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彼女と出会ってから、ぼくの生活は変わった。
朝夕の通学時間のあいだ、ぼくは揺られる電車の中で、彼女の曲を幾度も聴いていた。とは言っても、最初の数ヶ月ほどは自分用の携帯プレイヤーを持っていなかったから、頭の中で覚えているメロディーを繰り返していただけだ。
夜になったら、静かな夜闇の中で彼女の曲を聴く。シングルやアルバムに収録された曲の一つ一つは、短くも美しい響きを湛えている。まるで夏の蛍のようなそれを、抱きしめるように、時に噛みしめるように耳にする。そうすることで、ぼくの心は不思議と凪いでいった。苦しいことも悲しいことも、彼女の曲の前では何だかちっぽけなものに思えたのだ。
やがて彼女のみに留まらず、ぼくは邦楽や洋楽、さまざまなアーティストの楽曲をたくさん聴くようになった。多種多様に紡がれるそれらは、全てが美しい輝きを放っていた。数分程度の曲を一つ生み出すのに、彼らがどんな苦労をするのか。特別秀でた才能もないぼくには、きっと想像もつかないような世界だろう。
そして、そこには彼女も例外なく存在する。
そんな中で燦然と輝く彼女の姿は、ぼくにとっては太陽のようだった。眩しくも、その光は誰かを強く惹きつける。ぼくもその一人だ。この気持ちを恋というのか、憧れというのか、ぼくにははっきりと分からない。分からないまま、時間だけが過ぎていく。
彼女の音楽と出会ってから、気が付けば五年の歳月が経った。ぼくも学校生活を卒業し、社会の一員となった。五年を経て、変わったものも沢山あったが、彼女の後ろ姿を追いかけたいという気持ちだけは変わらない。
そんなぼくに転機が訪れたのは、夏も終わりに近づいたある日のこと。ぼくが以前応募していた、彼女のクリスマスライブのチケットが当選した、とレコード会社からの案内が届いていたのだ。
それを目にした時、ぼくは驚きを隠せず、何度もその通知に目を通した。今まで何度か応募はしていたけれど、彼女の人気の高さゆえに全然当たらず、半ば諦めかけていたのだ。
彼女と初めて会うことが出来る。
そう思うだけで、ぼくの心は自然と高鳴った。その日は、五年前に彼女の声を初めて聴いた日だった。