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空にぽっかりと月が浮かんでいる…
閑静な石畳の通りに、どこからともなく野良犬の遠吠えが響きわたる…
フィン共和国の首都ヨルム市は、東西南北四つの区から成り立っている。
評議会議事堂や議員会館を始めとする官庁街がある北区、福祉施設や福祉用具の工場が集中する西区、多くの市民が居住している東区、そして、商店・飲食店が軒を連ねる南区である。
しかし、この「ニーベ通り」は、南区にありながら両側にアパートが立ち並んでおり、その多くには、南区の市場や飲食店で働く者たちが住んでいた。
まだ宵の口であり、他の通りは、行き交う人々でにぎわっていたが、この界隈だけは、人通りも少なく、どことなくうらさびしい雰囲気をかもし出していた。
そんなニーベ通りに二人の人物の姿があった。腰から剣を下げた身のこなしの素早そうな若者と、派手な帽子をかぶったふてぶてしい表情の老女…『夜夢』の店の前でブランと別れたナップとアリッサは、それほど急ぐ様子もなく、南北に走る通りを北に向けて歩いていた。
「いやあ俺、魔女の住処なんて行ったことないから緊張するなぁ」
たいして緊張した様子でもなくナップが口を開く。どうやら彼はかなりウキウキしているようだ。
そもそも、ナップにしたところで、何が何でも今日中にメイシンに会わなければならないという理由はなかった。
無論、彼からの報告を一日千秋の思いで待っているボッシュのためには急いだ方がいいのだろうが、事はあくまで恋愛であり、国家や生命の危機という訳ではない。
つまるところ、好奇心の強いナップにとって「偉大な魔法使いと共に妖しげな魔女の住みかへと赴く」ということが、日頃の仕事から解放され、非日常の世界へと羽ばたく絶好のチャンスであったため、この機を逃したくなかったのだ。
「しっかし、あの魔女がヨルムに住んでたとはな」
「あの魔女」などという呼び方になるのは、ナップが魔女メイシンの事をあまりよく思っていなかったからである。
キリー村へ派遣された騎士団に彼女が同行した際、騎士達をまるで召使いのように扱いわがまま放題だったため、彼やその同僚達は相当に不快な思いをしていたし、そもそも、あの無理に作ったような話し方や仕草が、ナップの気性とは合わなかったのだ。
「ああ、確かにヨルム『にも』住んでるねぇ」
アリッサの物言いに含みを感じたナップだったが、その時は、メイシンがヨルム以外にも住処を持っているのだろう位にしか思わなかった。
「さて、ついたよ」
アリッサが立ち止まったのは、灰色の石造りの三階建てのアパートだった。通りに並ぶ他のアパート群と比べても際立った特徴はない。
「え?ここっすか?」
予想はしていたが、あまりにも普通の建物であったため、拍子抜けしたナップは声が裏返ってしまった。
「ああ」
アリッサはニヤリと微笑んで受け答える。
「あいつも羽振りがよかった頃は、北区にある高級ホテルにいたんだが、今じゃ落ちぶれたもんさね」
キリー村でメイシンを出し抜いて事件を解決し、彼女への仕事依頼を激減させた当の本人であるアリッサだが、全く悪びれる様子もなく、愉快でたまらぬといった体でほくそ笑んでいる。




