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彼岸より

作者: 校倉佐和子

お庭の糸杉、また一段と大きくなりましたね。お玄関先の蔓薔薇も、すっかりポーチを覆ってる。満開の時期にはさぞかしきれいだったことでしょう。

それにしても、ますます素敵なお庭になってきましたね。

まるでコッツウエルズの街のあちこちで見かけるお庭みたい。


そう言えば、去年の秋だったかしら。

奥様とご一緒に、イギリスのバイブリー村にお出掛けになりませんでした?

あそこの村の話、昔、私がよくしていたでしょう。そこを訪れてくれたのは、私の話を覚えて下さっていたからですか?

だとすれば、とても嬉しいわ。


あら、かわいいガーデンテーブル。まあ、このテーブルのタイルのモザイク、みごとね。それに、このアイアンのお椅子の細工もとても繊細で素敵。

去年もこのテーブルセット、あったかしら。私が気がつかなかっただけなのかしら。ちょっと座らせて頂きますね。

ああ・・ラヴェンダーのいい香り。

こんなお庭を眺めながら頂くお紅茶は、きっと最高に美味しいことでしょう。


あら、今、帰ってこられたのは、上のお嬢さん?

確か、今春から大学生だったはず。そう、希望校に合格されたのですね。

おめでとうございます。もう、すっかり大人の女性ですね。初めてお写真を見せて頂いた頃は、中学生だったかしら。まだまだ幼い雰囲気でしたのに、

月日が流れるのは早いものですね。

お顔立ちのいいあなたに似て、とても美人さんですこと。

この先、どのような方に巡り逢われるのかしら。

素敵な恋をして欲しいですね。


あの時の・・・そう、7年前の私はあまりにも我儘でした。

あなたに逢えない寂しさから、無理なことばかりを並べてはあなたを困らせた。あなたが、そんな私の元を去ってしまったのも、それは仕方のないことでした。

独りにしないでと、自宅に帰るあなたの背にすがり、いつまでも泣いていた私。でも、それは違ったのですね。私は、決して独りぼっちではなかった。

私は、いつも、あなたの大きな愛に包まれていた。ようやく、穏やかな気持ちになれた今、あなたが、どれ程力強く、そして、辛抱強く、愛してくれたのかが判るようになりました。今となって、ようやく素直な気持ちであなたに感謝することができるようになりました。

私に、深い、深い、愛を下さって、本当にありがとうございました。


あなたを思う辛さに耐えきれず、7年前のその日、私は、夜の海に自ら入りました。

肺に流れ込んだ潮水の、その苦しさにどれほどもがいたことでしょう。

けれども、あなたを思う、その辛さに較べると、息ができないことなど何でもなかった。

ああ、これで、全ての苦しさから逃れることができると思うと、むしろ、ほっとしたのです。

もう、何も考えたくなかった。

もう、何も感情を持ちたくなった。


あの時の選択肢は、私には、ひとつきりしかありませんでした。

そして、弱い私は、そのひとつを選んだ。

でも、選んだことに後悔はしていません。

おかげで、今、こんなに穏やかな自分でいられる。

初めてあなたに出逢った頃のように、素直な心であなたを思うことができる。

それに、一年に、たった一度きりだけですけど、こうやってあなたの元に来ることもできるのですもの。

あなたは気がつかないかもしれませんが、私には、あなたの声を聞くことも、あなたの優しい笑顔を見ることもできるの。


あら、もうこんな時間。

いつの間にか、お月さまが東の空にあんなに傾いて・・・

そろそろ、お別れの時です。

今日は、あなたのお傍にいることができて、とても幸せでした。

毎年、あなたの元を訪れるたびに、あなたをこのままお連れしたいと思う気持ちに駆られるの。けれども、あなたの寝顔を見つめていると、そんな思いも消えてしまいます。あなたには、まだまだやらなければならないことがたくさん残っていますものね。私と違って、護らなければならない人をも大勢抱えていらっしゃる。そんなあなたをお連れするわけには参りません。今年も一人で戻ることに致します。


ああ、愛しい人よ。


お月さまが、もう少し東に傾くまで、こうして髪を撫でてあげましょう。

昔、泣きじゃくる私を、一番鳥が啼くまでずっと抱きしめてくれたあなた・・・

そんなあなたを思い出しながら、私も、優しく優しく髪を撫でてあげましょう。

お月さまが、もう少し傾くまで。



「彼岸より」 完



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