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「結界ってさ、なんかもっと膜みたいなやつがフワッと包んでくるあれじゃないの?」


以前の戦いで、アリッサの結界にお世話になったことのあるナップがたずねる。


「まあ、あれがいちばん一般的なやつだね。だが、結界といっても色々あるのさ。こいつは、扉に魔力を注いで鍵をかけるタイプのやつだよ」


「へえ」


「これなら、いくら鍵あけがうまい盗賊でも、決して中には入れないだろうね」


「すげぇな」


ナップはさすがに感心の声をあげる。


「仕方ないねえ」


アリッサは鷹揚そうに右手を持ち上げた。


「ばあちゃん、もしかして何か魔法を――――――!!??」


ナップの顔に驚きが走る。アリッサが右手の指を鳴らしたとたん、その直前まで出ていたはずの彼の声が急に途切れ、口をきくことができなくなってしまったのだ。


「――――――!?」


口そのものはパクパクと問題なく動かせる。しかし、いくら努力をしてみても、そこから何らかの音声を発することはできなかった。

さらに驚くべきことには、あわててアリッサに近づく彼の足音や剣帯から下げられた剣のこすれる音なども全く聞こえてはこず、つまるところ彼のまわりから一切の音が失われてしまったようなのだ。


アリッサは、「あわてるな」といった表情で、ナップに後ろに下がるよう合図すると、再び扉の方を向き精神を集中させはじめた。

質問したくともそれもままならないナップは、彼女の指示通りに数歩後ずさると、黙ってアリッサのやることを凝視するしかなかった。彼女の右足がゆっくりと持ち上がるのが目に入る、心なしか足先がほのかに光っているように見える。


「!!??」


次の瞬間、ナップは思わず口から悲鳴をあげてしまった……はずだったが、当然声にはならないため、端からみるとパントマイム芸人のようである。


アリッサは振り上げた右足の裏面で、そのまま目の前の扉を蹴りつけたのだ。

扉は音もなく後ろに倒れていった。アリッサの魔法によって音が消されているためか、その様子はむしろゆっくりと、優雅な倒れざまにナップの目には写った。


扉が先ほどまであった場所から垂直な位置に寝そべったのを確認すると、アリッサは再び指を鳴らした。


「おおっ!!」


ナップの口から再び声が発せられる。ここで彼は初めて、アリッサが他のアパートの住民に騒ぎを聞かれないために音を消したことに気づいた。


「あっ、ちょっと待ってよ!!」


早速ズカズカと部屋に入っていくアリッサの背中を、倒れた扉を踏みつけながらナップは追いかけていった。


「…………おりょ?」


部屋に入り、あたりを見回したナップは、不思議そうな顔になる。

彼のその表情の変化は、何かがあったからではなく、何も「なかった」ために起こったものだ。


部屋の中はガランとしており、元々備えつけてあるらしいテーブルや椅子などの基本的な家具以外には、個人の私物らしきものは一切見当たらなかった。当然、人が生活している痕跡のようなものもなく、はっきり言ってしまえば、空き部屋と何ら変わるところがないように思われた。


「引っ越しちゃったんすかねぇ」


ナップは、部屋のあちこちをうろついているアリッサに声をかけた。


「いいや、結界があっただろうが」


そう言いながらアリッサは、部屋の右側の壁にあったドアを開いた。中は寝室のようだったが、こちらもむき出しの寝台が置かれている他は、何も見当たらない。


「ふん…やはりここか」


アリッサは寝室へ続く扉を閉じると、扉の中央に手をあてた。


「これからチャンネルを合わせるから、話しかけんじゃないよ」


「うぃっす」


彼女の言葉の意味はよくわからなかったが、ひとまずナップは陽気に返事をした。

アリッサは、目を閉じてナップの聞いたこともない言葉を口から紡ぎ出している。


「よし、これでいいだろう」


さほど時間はかからず、アリッサの作業は終了した。


「さ、開けとくれ」


アリッサは、何やらいたずらっぽい笑みを浮かべながら一歩脇に退き、目の前のドアを開けるようナップにうながした。


「んじゃ、失礼して…」


特に臆することもなく、ナップは目の前の寝室への扉を開いた。


「うぉっ!!」


さすがの彼も思わず驚愕の声をもらしてしまった。

目の前には、異様な光景が広がっていた。


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