10
「うわぁ、それはかなり難しい問題だね」
ナップの向かいに座っている眼鏡の青年は、山ぶどうの果実酒を片手に心から困惑したような顔を浮かべた。
「だろ?ハンパないよな」
一方のナップは、焼いた小魚をほおづえをつきながらかじっている。
ここは、ヨルム南区にある居酒屋『夜夢』。安くてうまい料理が売りのナップ行きつけの店である。
彼の向かいに座っているのは、幼なじみの介護士ブランだ。茶色の少しパーマがかった髪と眼鏡の奥の澄んだ瞳が印象的な誠実そうな青年だ。
「ブラン、お前今までメイシンの秘密を誰かに話した事あるか?」
「まさか!!絶っ対に後がこわいもん」
ブランは、めっそうもないといった様子で、両手を激しく横にふる。
「だよなぁ」
ナップは、大きくため息をつく。
「しっかし、もの好きな男がいたもんだねぇ」
「え?」
どこからともなく聞こえてきたしゃがれ声に二人の若者があたりを見回す。
「うわぁ!!」
パチンと指を鳴らす音がする。と、今まで誰もいなかったブランの隣の席に、小さな老女が突如出現したため、ブランは思わず口にしていた果実酒を吹き出してしまった。
「ア、アリッサさん…」
「きたないねぇブラン。唐揚げにかかっちまうじゃないか」
アリッサと名乗るその老女…黒い服に黒いスカート、肩には白いショールを何重にも巻きつけ、様々な花飾りがつけられた大きなつば付きの帽子をかぶった白髪の女性は、テーブルに置かれているフォークを取り、あたりまえのようにテーブルの上の食べ物を口に運び始めた。
「ちょっ、アリッサさん!!やたらと魔法を使ってはいけないっていつも言ってるじゃないですか!!」
「おや、このつくね、なかなかウマいじゃないか」
アリッサは、ブランの小言などどこ吹く風だ。
このふてぶてしい老女こそが、キリー村での事件を解決した人物であり、ヨルムの街を荒らした闇魔術師レイロックを打ち払った元冒険者の魔法使いなのである。
「ばあちゃん、いつからそこにいたんよ?」
ナップの問いに、店員を呼びつけビールを注文していたアリッサが振り向いて答える。
「なあに、いきなり現れて驚かしてやろうと思って随分前から待機してたんだが、急に重い空気になっちまっただろ。だから、うまいこと術を解くタイミングをはかってたんだよ」
「ってことは、ボッシュの話はだいたい聞いてたんだ?そんなら話が早いからよかった」
ナップはむしろ、同じ説明を繰り返す必要がなくなって嬉しそうだ。
「よくないよ!!アリッサさん、今後は盗み聞きなんて絶対にダメですよ!!」
「なんだいなんだい、ピーピーピーピーうるさいねえ。こっちは呼ばれたからわざわざ来てやったのに」
「そうだぞブラン。今日のばあちゃんは俺が呼んだゲストなんだ。お前がピーピー言う筋合いはないっ!!」
「ううっ…」
挟み撃ちにあったブランはあえなく黙り込んでしまった。




