にマッチ売りの少女なら……最期にアレやらないとね……」
少女が振り絞る言葉に、先程まで饒舌だったマッチには何も返す言葉が見当たらない。
そんなマッチを優しく少女は掴み、いや、優しくというよりは、もうマッチを持つ力しか残っていない様子だった。
あぁ、最期に俺を燃やし尽くして、一緒に次の世界に旅立とうか。
マッチは声にならない意思を少女に託した。
その時……
街を震わせる轟音が響く。
このままバットエンドにはさせねぇぞと言わんばかりに、さらなる悲劇をもたらせてやると神が、いやこの場合は悪魔だろうか。そいつらが、天上でほくそ笑むのが見えるような災いが街に降り注ぐ。
街の中央に見える大きな教会が小さく霞んでしまう程に巨大な剣を携え、二本の角を持つ巨大な化け物が、街の防壁を破り突然に現れた。
蜘蛛の子を散らすように、人々は逃げ惑う。
「あんなモン気にするな。俺を擦って燃やし尽くしたらこの話は終わりだ。なんでも良いから早く俺を擦ってくれ。」
マッチの必死の形相に、表情など無いのだが、それでも必死に訴えかけてくるそれを見て少女はクスリと笑うと、その表情には恨みの色は無く、ただ天晴れと言わんばかりに優しい表情で、マッチを擦った。
マッチの炎は明るく、その明かりの向こうには暖炉と、美味しそうな料理が見える。
暖炉は暖かく、今まで震えて動かなかった身体が嘘のように、その温もりが命の炎となって少女を満たして行く。
手を伸ばせば料理には、実際に触れる事も出来、それを何気に口に運べば、芳醇な旨味が、地肉となって身体を満たして行くのが分かる。
「な?な?俺、スゲーだろ?」
燃やしたハズのマッチが語りかけて来る。
「今よ、燃えてよ、燃えたら意識が飛んで、次はこっちのマッチに転生したみたいだぜ?って、そんなのどうでも良いからよ、空腹が満たされたら、試しにもう一度俺を擦ってみろよ、な?」
そう言っている間も、建物よりも背の高い化け物が街を破壊し暴れている。
「あれ、なんとか……しなきゃ……」
「何言ってんだよ。あんなの俺らじゃなんともならねーよ。」
「大丈夫……力を貸して……」
少女は、震える身体を必死に壁に押し当てると、壁沿いに立ち上がる。
「おい、おい!俺の話を聞けよ。体力が戻ったんだったら良かったじゃねーか。な?今のうちに俺らも逃げようぜ?なぁ?おい!」
少女は、マッチの声に耳を貸さずに、もう一度勢い良くマッチを擦った。
マッチは、明るく燃え上がり、その向こうには暖かいローブが見えた。
ローブには実際に触れる事が出来、それを手に取ると少女は身体に纏い、身を滅ぼす寒さを遮る。
「良かった、良かったよ、それで暖まれば、どこに逃げても大丈夫そうだ。」
マッチは再び、違うマッチに転生を果たし、少女に語りかける。
「このまま、あいつを倒すアイテムなんか出ないかな?」
「何を言ってるんだ。そんなモノどう考えたって無理だって。これでいいじゃねーか。さっさと逃げるぞ。」
「大丈夫。安心して。きっとこれはこの少女の記憶なの。私には分かる。私は、いえ違うわね。あなたにはこの世界を救う力があるの。」
「何言ってるんだ……?」
「大丈夫だから、私の魔力に身を預けなさい。」
少女はマッチの言葉を遮るように、魔力をマッチに注ぎ込んだ。
少女の周囲に、薄紅の光が漂う。
白い街に、まるで春が来たような鮮やかな花の息吹が吹き荒れているように見え、その中心で少女の身体が少し浮いているように見える。
それを見た街の人々は、一様に皆驚き、歓喜の色にその表情を変えると、一斉に歓声をあげた。
「何が起きてるんだ?これはどういう事なんだ?おーい、何か答えてくれよ……俺一人完全に置いてかれてるぜ?」
周囲がざわつき、マッチが孤独に苛まれる中少女はさらに魔力を高め、歓声の中言葉を紡いで行く。
「黄昏よりも暁きモノ。古よりも深きモノ。我、汝の語り部となりて。異なる世界に安寧をもたらせる理となりて、今こそこのモノの力を解き放たん」
[神樹解放絶対最強防壁]
少女の紡ぐ言葉に反応して、魔力の行き渡ったマッチは無数の幾何学模様となって、巨大な怪物を多い尽くす程に分裂すると完全にその模様の中に封じ込めた。
「なんだ、なんなんだこの展開は!?マッチ売りの少女じゃねーのかよ?」
「あなたはそう思ったんでしょ?だったら間違いないんじゃないの?」
「なんだよ急に、やたら強気じゃねーかよ。」
怪物を囲う為に解き放たれたマッチは、考える事が出来、話す事が出来るそれでは無く、その他の無数のマッチが分裂し、それらが少女の紡ぐ言葉と魔力に反応したモノのようだ。
完全に防壁の中に閉じ込められ、怪物の身動きが封じられている事を見届けると少女はさらに言葉を紡いだ。
「深淵より這い出モノ。我、汝の理を得て希望を分け隔てるモノ也。この地に災いとなりて降り注ぐモノを打ち砕く絶望となりて、今その力を示せ」
[神樹解放絶対破壊存在]
少女の手から放たれた一本のマッチは、化け物の足元へと導かれその地表に突き刺さると、忽ちに光の根を張り、光の大樹となって化け物を貫きその存在感をこの街に知らしめた。
化け物は最期の悪あがきを繰り広げるが、防壁の中では成す術も無く、次第に動きは制限され、最期は断末魔と共にこと切れた。
「お前、いったい何したってんだ?」
「私は、この少女の記憶を呼び覚まし、神樹であるあなたの本当の力を引き出しただ……け……」
「おい、どうしたんだよ!」
突然糸が切れた操り人形のようにそのばに崩れ落ちる少女を支える事がマッチに出来る訳も無く、ただただ宙を舞いながら見守る事しか出来なかった。
「大丈夫だよ。私はこの時の為にこの世界に来たみたい。この少女の記憶が全てを教えてくれるの。」
「何言ってるか、今度は俺が全然わかんねーよ。」
「あなたの力は強大なの。でもね、それを使いこなせるのは、転生してこっちに来た人だけみたい。」
「……良かったじゃねーか。だったらこれから異世界で無双ライフをエンジョイしようじゃねーか。」
「それは無理だよ。」
「無理じゃねーよ。頑張れよ!俺も頑張って燃えるからよ。」
「私は……私たちはあなたの力を引き出す為に命の炎を燃やさなきゃダメなの。だから、あなたを使えるのは一時の戦いの中だけ。」
「命の炎って何言ってんだよ。訳わかんねーんだよ……これじゃ、結局バットエンドじゃねーか……」
「違うよ。これは、一人の少女と、一人のマッチが異世界を救うハッピーエンドなんだよ。だから……悲しまないで……」
そう言うと、少女は優しくマッチに口づけをし、短すぎる異世界転生に幕を閉じるように、ゆっくりと瞳を閉じた。
「そんな事言ったって……俺……これから……どうし、たら、いいかわかんねーよ……」
少女からの魔力供給を絶たれたマッチは言葉を失い、再び沈黙するマッチへと姿を変えた。
街の中央には、光輝く大樹が残り、力尽きた少女と沈黙のマッチを凍える夜の街に優しく照らし出した。
光の大樹は、少女の異世界での戦いを称えるようにいつまでも、いつまでもその光を絶やすこと無く光続けた。
―END―