030枚目 読み書きで終わるはずが、実技試験があった件について
「では、今から指定する魔物を退治してきていただきます」
「……はい?」
笑顔でそう告げられて琴花は思考停止してしまった。ギルドでの冒険者登録は文字の読み書きができればすぐに登録できるとエルは言っていた。もしかして聞き間違えたのか……。
いや、たしかにエルはそう言っていた。数分前の会話を忘れるほど琴花はまだ呆けてはいない。
「いわば実技試験みたいなものです」
「ちょっと待って。冒険者の登録は最低限の読み書きができれば誰だって登録できるはずよ。そんな実技試験だなんて聞いてないわよ」
「でも決まったことでして」
「一昨日までは少なくともそんな規則はなかったわよ」
エルがカウンターに身を乗り出して問い詰めると受付の女性は困ったような表情を見せる。
「でも急遽この支部にて決まった事案なんです」
「急遽決まった事案? それは一体どう……」
「騒がしいですね。一体何があったのです?」
声のした方向に視線を向けると苦虫を噛み潰したような顔の男が歩いてくる。ピシッとスーツを着こなしたその男は眼鏡をグイッと指で押し上げる。
「アッシェ副ギルド長」
「オルガン」
やって来た男はオルガン=アッシェ。冒険者オクジェイト支部の職員である。昨夜有無を言わさず琴花をギルドの地下へと投獄した男である。
「エル、副ギルド長って何?」
「簡単に説明をすると、ギルドNo.2みたいなポジションかな」
「えぇ、こいつが?」
琴花が嫌そうな顔をするとオルガンは鼻で笑う。問答無用で地下に投獄された琴花としては、良い思い出がない。現段階で異世界でムカつくランキングがあるとするならば上位にその名前が刻まれている。
「こいつとは心外ですね。しかし事実、僕はここの副ギルド長であることに変わりはない」
一介のギルド職員にしては偉そうだなと琴花は内心思っていたが、どうやら本当にお偉い立場だったようだ。
「でも、なぜ急に実技試験制度を?」
「はい、非常に残念な話がですが冒険者の意欲とモラル低下が最近議題で上がっているのですよ。これはどこの支部を抱えている問題です」
「そうね、たしかどこかの支部か忘れたけど依頼達成率が著しく低下したところがあるって聞いたことがあるわ」
エルは頬に手を当てて思案する。そういう問題がちらほら出ているのも事実てあった。
「そこでギルド協会は各支部に仕事を押し付けてきたわけです。意欲とモラルの低下防止、そのためには何をするべきか考えてくれと」
「それが実技試験ってことなの?」
「まぁー最初は別の案で行くつもりでしたが、昨日不愉快な出来事がありましてね。事もあろうに僕に殴りかかって来て文句を言ってくるという不愉快な出来事がね」
「えーと、それと実技試験って全く関係ないような……」
「コイロちゃん、冒険者がギルドの職員に殴りかかるって十分モラルの低下によるものじゃないかしら。冒険者は凶暴だ、何でも暴力で物事を解決してしまう。それでは皆怖がって依頼を持ち込まなくなるし、依頼がなくなれば冒険者なんて即廃業よ。食べていけなくなっちゃう」
「えぇまさにその通りです。最近では目潰しされた精神的な慰謝料を支払えと馬鹿なことを言ってくる輩まで出てくる始末です。全く不愉快です。だから今日から実技試験導入です」
異論は許さんと言わんばかりにオルガンは吐き捨てて、カウンターからガザゴソと資料を物色。そしてふむと頷くと琴花に資料を手渡した。
「では、コイロ=ジョージ。君がちゃんと依頼した通りに達成できれば無事に冒険者登録をしてあげましょう」
☆
「さてどんな依頼かしら。見せてくれるコイロちゃん。あとウリエル様も会話に混ざりたいから眼鏡をはずせって言っているわよ」
言われた通りに眼鏡を外すと、退屈そうにしている女神ウリエル様が姿を現わす。
【やっとこさ妾の出番じゃな】
「べつに今は出番じゃないと思うけど」
【せっかくの女子会に妾だけ参加できないってのは納得いかぬぞ】
ギルド内の食堂。ちょうど空いているテーブルを見つけて琴花達は適当に飲み物を注文して席についていた。
「あらあら、討伐対象はフライドフェザーみたいね」
「て、手羽先ですかッ!」
鳥の手……をこんがりと揚げた名古屋名物があり、麦酒との相性は抜群だと言われている。
琴花は個人的に世界のほうがお気に入りであるが、風来も実は好みだったりする。
【手羽先は塩に限る……って違うわ、この馬鹿ちんがッ! この魔物は遠距離攻撃が得意な厄介な魔物じゃぞ】
「まぁー遠距離型だけど倒せないって程ではないと思うわよ。あ、そうだ。コイロちゃんこないだ貸したナイフ返してもらえるかしら」
「え、ナイフ。あぁこれ」
「うふ、ありがとう」
オクジェイト大森林の時にエルから借りていたナイフ。小型ではあるがズシリと重さがくるナイフ。借りたままでは申し訳ないので琴花はエルにナイフを返した。エルはナイフを受け取ると、ちょうどナイフが収まるような鞘がついたベルトのようなものをテーブルに置いた。
「これは?」
「コイロちゃんの装備よ。背中に背負っているサーシャちゃんの槍は重くて使いにくいと思うから」
【ほぉー、持ち主の愛情がよくこもっておる。琴花よ、これはいいナイフじゃ】
ウリエルは琴花の持つナイフを見て、感心する。女神だからだろうか、その辺りのオーラみたいなのを感じることができるのかもしれない。
「私のお古になるけど、さっきのナイフより斬れ味が良いはずよ」
「ありがとうエル」
琴花は[エルのナイフ]を手に入れた。さっそく鞘からナイフを取り出した。
刃こぼれをしていないし、刀身がキラリと光る。
刀身に映る自分の顔を見て、にへらと笑ってみた。はたから見たら、ただの危ない人だ。
【そのにへらな笑みは辞めぃ。不気味じゃぞ】
「うふふ、嬉しいのは分かるけど」
【ところで琴花よ、せっかくじゃ。このナイフに加護を付けてみる気はないか?】
「加護?」
【うむ、付与とも言うかの。今エルがくれたナイフからは愛情を感じる。妾は正直気に入った】
「ありがとうウリエル様、私なりにしっかりとメンテナンスはしたつもりだけど、そんなに褒めてもらって恐縮だわ」
【妾は嘘やおべっかはせぬ。持ち主エルの愛情を見事に受けておる逸品じゃ】
ウリエルが何やら目を輝せてナイフを見つめている。子供が新しいオモチャを与えられたときのように目をキラキラと輝かせているように見えた。
【これは是非やるべきじゃぞ、琴花よ】
「じゃあお願いします」
女神ウリエルが乗り気である。ここはお願いするしかない。琴花にとっちゃ正直ナイフの良し悪しは分からない。だが仮にも女神が絶賛しているのだ。ここは乗るしかない。
女神の加護がついたナイフを手に入れることができる。チートな能力や戦闘能力がない琴花にとっては、まさに願ったり叶ったりな話だ。
【うむ、琴花よ。ではコインを出すが良い】
ババーンと効果音が流れた。
「そこは4女神様が1人ウリエル様が何とかするんじゃないの?」
そこはコインなしでやるべきだろうと、琴花は不満そうに口を尖らせた。
【はぁぁぁぁぁ〜】
「そんなに大きなため息つかなくてもいいじゃん」
【前にも説明したと思うがの、コインを媒介にして私の力を使うのじゃ、コインがなければ何もできぬ】
なんて役に立たない女神様だろうか。
これではただの口うるさい小姑ではなかろうか。
しかも眼鏡を外したときにしか会話ができない。やはりこの女神は穀潰しだ。
「あ、じゃあノーセンキューです。却下で」
貴重なコインだ。ここぞというときに使いたい。しかし、ここぞというときというのを琴花は知らない。ある意味、今がここぞというときであることを分かっていない。
【おいおい、ちょっと待てよ琴花。そこは女神様のご加護に縋るところじゃろがいッ!!】
「あと残り3枚しかないもん。何に使おうか慎重になるよ」
【琴花よ、目をかっぽじってよく聞くのじゃ】
「ちょ、目関係のネタはまじやめてよッ!」
レーシックだとか、女神様が見える目をちょうだいとか眼球関係のネタに琴花はげんなりする。
【たしか、大昔の話じゃが矢に刺さった眼球を親からもらった大事な物じゃと言って食べた武将がいたのぅ〜】
「そんな武将は日本に存在しないからッ!!」
【当たり前じゃ、その話は日本ではないわ。かの有名な三国志じゃ。貴様は夏侯惇の有名なエピソードを知らんのかッ!!】
「三国志って、劉備玄徳とか諸葛亮孔明しか知らないからッ!!」
他にも武将や有名なキャラはいるであろうが、残念ながら琴花は勉強不足であった。
【さぁーこの機会に本来のコインの使い方を知るのじゃ。さぁーコインを出せぇい】
「わかったよ、ウリエル。はい」
琴花は渋々とコインを取り出した。しばしの沈黙。
【こんのぉぉぉぉシャイニングカム着火インフェルノォォォォオウのバカチンがぁぁぁぁぁッ!!】
ウリエルの叫び声に、空気がビリビリと震えた。
「ふ、ふぇぇぇぇ」
【人の話を聞いておらんだのかぁッ!! そんな薄汚いコインでは、力を使いたくても使えんわぁッ!】
空気が震えた。
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃ」
琴花は椅子から降りて素早く土下座した。やはり女神様だ。本気で怒ると怖かった。
【うむ、土下座はまだまだダメじゃが。分かれば良いのじゃ】
肩で息をしながら、土下座している琴花を見下ろすウリエル。
【では改めて、コインを綺麗に磨けぇぇぇぇぇい】
「はい」
琴花はキュキュっとコインを磨いていく。
【だから言うたじゃろ、コインは常に支給されたら綺麗に磨けと】
「はい、おっしゃる通りです」
【お主、夏休みの宿題を最終日に泣きながらしたことあるじゃろ?】
「最終日はないけど、お盆過ぎにあわててしたことがあるよ」
【これからは余裕を持ってコインを磨くのじゃ。危険な時に使えず死んだら元も子もないぞ】
「はいぃぃ、終わりました」
【よし、では仕切り直しじゃ。琴花よ、女神のコインを握るのじゃ】
磨いたコインを握りしめる。
【願うのじゃ、ナイフに加護が宿るようにと】
女神の言われるまま祈る。
すると、エルのナイフが光を放ち始める。
眩しくて目が開けられない。しばらくすると光は収束し、ナイフへと消えていく。
【うむ、これでこのナイフには女神の加護が宿ったぞ】
満足そうに頷くウリエル。ナイフを手に取ってジロジロと眺める琴花。
「あまり変わってないけど」
見た目に変化はない。ナイフをジロジロと見ても、変化はない。エルからもらったナイフのままである。
「はぁ〜もっと神々しいデザインに変わるかと思ったのにガッカリだ」
【本当に罰当たりな小娘じゃの。親の顔が見たいわい。見た目は変わらんが、強さは桁違いじゃ。ウリエルのナイフと命名しても良いぞ】
「うふふ」
突然エルが笑い出した。
「え、何か面白いことあったエル?」
【ついに壊れたか】
「ごめんなさい、あまりにもコイロちゃんとウリエル様のやり取りが……見てて楽しくてつい」
「いや、全く面白いところなかったと思うけど」
「いいのよ、私が面白かったんだもの。異論は認めないわ」
「そういえば、このナイフの加護って永久機関?」
【そりゃそうじゃ。一度女神の加護を与えた武器はそのまんまじゃ。解除せぬ限りな】
「あらあら、となるとレイの武器は加護が付いたままなのね〜」
とエルが呟いた瞬間に、奥からヨロヨロと出てくるノイッシュがそこにいた。
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あ、余談だが
手羽先の英語はchicken wing だそうです。
フライドフェザー、つまり羽根を揚げるってな感じで手羽先にしてましたが。
ツイッターで貴重なご意見ありがとうございました。
うむ、ちゃんと読んでもらえてるんですね。感謝。




