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ぼくは元々、それほど音楽が好きというわけでもない。
知っている曲も、せいぜい映画やドラマで流れていた人気の曲ぐらいで、ジャズやクラシックは関心すら持ったことがないほどだ。
そんなぼくは、彼女の曲が収録されたCDを片手に、家路を急ぐ。その日は、彼女のデビューシングルの発売日だった。初めてメジャーデビューを果たした、まだ無名とも言っていい彼女の歌声を聴く。その瞬間を想像するだけで、ぼくは何だかわくわくした。こんな気持ちを感じたのは、いつ以来だろう。当時携帯のミュージックストアから楽曲をダウンロードできることを知らなかったぼくは、ただただ彼女の歌声に出会えることだけを期待して、歩みを進めた。
そして、玄関のドアを少し大きめに開く。ばたん、と扉が大きな悲鳴を上げるのにも構わず、ぼくは部屋の片隅で埃を被りつつあったCDプレイヤーに手を伸ばした。子どもの頃にクリスマスプレゼントでもらったそれに、ドーナツ型のディスクを入れる。音量を適当に設定して、再生ボタンを押す。傍から見れば簡単なことだけど、こんなにもどかしいと思ったときはない。
背景に流れるピアノの音色とともに、彼女の歌声が流れる。どこか気だるげで、どこか胸打たれる声が、ぼくの耳朶を心地よく刺激した。
ぼくは再び、彼女の声が生み出す美しい世界に溺れていく。今度はゆっくり、深く。悠久とさえ思える時間を、彼女の曲だけでやさしく包み込む。歌詞と音楽のリズムが、ぼくをさらなる幻想へと誘う。
こうしてぼくは、まだ会ったこともない彼女に対し、言葉では言い表せない特別な気持ちを抱くようになった。