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コイン磨きの聖女様 牧師の娘とウリエルが歩む異世界  作者: 聖魔鶏カルテペンギン
第1章 オクジェイト大森林 探索編
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005枚目 兎と女

 何も起こらなかった。

 これは一体どういうことだろうか?



「え……えーと誤作動?」

  もしかしたら呪文が違うのだろうか。


  だが、それを確認するにも答えは知らないし、考えてる時間も暇もない。

  呪文を唱えたことによりコインの力は解放されたと琴花は確信する。

  となると次にやることは一つ。


  兎が琴花に向けて駆け出す。


「こ、こんのぉッ!」

  琴花は振りかぶって、そのコインを兎に投げつけた。これは投げて使うものだと咄嗟に判断する。


  某RPGでは、お金を投げることにより安定したダメージを与えることができる特技が存在している。

 見せてもらおうか、コインの実力とやらを。

 そのスキルの名は銭投げという。


  解放されたコインの恩恵か、はたまたコントロールが良かったのか、コインは見事に兎の額にペチンと当たった。



「いよっしゃー」

  ガッツポーズと琴花の声とピギァと兎の鳴き声は、ほぼ同時だった。


  あとは、コインが何とかしてくれるはずだ。

  これで戦いは終わった。








 ……のはずなのだが。


  兎は器用に人参を持っていない方の手で、額を撫でるだけ。


「もしかしてきき……効いてない……とか」

  琴花は信じられないといった表情が浮かべる。

 そんな馬鹿な話があってはならない。

 何のためのコインなのか。

 何かの間違いだ。



「えぇーっいッ!」

 再度、銭投げをするも敵も馬鹿ではない。兎は器用に人参でコインを弾いた。

 ナイスな切り払いだ。思わず拍手したくなる。

 日本ならば、この芸でしばらくおマンマが食えそうだ。


「……同じ攻撃は全く通用しないの? この兎、もしかして賢い?」


 頼みのコインは役に立たない。

かといって琴花自身戦闘力があるかと問われたら、ないと答えるしかない。

  では、どうやってこの窮地から脱出すればいいのだろうか。

  分からない。

 打開策がない。

 武器もなければ、スキルもない。

 ないないづくしだ。

  詰んだ、終わった。

  第一部 兎と女 完。


 ご愛読ありがとうございました。

 次回作をご期待ください。



「どうすれば……」

  兎の左眼がキュピーンと光った。


  次は俺のターンだと言いたそうな眼で琴花を見つめ、スチャっと人参を構え直した。


 本当にコインが役に立ちません。

 何のためのコインですか?

 星5つとか、SSRとかではなかったですか?


 コインの真価を問うべく投げてみたものの、全く兎には通用しなかった。

 2枚投げた結果、分かったことは兎の怒りを買っただけということ。激オコプンプン丸。


  【やられたらやり返す。倍返しだ】の理論が、果たして兎の世界でも通用しているのかは分からないが、はっきり言ってピンチだ。

  どうすればいい、必死に考えるも良い案が浮かんでこない。


  攻撃手段であるコインは、見事に役に立たない。

 銭投げの効果は期待できない。

 本当にこのコインはチートアイテムなのか?

 実は、ただの通貨なのではないかと。

 チュートリアルにしては、あまりにも優しくない。


  攻撃開始だと言わんばかりに兎が突進してくる。

  琴花はすかさず身体を横にして回避するも、兎は器用に後脚で琴花を蹴飛ばした。


「きゃー」

  頭からズジャーと倒れこむ。

「いったーい」

  だが、痛みに苦しんでいる場合ではない。

 兎がピョーンと跳び、琴花に目掛けて落下してくる。

  紫色の人参を下にして……。


  すぐに琴花は、芋虫ゴロゴロの要領で回避する。

  するとさっきまでいた所に紫色の人参がドスッと突き刺さるのが見えた。


「人参がそんなに綺麗に地面に突き刺さるわけないじゃんかッ!」

 先ほどの草を斬ったのは人参で間違いない。

 だが切れる人参って何だ?

 普通に切られる側は人参のほうだ。

 人参の逆襲か…….。

 人参の好き嫌いをした覚えは、全くない。

  琴花は立ち上がり様に、掴んだ砂を兎に投げつけた。目潰しのつもりだったが、全く効果がない。


 荒い呼吸で、兎と対峙する。

 兎は突き刺さった人参を、聖剣の勇者のようにスラリと引き抜いた。

  近くに武器か、それに準ずるアイテムはないのかと琴花は素早く周囲と状況を確認する。

 内心焦っている琴花に見つけられる程、アイテムも甘くない。

 仮に武器があったとしても勝てる保証があるかは分からない。

  あんな大きくてぶっとい人参にやられたら、お嫁にいけなくなってしまう。

 虫ケラみたいにジワジワなぶり殺しにされてしまう。間違いなく綺麗な身体ではいられなくなる。


 琴花はジリジリと後退する。

 少しでも兎から距離を置くしかない。

  後退しながらも、どこかに活路がないか考える。 まだ諦めるわけにもいかない。


  こんなところで人知れずに終わるわけにもいかない。何のためにこの世界に呼ばれたのか、その意味すら分からないまま死にたくない。


  視線を兎に向けつつ、バックの中に手を忍ばせる。

 これが青いタヌキが出す取り寄せバックなら、どんなに有難いことであろうか……。


  身体能力も特殊能力も何もない。

 せめてバックだけでも何かしらの能力を付与して欲しいものだが、どうやらそこまで都合良くできてはいない。

  改めてコインの無能さに琴花は苛立ちを覚える。


  何のためのコインなのか。


  わざわざ綺麗に磨いたというのに……。


  あのコインは戦闘用ではなく、買い物用だったということだろうか。


 それならば、村や街などに転送してくれたらありがたい。



  スタート地点と初期装備は本当に本当に重要なのだ。



  「どうする? あたし」

  しっかりするんだと琴花は、おのれを奮い立たせる。兎を睨みつけながらも鞄の中を探る手を止めない。残念ながら武器らしきものはない。ないと分かっていても探る手を止めないが、やはりない。



「三十六計逃げるに如かず……戦略的撤退しかないか」

 三十六計逃げるに如かずという故事は、兵法三十六計に記されている兵法とは全く関係がない。

 だが、そんなことは関係ない。

 戦えないならば逃ればいい。

 パンがなければバター入りのクッキーでも食っておけばいいのだ。

  とにかく逃げるが勝ちだ。

 逃げるのも立派な戦術の一つ。

 逃げたその先に打開策があるかもしれない。

 武器でもいい。

 助けてくれる誰かでもいい。

 その走った先に何かあればいい。

  これは一種の賭けだった。

  まだ死にたくない、生きたいと琴花は心から願う。

 この兎を倒すための活路が、その先にあることを信じて琴花は走り出した。

 もうどこをどう走ったのか分からない。

 ただ敵から逃げることしか頭にない。

  徐々に琴花と兎の距離が縮まる。

  呼吸が乱れてきた。

  走るのもそんなに速いわけでもない。

  足場も悪いうえに、日頃の運動不足。

  そこに付け加えて、未知なる生物との一方的な命のやり取りで体力的にも精神的にも疲労が蓄積している。

  一瞬でも油断すると足元を救われかねない。


 突如、兎が加速した。

  すぐ琴花の傍を通り抜けていく。




「いッ!」

  数秒後、右太腿に熱を感じた。

 熱を感じたのと同時に琴花はバランスを崩したかのように無様に倒れる。



  右大腿部に一直線に斬られた後がある。

  傷は浅い、だが痛くて立ち上がれない。


「あ……ぐぁ」

  薄皮を割かれたようなものだが、痛いものは痛い。


  琴花は目に涙を浮かべた。

  勝利は我が手にと迫り来る兎。

  右太腿を斬った人参を携えて。



「こ、こんなところでッ!」

  琴花は痛みを忘れたかのようにヨロヨロと立ち上がる。そして反撃体制に転ずるわけではなく逃げ出す選択を取る。


  が、そこで兎の眼がキュピーンと光った。


  背中に熱が走った。


  言うまでもなく斬られたと実感する。


  しかも、右大腿より深くッ!


  背中から血が噴き出す。


  琴花は声をあげる間もなく、倒れ込んだ。

  あまりの痛さに涙が溢れ出した。

  倒れた拍子だろうか、眼鏡とコインが転がっているのが見えたが、残念ながらそれらに手を伸ばす気力も体力も残されていない。


  少しでも遠くへ逃げようと、身体に力を入れようとするも、うまくいかない。


  火事場の馬鹿力という言葉があるというのに、全く身体が言うことを聞いてくれない。


  兎がピギァァァァと鳴き声をあげる。

  それは勝利を確信した鳴き声のように聞こえた。


「い……痛ッ! 足が……足……が」

万事休す。琴花に反撃手段はもはやない。



 望んでいない最後の瞬間だ。



琴花は最後の瞬間が怖くて瞼に力を入れた。



 だが、それはおとずれることはなかった。




「おらぁー」

 叫び声と同時に兎の背中に矢が突き刺さった。

 兎に矢が突き刺さるのと同時に、草むらから男が現れた。

黒いロングヘアーに胸元をはだけさせた服装をしている。弓から剣に持ち替えて、弱り切った兎に向かって駆け出していく。

 突如現れた敵に気付いた兎は、男に攻撃をしようと駆け出した。だが、それよりも男の剣のほうが速かった。

 背中を剣で斬られた兎はピクピクと痙攣する。


どうやら救いの神があらわれたようだ。捨てる神あれば拾う神ありである。






「あ…….ありが」


 琴花は、助けてくれた男にお礼を言ようと立ち上がろうとする。



「クソがッ!!」



 だが、次の瞬間男は、痙攣している兎を持っている剣で背中をザクザクと突き始めた。

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