魔女の弟子
「今日はお前がおやり」
昼食後、窓辺で日向ぼっこをしていた老婆が思いついたように告げてきた。
「私が……なにを?」
恐る恐る聞き返し見ると、彼女はイラついたように机を長い爪でトントンと叩き
「決まってんだろ。魔女の仕事さ」
そう、つまらなそうに返答した。
魔女の仕事と一言で言ってもそれは多岐に渡る。
占い、病気の診断、或いは呪術。
来客相手にそれをすることは、魔女自身の戒めによって今まで許されなかったが、それを為せと言うのだ。
これ以上の質問はきっと余計にイラつかせるだけだろう。
「客はもうじき来るだろうよ」
うたた寝の姿勢に入った魔女が予言のようにつぶやくと、表の扉が叩かれる音がした。
……魔女の家にはドアが二つある。
客間へと直接入れる『表の扉』、居間へと繋がる台所脇の『裏の扉』だ。
裏の扉を開けるとすぐに畑になっているので、通常私たちはこちらを使っていたが、患者は表の扉から入ってくる。
村から来ると表の扉しか見えないようになっているのだ。
「ほら、さっさとお行き」
肘をテーブルにつけたまま、老婆が追い払うような仕草で手をプラプラと振った。
慌てて客間へと移動し、返事をしながら扉を開けると、そこには日に焼けてがっしりした体形の中年男性がいた。
体形とは裏腹に、人の好さそうな笑みを浮かべている彼は……確か羊飼いのヨハンさんだ。
部屋へと招き入れて机を挟んで向かい合うようにして座らせる。
ただでさえ狭い客間には、ところせましと棚や魔術具が置いてあるため、体格のいいヨハンさんにはより狭苦しく感じるのだろう。
落ち着かない様子で肩をしぼめている。
小柄な私や老婆が過ごす分には、むしろこの手狭さが快適ではあるのだけれど。
やがて雰囲気にも慣れてきたのか、ヨハンさんは挨拶もそこそこに本題に入った。
「前に診てもらった膝が、なかなか治らなくてね……」
面識はあったけれど、ヨハンさんとはほとんど話したことはないはずだ。
けれど、こうして症状を訴えてくる彼は、私を一人前の魔女として見ていてくれているのだろうか。
困ったようにはにかむ彼の顔を見て、あぁ羊に好かれそうな顔だな、なんて不謹慎なことを考えてしまう。
そんな邪念を追い払うように小さく頭を振って、記憶をたどる。
確か前にも似たような問診をして、関節に効く薬草を出していたはずだ。
それが効果をもたらしていないとすると……。
「最近、狼に出くわしたことは?」
あれらの動物は、人に近いある種の感情を抱くことがある。
羊飼いのヨハンさんであれば、職業柄それらの動物と遭遇することもあるだろう。
そう推測してヨハンさんに話してみたのだけれど、彼は目を大きく開いて驚いていた。
「あぁ、確かに膝が痛くなる少し前かな……うちの羊を狙ってきた狼を銃で撃った。
仕留められはしなかったが、ケガを負わせられたはずだ。あれからうちの羊も狙われてないみたいだし……」
やっぱり……。自分の考えが合っていたことを確認できて、私は小さく頷く。
きっと、その膝の傷が原因で狩りが出来ずに死んでしまった狼の恨みが、彼の足に現れたのだろう。
そう彼に告げて、私は呪い除けの薬とお守りを差し出した。
「あぁ、なんだか体が楽になってきた気がするよ」
薬を一息に飲み干したヨハンさんが、イスから立ち上がり、その場で足踏みを始めた。
「そんなに早くは効かないですよ。しばらくは安静にしてくださいね」
嬉しそうなその様子にこちらも少し心が軽くなる。
そんな私の顔をヨハンさんはまじまじと見つめると……。
「なんだか雰囲気が変わったな。
前に見てもらった時はもっと……まぁいいか。なんにしても、今の方がとっつきやすくて助かる」
うん? 私は今日初めて患者を診たのだけれど……。
誰かと勘違いしようにも、ここには魔女と呼べる存在は私と老婆しかいないはずだ。
流石に老婆と私を見間違えることはないはずだけど、身長が似たようなものなのでもしかしたら、ということもないわけではないだろう。
私の手に羊肉を押し付けると、彼は再びお礼を述べると村へと帰っていった。
……まぁ、満足してくれたみたいだし、いいか。
緊張が解けると、途端に思考のベクトルも散らかっていく。
占いをするときに使う柔らかいイスに深く腰を落として、雑多な感情を吐き出すために大きくため息をついた。
さまざまな書物や呪術的な道具、そして薬品に囲まれたカビ臭く狭い部屋は、私に得も言われぬ安らぎをもたらしてくれる。
疲労と達成感で動きたくなかったけれど、あんまり休んでいると老婆に怠惰を叱責されかねない。
とりあえず台所へ行き水を飲んで、肉を調理してしまおう。
居間に戻ると、相変わらず老婆が気持ちよさそうに日差しを浴びながら窓の外を眺めている。