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5話 意味ありの魔王業務(魔王の現実)

 うーん。これは、ルーンに邪魔をされているみたいだな。


 巷で噂のハン伯爵が囲う賢者様。そいつを家庭教師に任命しておけと命じたのはちょうど1カ月ほど前ぐらいになるだろうか。しかし、一向に俺は会う事が出来ていない。

 一応家庭教師として魔王城へやってきたとは聞いている。しかし彼女自身に家庭教師の経験がなく、また貴族出身ではない事を理由に、俺に会うためのマナー教室などの新人教育を行っているという名目でお目通りできなくなっていた。

 

 確かに今までも、事前に俺に危害を加えない相手かどうかを見極めるために、この城で働くものには、こうやって新人教育という名の人柄の観察をする事はあった。でも今回は自分から志願した相手ではなく、俺があえて命じた者。さらにユイ自身は貴族ではなくても、ハン伯爵の後ろ盾があるのだから、半日ないし1日ほど城での生活について説明を受けるだけで、一度は俺の前に通されるはずだ。でも、それがない。

「アイツの心配性は何とかしないとだな」

 確かに俺は幼いし、まだまだ非力だ。知識も経験も十分とはいえないだろう。だからと言って、守られていれば何とかなるほど魔王の業務は甘くない。

 多少危険が伴っても、前に進まなければいけないはずだ。

「それに幼いというのは、何も不利な事ばかりでもないんだけどな」

 幼いなら幼いなりに色々できるることもあるのだ。最大の利点はその庇護欲をあおり油断させる容姿だろう。だからあまり過保護にならないで欲しいところだが……まあ、上手くいっていないようだ。

 そう独りごちるが、これが現実だ。 


 でも、危険かどうかを俺自身で判断させないで、どうする気だと言う話だよな。

 俺をその程度の理由で止められると思ったら大間違いだ。俺はこらえ切れずにやりと笑い、部屋からそっと出る。勿論ドアから出れば止められるのは分かり切っているので、ベッドの下に設置してある隠し通路からだ。

 この通路の先は迷路になっており、間違えると永遠に出られないんじゃないかと思うような目に遭う。しかしちゃんと正しい地図さえ頭に入っていれば、かなり便利な移動通路だ。

 昔まだ人族領と戦争をしていたり、魔族領の内戦が起こっていた時代に、魔王を城外に逃がせるように作ったものらしい。勿論、反対にこの通路が使われて中へ侵入されても困る。その為この通路には数多くの偽の地図が作られていた。そして実際、中で何人か行方不明になっている。どうやらこの通路のところどころに仕掛けられた魔法を正しく解かなければ真実の道にたどり着けなくなっているのが原因らしい。

 以前俺も、中で白骨死体と遭遇したことがあった。その時はちゃんとこの通路は役に立っていたのだなぁと感心したものだ。

 では正しい地図は一体何処にあるのかという話になるが、実は存在しない。地図が外部に漏れるとマズイということで、この通路の図面は魔道具を使い直接脳内に叩き込むようになっていた。ある意味それが、地図のようなものだ。そして適正がない者がこの魔道具を使うと人格崩壊が起こるらしい。その道具がどう適性を選んでいるのかはわからないが、魔王に任命された後に使ったもので人格崩壊が起こったものはいない。なので俺は魔王になった時、早速脳内に叩き込んでおいた。

 そういえば俺がその道具を使った後、ルーンにそれがどういったものかを説明したら顔を真っ青にして悲鳴を上げていたなぁとふと思い出す。いつも冷静沈着でスカした男のあの慌てようは結構笑えた。

 やはり折角なのだから、今後もルーンの意表をついた生活を送るべきだろう。ルーンをいじるのは結構楽しい。もちろん楽しいからというだけではなく、ルーンに対して俺は、常に高い能力と魔族領への利益を示し、彼の想像を超えていく必要があった。今のところは俺の味方だが、今後も裏切らせないためには俺も努力が必要だ。ルーンは上に立つよりもサポートする方が向いていおり、ルーン自身も自分の特性は把握しているので下克上はまずないだろう。ただ俺以外を魔王につけた方がいいと判断したらどうなるかは分からない。俺はまだ子供だが、血筋、能力を総合すると今のところ俺以上に上手く魔族領を統治できるものがいないと踏んでいるから側近として支えてくれているだけだ。

 それに慢心していれば、どこかで歪が起こる。だから俺はちゃんと王で居続けなければならない。


 俺は隠し通路を通り、西の塔にある使用人の部屋と部屋の間にある小さな物置へ出た。この時間はすでに職員のほとんどが業務に出てしまっており、この辺りに人気はあまりない。

 よいせと、床板を外しながら外へ這い出た俺は、再び床板を戻し分からないようにしておく。万が一これに気が付いた使用人が忍び込んで、行方不明になられても困る。

「さて、賢者は何処にいるんだ?」

 これほど長く新人教育をという話になると、講義だけではなく、他部署に研修として放り込まれている可能性もある。

 しかし家庭教師が放り込まれる他部署は何処だ?

 元々家庭教師をやるのは、貴族が相場だ。理由としては、家庭教師をやるにはそこそこの知識がいる。そんな知識を持ち合わせるには、それ相応の教育が必要だ。そしてそんな教育を受けてこられるのは貴族しかいない。なので家庭教師に任命されたものが長く研修にあたるという事はほぼなかった。

 さて。何か最近変わった事はあるか?

 流石にメイドが1人増えたという話だけが俺のところまで来るのはマズない。これだけ広い城だ。そこまで把握をしなければいけなくなると俺の仕事が滞る。俺の場合はまだ勉強に充てる時間も必要なので、それほど多くの書類業務をこなすことはできない。なので、今は人事担当者を信じて任せるしかないのだ。

「石鹸の匂いが気にならなくなったのはもっと前の話だしな」

 ある日から衣服の匂いが変わった。それに気が付き何を変えたのかを聞けば、ハン伯爵の領地で話題の石鹸に変えたという。

 今までとは違い、オリーブオイルを使って作る為、値段は少々上がるがとても質がよく、人族領にも輸出され始めていると聞いた。また今後オリーブ畑を拡大し、コストを抑える方向性になっているという話まで聞いた時に、出てきたのが賢者の名前だった。

 ハン伯爵の所でもそれほど長い間、ユイが勤めていたわけではないのだし、ここでも何かしてくれそうなのだが……。しかしさすがにこの短期間では無理というものだろうか。

 しかし折角外へ出てきたのだから、何とかユイについて探りを入れてみたい。


「ああ、早くご飯の時間にならないものかしら」

 どうしようかと考えていると人の声が聞こえて、俺はとっさに隠れた。

 魔王といっても俺の顔を実際に見たことがあるものは少ない。なのでたまたま遊びに来て迷子になっている貴族の子供を演じてもいいのだが、見つかった時点から行動の制限がされてしまうので、人探しとなると少々やりにくくなる部分もある。

「いやいや。早いから。まだ昼休憩まで結構あるよ」

「だから早くって言ってるんじゃない。うぅぅ。だって、今日はあのマヨネーズを作ってきてくれたんでしょ?早く食べたいのよ」

「まさか、ハティーがマヨラーになってしまうなんて……。でも、ハティー。本当に食べ過ぎは禁止だからね。マヨラーなんて、デブ芸人の象徴みたいなものだし。ハティーのスタイルを壊すのは、色々神様への冒涜だと思うの」

 マヨラー?

 なんだそれ。

 物陰の近くを歩くメイドの言葉を盗み聞きしようと思ったわけではないが、自然に聞こえてしまった。だがその言葉の意味は、さっぱり分からない。

「何、デブゲーニンって?とにかく、私はあのユイが作ってきた、マヨネーズの虜なのよ」


 ユイだと?!

 まさかの遭遇に、俺は慌てて物陰からメイドを見上げる。

「芸人っていうのは……うーん。この国の何が同じような立場になるのか分かんないけど、ヒトを笑わせるのが仕事みたいな人。デブってのは、文字通り、デブ。太っている人の事。私が住んでいた地域だと、デブっていうのは、不細工の一つの要因でもあったから、それで1つのキャラクター性を出してたんだよね」

「ふーん。こっちだと、女性は太っている方が裕福って言ったりもするんだけどねぇ」

 声の先にはメイド服に身を包んだ女性が2人いた。1人は黒髪を頬のあたりで切りそろえた髪型の少女。このあたりではあまり見かけない黄色っぽい肌の色をしていている。もう1人は金色の髪をポニーテールにした耳が長く尖った女性。肌の色は白い。

 会話を聞く限り黒髪の方がユイと呼ばれるモノのようだが……なんというか、特徴が薄い。中肉中背。角も牙も翼も尻尾も何もなく、見分けがつけにくいとなると人族だろうか?想像したよりは、若い外見をしている。勿論外見イコール年齢とは限らないのでアレなのだが……。

 何だろう。名前だけが同じ人物と言われても、そうかで済ませてしまえそうなぐらい普通だ。もしもあえて特徴をつけるとしたら、特徴がないのが特徴と言えるかもしれない。


 さて、どうしようか。

 目的の人物かどうかは分からないが、ユイと言う名前は珍しいので同一人物である可能性は高い。だとしたら、このまま見送ってしまうのは惜しい気がする。

 仕方がない。これがハズレだったら、また別の日に賢者探しをしよう。

「すまない」

 そう言って、俺は物陰から外へ出た。俺に声をかけられた2人は足を止めると振り向いた。どうやらベッドメイキングの業務途中だったらしく、2人とも両手に大量のシーツを持っている。

 黒髪の少女は、俺の姿を目に映すと、黒い瞳を真ん丸にしてじっと俺の顔を見つめた。隣の金色の髪の女性は俺の姿を確認するとさっと頭を下げる。この城の中で歩いている子供で、なおかつしっかりとした身なりから貴族の子供だと思ったのだろう。

 その行動に気が付いたらしい黒髪の少女は、慌てて同じように頭を下げる。どうやら、まだ慣れていないらしい。

「どうも道に迷ってしまったみたいなのだが、道を案内してもらえないだろうか?」

 俺は自分の幼い外見を生かし、困ったようにはにかむ表情をしながら、2人の女性を見上げた。

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