グレーテル
「本当にどんくさい子だね、お前は!!」
しわがれた老女の叫び声が部屋中に響く。
私の手から炙っていた香草を奪い取り、老婆はさらに悪態を重ねている。
――ごめんなさい。
今日だけで何度口にした言葉だろう。
微妙な匙加減が薬草を良薬にも毒にも変える。
私にだってそれくらいわかっている。けれど、どんくさい私には向いてないのだと思う。
――ごめんなさい。
再び謝罪の言葉が私の口から漏れた。
その言葉を聞くと老婆は更に気分を害したようで
「今日はもういい。夕飯でも作ってろ」と言うと背中を向けてしまった。
彼女の言葉通りに窯でパンを焼き、シチューを温める。
先日村の人から貰ったばかりの干し肉を切り、
焦げ目のついたパンの上にバターと一緒に乗せていると、シチューの鍋がぐつぐつと煮立つ。
鍋の底が焦げ付かないようにかきまぜていると、その匂いにつられてか、老婆が奥の部屋から姿を見せた。
「ふん、こっちの手際だけはよくなりおって」
悪態をつきながら椅子に座ると、よそわれたシチューを食べはじめた。
老婆の向かいに腰を落ち着け、パンを一口かじる。
食べ慣れた香ばしい香りが、胃袋を慰めてくれるようだった。乾いた喉を潤すようにシチューを掬う。
ほのかな香草の香りが、味わいを引きたてている。
行儀の悪い音を立てて咀嚼する老婆。
顔は醜く、体は小さく、腕から指にかけての線はまるで枯れ木の枝のようだ。
森に住む魔女。それがこの老女の正体である。
……そして、この老婆こそが私たちの養い手であった。
食事が終わると、「おやすみなさい」と魔女に告げ、私は二階へと向かう。
焦る気持ちが行動に移らぬよう、平静を装って階段を一歩ずつ昇る。
高鳴る胸は、雨雲に胸をときめかせる森の木々のようだ。
扉を開けるとそこには兄が幽閉されている。
私たちの牢獄であり、そして憩いの場でもあった。
「ただいま、兄さん」
兄の胸に飛び込んで、暖かな彼の匂いを嗅ぐ。
頭の奥が茫とするその匂いは、まるで魔女が触ることを禁じている薬草のような香りだった。
「おかえり、グレーテル。今日はどうだった?」
私の長い栗色の髪を、彼の細い指が撫でつける。
「どうもこうもないわ。あの魔女は私のことが嫌いなんだもの」
たまにぐるぐると私の髪で遊びながらも、彼は
「また叱られたのかい?」
優しい兄の声が耳元で囁かれる。くすぐったさに、私は彼の胸にさらに顔を埋めて答える。
「大丈夫よ。きっとうまくやる。」
私たちは両親に捨てられた。貧相な両親は、育ち盛りの私たちを育てきれなくなったのだろう。
まだ幼かった私たちは、魔女の弟子として売られてしまったのだ。
魔女の素養があった私は弟子として、兄は私が逃げ出さないための人質としてここに囚われている。
「だから……大丈夫」
心配そうな顔をする兄に笑顔を向けると、私たちは同じ布団で夜を迎え入れる。
大好きな兄の温もりを感じながら、張りつめた日常から解き放たれて眠りへと誘われる。
甘いお香の匂い。兄さんの匂い。
あぁ、朝なんて来なければいいのに。そう考えたのを境に、私の意識は崖から落ちるようにスゥっと消えた。