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6話 異世界の調味料事情(ユイの嘆き)

 何この美少年。

 

 私はベッドメイキングの仕事途中で現れた迷子の少年をチラ見しながら、ほうと感嘆のため息を心の中で吐く。黒髪に琥珀色の瞳という、まるで黒猫のような組み合わせ。実際、この少年は何だかねこっぽい誰にも懐かない孤高の存在なんだぜ的なオーラを醸し出している気がする。いや、たぶん私の脳内麻薬が見せる幻なんだけどね。

 そんな黒髪の頭には、ヤギのような角が生えており、魔族ですとアピールしている。年頃は小学生ぐらいに見えるがどうなんだろう。小学生にしてはかなりしっかりしていて、落ち着いている気がする。もしかしたら話口調が、お貴族様的な感じだからかもしれないけれど。

 でもこれだけしっかりしているのに、この少年は迷子らしい。とりあえず私は彼が最初にいたという北側の塔へ向かっていた。いっしょにいた同僚のハティーにまかせて、私はベッドメイキングを続けようかとも思ったが、ハティーはこの少年の独特の雰囲気が苦手らしく、彼女の訴える眼差しに負けて私が送ることになったのだ。ハティーってば、子供嫌いだったのだろうか?


「お姉さんは、どこの出身?」

 お、お、お、お姉さんですと?!

 こんな美少年にお姉さんと呼んでもらえる日が来るなんて。ありがとう神様。もう思い残すことなく死んでもいいとまでは言えないけど、眼福とかもろもろで、もう胸いっぱいです。

 そんな事を思いながらも、私は表情を緩めないように引き締める。

 そもそも私はここへメイドをするために来たわけではない。メイド業務も兼任させてもらえないかなぁなんて思ってはいたが、本当は家庭教師をしに来た。……若干デュラ様、間違えた?と思わなくもないけど、最初に私へここでの生活について色々話して下さった方も家庭教師として呼んだとか言っていたので、多分間違いない。

 それなのにどうしてメイド業務をしているのかと言えば、初めて魔王城で働くものは、研修を受ける必要があるからだ。しかし家庭教師というのは個人プレーな仕事なので色々教えてくれる人がいない。その為、家庭教師の仕事の代わりにと新人研修として別部署に回されたのだ。まあ、他部署でもマナーやここでの規則は学ぶことができるので間違ってはいない。

 そしてこの研修期間に、魔王様に会っても問題ない人物かどうかを査定されるそうだ。なので、どうしても魔王様の家庭教師として働きたい私は、何が何でもボロを見せるわけにはいかない。特に、美少年にときめいて、ハアハアして、心の中で短パンだったらパーフェクトなのになんて思ったとしても、絶対口にだすわけにはいかないのだ。

 もしもこの美少年がゴスロリ(王子系)を着たらなんて妄想して、興奮のしすぎで鼻血を吹いたら、もう二度と魔王城の敷居を踏ませてはくれないだろう。家庭教師なんて夢のまた夢だ。

 なので私は必死に自分の煩悩と戦い、迷子の少年に話しかけた。


「私は、ハン伯爵の所から来ました」

 少年相手だから、もっと親しみ易く話しかけた方がいいのかもしれないが、下手にやりすぎて無礼者と罵られても困る。……いや、この外見の少年なら、一度ぐらい罵って欲しいというか罵られてみたいけれど、今後の私の査定に響くのはマジで困る。まかり間違ってハアハアしてしまって、このお姉さん変態ですなんてこの少年に言われたら、一発でアウトだ。下手したら豚箱行きの可能性もある。

「へぇ。でもお姉さん、この辺りの人じゃないよね?」

「そうですね」

「前は何処にいたの?」

「……私も良く分からないんです。日本と呼ばれる国にいたのですが、人さらいにあったみたいで」

 少年の質問に私はどう言っていいものかと苦笑する。たまに、私も自分がどこにいたのか良く分からなくなるぐらいなのだ。この世界に日本と呼ばれる国はない。だとしたら決して行く事が出来ない場所は、彼らにとっては嘘をつかれているのと変わらないのかもしれないと思ってしまうため。

 でもそれを否定したら、私の存在自体否定することになってしまう。だから、私はあまり元居た世界の話をこの世界の人にするのは好きではなかった。

「えっと。貴方様はどちらから来たのですか?」

 とりあえず話を変えてしまえと私から逆に質問をしてみるかと思ったが、良く考えたら私はこの少年の名前を知らない。坊ちゃん、君、アンタ――なんと呼びかけようと考え、最終的にととりあえず、敬意を持ってますよと分かるような呼びかけにした。

「俺はここかな」

「ああ。首都にお住まいなのですね」

 首都に住むという事は、この魔王城で働いている貴族の子供なのかもしれない。こんな美少年の親という事は、きっと素敵なおじ様なのだろう。

 さすがBLゲーの世界。モブキャラでもキラキラしている。それとも魔族というものは、美形だと感じる人が多いのだろうか。でも同僚は、結構普通な人も多いしなぁ。もしかしたらこの子は将来この魔王城で働いて、魔王の近くに居るのかもしれない。二次創作で、魔王と掛け算されている可能性もあるかなぁと考えるが、ここにはネットもパソコンもないので、確認しようがない。うーん。残念。


「そういえば、さっきマヨネーズが何とかと話していなかったか?マヨネーズは、お姉さんがいた国の料理なのか?」

 おっと、そういえばハティーとそんな話をしていたっけ。ハティーってば興奮すると声大きくなるもんなぁ。この少年も聞きたくなくても聞こえてきてしまったのだろう。

「うーん。まあそんな所かな」

 正確には違うと思う。同じ世界という意味では、間違いではないけれど。でも日本の標準装備な調味料は、醤油や味噌だ。だけど麹菌ないのに作ろうなんて無理に決まってる。というか普通にスーパーで買っていたので作ったことなんてない。なのではっきり言って作れるはずがないのだ。

 私もこの点は諦めた。なので、後はこの世界に日本に似た食文化の国がある事を祈るのみだ。死ぬ前にもう一度食べておきたい。

 ただそうやって必死に諦めても、ここの世界の料理は、何というか私にはパンチがなくて辛いのだ。野菜にオリーブオイルと塩コショウを振ってさあ喰えである。一応チーズはあるが、塩味が薄い。

 私の血液は塩でできている!と宣言したくなるような日本人には、ちょっと辛い食生活。たまにならいいが、これが毎日続くとなると、同じ日本人ならきっとこの辛さを分かってくれると思う。なので無い知恵を振り絞って、私は少しでも自分への慰めとなるように、マヨネーズを作ることにしたのだ。幸いにもこの国にはオリーブオイルがあるし、酢と卵、あと塩、胡椒もあった。

 電動ミキサーがないのでちょっと大変だが、普通の泡だて器で何とかできなくない。

 この世界の卵事情は若干心配要素があるので、作ったら最後その日に消費が基本だが、酢を多めにしてひたすら撹拌に命を注げば、食中毒の危険を減らすこともできるので私は作成に踏み切った。


「それ、俺も食べられないか?」

「……えっと、お腹減ってるんですか?」

「ああ。実は、ずっと動き回っていて……」

 キュン。

 そうか。ずっと迷っていたんだ。凄い美少年だけど、年相応なアホの子加減が絶妙で、胸が高鳴る。ああ。この子、実は魔王様の友人って事はあり得ないかなぁ。きっとゲームの世界ではクールビューティーな魔王様も今はちんまりしているので、とても可愛い外見だろう。美少年が2人いたら、並べて目の保養にしたくなる。

 うぅぅ。私は、どちらかというとマイナーカプに萌える事が多いんだよねぇ。魔王×勇者から浮気をしてはいけないというのに。あまりの可愛さに、その誓いを忘れてしまいそうだ。

「お姉さん」

 はうっ。そんな目で見つめないで下さい。

 上目つかいで瞳をうるうるさせて断れる人がいたら、そいつはきっと血も涙もない悪魔に違いない。

「えっと、いいですけど。ただ、涼しい場所に置いておかないと危険なので、私の部屋にあるんです。それにマヨネーズは野菜にかけるソースで……。マヨネーズを食べるよりは、食堂に行った方がいいと思いますけど」

 でも食堂に行くよりも、早く知っている所に行きたいんじゃないだろうか?

 いくらお腹がすいていても、見知らぬ場所にいるのは辛いだろう。私も知らない場所に1人でいた時はとても心細かったものだ。

「いい。そのマヨネーズがすごく気になるんだ。もう一人のお姉さんがすごく食べたがってたじゃないか」

 うーん。まあ、確かに。

 マヨネーズは悪魔の食べ物だったらしく、スタイル抜群のハティーを夢中にしてやまない。

 子供って言うのは、人が美味しそうに食べていると欲しがるものだしなぁ。この少年も若干大げさなハティーの賛辞の言葉を聞いて食べたくなってしまったのだろう。

 まあ、いいか。

 ハティーも、貴族の子供を案内していたという事で、少し戻るのが遅くなっても目を瞑ってくれると思う。最悪、マヨネーズの残りは全てハティーに渡して、それで手を打ってもらおう。

「じゃあ、案内しますね」

 私はそう言って、北側の塔へ向かうのを止め、少し寄り道をする事にした。

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