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「さてと…一体どうしたんよ?」
「いや、それが…」
ボッシュは、先ほどの食堂と同じように言葉をつまらせる。
普段の彼は、話すスピードこそゆっくりとしていたが、はっきりとした声でよどみなく話をする性質ではあったので、今の彼は、ナップからすると非常に珍しい状態であるといえた。
「実はさ…」
ボッシュは一度目を閉じて顔をくしゃっとさせると、どうやら話す決心がついたようで、ナップの方に真剣な眼差しを向けた。
「……今、好きな人がいるんだ」
フィン共和国は、言わずと知れた「福祉国家」である。
文明国の中でも有数の治安の良さを誇るこの国では、当然ながら風紀の乱れは、大いなるタブーとされていた。
その結果、フィンの国民性というのは、かなり「お固い」ものと諸外国に認識されており、「十五までに大人になる」ことが当たり前とされる南方にある「愛欲の都」セルベルとは、両極として比べられることが多かった。
そんなお国柄の中でも、ボッシュはフィン有数の豪商の息子である。それこそ大切に箱に入れて育てられてきたのだろう。
目の前にいるおおらかな青年が、今初めて恋をしているのだということをナップは確信した。
「おお〜っ!!それでそれで??」
それはそれとして、ナップの話への食いつきは早かった。
「その人っていうのが…ナップも知ってる人で…」
「ええ?…ってことは、リンか?それともミリアさん??まさか、プラムハート隊長ってことはないよな?」
ボッシュが挙げたのは、すべて護民騎士団に所属する女騎士達の名である。
フィン騎士団の採用条件には性別による制限が一切なく、これは当時の社会としては恐ろしく革新的なものであった。いまだ封建的な他国の重臣たちからすれば、それこそ目の玉が飛び出るような話である。
とはいえ、女性騎士の数はまだ少なく、護民騎士団一万のうち百余名、護法騎士団五千では三十名といったところであったのだが。
「いや、あの…騎士団員じゃないんだよ」
「騎士団のやつじゃなくて、俺とお前の共通の知り合い……?」
ナップは難しい顔になった。そのような知り合いは一人も思い当たらないのだ。
「むしろ僕よりナップの方がその人とは親しいと思うよ」
「ん〜?」
こうなると、ナップは完全にお手上げであった。じれったそうにボッシュに答えをうながす。
「参った参った。いいから誰か教えてくれよ」
「ごめんよ。別にクイズにしたかったわけじゃないんだ」
「おう」
「その人っていうのはね…」
そこまで言うとボッシュは息を大きく吸って、ついに自分が恋こがれる者の名を告げた。
「メイシン……魔女のメイシンさんなんだ」




