84話 愛しの姫(魔王の幸運)
「フレイヤと思われる赤毛の少女の目撃情報は、ここです。表通りから一つ中に入った裏路地で男に抱えられていたみたいでして……はい」
掲示板の店主は、俺を見ながら少し緊張した面持ちで地図を指差しながら話す。魔王様じゃないですよね、チラチラというような視線だが、特に聞いてこないので流しておく。今欲しいのは、ユイに繋がる有力な情報だけで、変に気を使われて接待をされても煩わしいだけだ。
「他にはないのか?たとえば、その抱えた男に関する情報などは」
「これといって募集はかけていないので、とくには。ああでも、募集をかけたらすぐに見つかるタイプだとは思いますよ。たぶんですが、この町に1年近く住み着いている奴だとは思いますので」
「そうか。赤毛の少女を見たものに確認を入れて、募集をかけておいてくれ。前金はこれで」
俺はそう言って、首にかけていたペンダントを外して渡す。金でできたソレなら、それなりの価値はあるだろう。
「こ、これでは、貰いすぎです。おつりが出せません」
「しかし手元に今あるものだと――」
「あのですね……。少し位お金も持ち歩いたらどうですか」
そう言って、すっと隣から男の手が伸び、俺が置いたペンダントを掴んだ。
「可哀想に。これが高価なものというのは分かりますが、こんなものいきなり店で渡されても、扱いに困るんです」
「……ヴィリ。今までどこにいた」
「ずっとご命令通り護衛を続けていましたよ。俺は与えられた仕事は真面目にこなしていますので」
俺は振り向かず、俺の背後に立った男、ヴィリに話しかける。
ヴィリは果たして俺を裏切っているのかどうなのか。その答えはまだ出ていない。しかしこの場で俺を殺すという選択をするとは思えないので、俺は信頼の証として背を見せ続ける。
「それから、抱えた男の情報をここで集めるなんて無駄ですよ」
「ほう。ならヴィリが調べてくれるのか?」
そう言ってゆったりと振り返る。
「俺への連絡が遅いようだが」
「うへぇ。帰ってきて速攻で嫌味ですか」
「仕事が遅い奴が悪い」
必要な時に必要な連絡を速やかにしてこその護衛だ。
それができていないという事は、仕事ができていないという事。しかし俺の言葉に対して反省も何も感じていないようだ。
ヴィリは平然としている。
「とにかくこのペンダントはしまって下さい。……これは、形見でしょう?」
「もういない人に幻想を抱いていても仕方がない。生きている者の為なら、どのように使おうが構わないだろ」
確かに、これは父の形見だ。ロケットペンダントの中には母の絵姿がはめ込まれている。
俺にとって、確かに大切な人達だ。でも、彼らが俺と一緒に居てくれることはもうない。だとしたら、俺と居てくれる大切な者の為に使ったって問題はない。
「……そんなに会いたいのですか?」
「ああ。当たり前だ。彼女は俺のものだからな」
もう俺が決めた。
離れるつもりはないと。わずかでも可能性があるなら、離れてしまった手を俺が掴もう。失ってしまうぐらいなら、どんな意地を張っていても仕方がない。
「ユイはもういませんよ」
やっぱりコイツは色々知っているようだな。
ユイと一緒に消えた護衛。だが、もう一度戻ってきたという事は、何かあったのだろう。それがユイにとって良い事か悪い事かは分からない。
「そんな言葉だけで、俺が諦めると? お前は今まで真面目に護衛していたのだろう?」
「ええ。そうですね。鋭いですね。流石魔王様です」
「当たり前の話などどうでもいい。それで、今まで俺の隣にいた彼女は何処にいるんだ」
俺が魔王なのは当たり前。鋭く、賢くいなければいけないのも当たり前だ。そんなもの、今更確認された所で意味のない話。
「直球ですねー。少し位会話を楽しみませんか?」
「そう言うのは余裕がある時にすればいい。俺は今、俺の大切な少女が何処にいるかが知りたいだけだ」
それ以外は、どうでもいい。
彼女を見つけてから考えればいい話だ。恋は盲目で、人を馬鹿にするというのは、本当だったらしい。だが、それも悪くない。
「まあ、俺も色々考えているわけですよ。元々は兄弟のように育ってきた仲ですが、何せ離れていた期間も長い。あの子にとって、何が今一番幸せなのか正直分からないので。あの子は諦めを知りすぎている」
「やっぱり知り合いだったのか」
「気がついたのは最近ですよ。最初はなんか雰囲気が似てるなぁと思っただけで」
ユイはたぶんずっと忘れていて、こいつの存在なんて覚えていなかったのだろうけど。
「それで、戻ってきたのは、俺だったら任せられると思ったのか?」
「正直、任せたくないのが本音ですね」
どいつもこいつも、ユイに過保護過ぎる。
シスコンの弟がいるのに、さらにシスコンの兄とか……ユイはこのままだと一生嫁にいけないに違いない。……俺以外の男だったら、たぶん逃げ出す。
「どうしたら任せる気になるんだ」
「まあ、あの子が貴方を選んだら諦めますよ。とりあえず、今回の誘拐及び人身売買は親貴族が複雑に絡んでてて面倒そうだから提案しに来たんです。関わった貴族を皆殺しにしてもいいですけど、そうすると今後魔族領で暮らすのは不便になりそうですから」
「つまり俺に、彼らを裁けということか」
「それが一番丸く収まるんで。もちろん、今後魔王様が親貴族に睨まれる可能性はありますが」
人身売買について調べて、ハン伯爵が積極的に介入しなかった理由も分かった。
関わっている貴族が1つや2つではないのだ。内容はただ買っただけなど程度だったりもするが、親貴族の多くがそれを必要悪として容認している。
収益が少ない時には人を売れば容易く金が手に入り、安くよく働く人手が欲しい時は買い漁る。売られてきたものは帰る場所がないので、必死にそこで働くからだ。
人道的に見れば狂った話。しかし彼らを咎める者はおらず、彼らが白と言えば白くなる。ハン伯爵も手出しをして面倒なことになるのを避けたのだろう。
あの男は、領民に害が及ばなければ、それがどんな悪でも目をつぶる狸。まあでも、彼の身内であるユイが巻き込まれたのだ。今度ばかりは知らん顔はできまい。
「そろそろ改革は必要と思っていたところだ。ちょうどいい」
親貴族は、その名に甘えすぎた。
もちろん彼らしかできない事柄もある。だからすべてを切り捨てはしないし、ある程度の優遇も必要だろう。しかしだから別の優秀な貴族を使わないという話はおかしい。
また、魔王の意に背くのならば、それは罪だ。彼らはあくまで王ではなく、魔王から民を預かる身なのだ。
「責任を持って、俺が助け出そう」
「ありがとうございます」
ヴィリは配下の礼を取る。
まだヴィリは俺の部下でいるつもりはあるらしい。……あれか。ユイがここにいるならというところか。
ヴィリにとってもここは働きにくい場所ではなかっただろう。彼の優れた部分を俺は十分に活かせる職場を渡してやっている。
ただユイが魔王城から去ると選択すれば、たぶんためらいなくコイツは、それらを捨てるのだろう。
「貴方が動いてくださるお礼に、姫を助け出す王子様の役をお譲りします。……今回限りかもしれませんし」
嫌なことを言ってくれる。
ユイが……ユイではなくなったあの子が、俺のことをどう見ているかは分からない。彼女には、自身が売られる原因を作った貴族を野放しにした愚王と思われた可能性もある。
それでも、愚かしくても――。
「受け取ろう」
渡されたのは小さな鍵だった。くすんだ黄金色のそれを俺はしげしげと眺める。
「それは今、あの子にはめられた枷を外す鍵です」
「よく手に入ったな」
「まあ、その辺は得意分野ですので。しばらくは気がつかないと思いますよ。偽物とすり替えてありますから。でも早めにお願いします」
スリをさせたら、天下一品かもしれない。
相変わらず、恐ろしい技術の持ち主だ。彼が俺の味方であったのはたぶん幸運なのだろう。
「無論だ」
俺は愛しの姫の枷を外すために、その鍵を握った。




