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40話 魔族領の貴族事情(魔王の恋心)

「えっと。ラグは心配しすぎですよ。ゲイル伯爵が私を雇おうだなんて、絶対思わないと思いますよ」

 困ったように笑うユイは、俺の言葉を全然真面目に受け取っていないようだ。冗談を言っているつもりはないので、再度俺は伝える。

 ゲイル伯爵と別れた後、俺はユイにくどくどと注意した。

「とにかく、貴族から誘われても、難しい、忙しい、上司に聞いてくれで通したほうがいい。そうでないと、ユイなんてドツボに嵌ってここへ帰って来れなくなるぞ」

「そうですか?でも少なくともゲイル伯爵はただの社交辞令だと思いますよ?私、戦うメイドなんてできませんし。あまり役立てそうもないですから」

 今の話のどこから戦うメイドなんて言葉が出てきたのかがさっぱりわからない。ユイの思考がたまによく分からない動きをするのは、育ってきた環境の違いからだろうか。


「別にユイを戦わせようとは誰も思ってもいないと思うが……。とにかく、ゲイル伯爵自身はそれほど悪い男ではないが、彼はハン伯爵のことをよく思っていない。ハン伯爵の所から来たユイは絶対誘いに乗らないほうがいい」

「えっ?なんでデュラ様の事をよく思っていないんですか?デュラ様はすごくいい方なのに」

 ああそうか。

 貴族ではなく、それどころか魔族でもないユイはあまりこの国の成り立ちなどをあまり知らない。俺の心配が上手く伝わらない原因はそこか。

「この国はいくつもの魔族の国が集合してできた国だという事はルーンから聞いているか?」

「はい。魔族領はいくつもの小さな国が集まっていて、魔王様のご先祖様が、一つの巨大な国にまとめ上げたと聞いています」

「だからこの国の貴族は、昔から俺の一族に仕えていた者と、そうでない者に分かれる。そして仕えていた者は、自分たちを親貴族しんきぞくと名乗り、仕えていなかった者よりも自分たちが優れていると考えているんだ」

 実際の能力がどうという話ではない。中には実力が備わっていない親貴族もいる。しかし忠誠度が高いという事で、自分たちの方がより優れていると彼らは考えるのだ。

「ハン伯爵は元々俺の一族に仕えていた貴族ではない。しかし俺の先祖は、ハン伯爵家の当主が優秀であった為、魔王城に比較的近い良い土地を渡した。それが親貴族には面白くない。そしてゲイル伯爵は親貴族だ」

「ああ。つまりデュラ様が良く思われないのは歴史的な問題からなんですね。だとしたら仲良くなるのは中々難しそうですね。分かりました。気を付けますし、誘われた場合は相談しますね」


 ……大丈夫だろうか。

 ほやんと笑っているユイは、一応理解はしてくれたみたいだが、なんだか怪しい。お菓子を上げるよと言ったら、ホイホイついていくのではないだろうか。

「ユイ。お菓子をもらったとしても――」

「着いていきません」

 本当だろうか。

「俺はとてもユイが心配だ」

 なんだか気がついたら、深みにはまっていそうなところが。

「私の事をなんだと思って……。私としてはラグの方が心配ですけど。とりあえずトイレを確認してきますね」

 俺は公衆トイレに入っていったユイと別れて外で待つ。

 その間、ちらちらと公衆トイレに入ってく人とすれ違う。一応トイレは使われているようだ。


「ヴィリ」

「はい。何でしょうか」

 護衛として付いてきているはずのヴィリに声をかけると物陰から出てきた。

「俺は心配性か?」

「まあ、そうですね。心配になる気持ちも分からなくはないですけど」

 ヴィリは俺の言葉に対して肯定した。

 そうか。心配性か。……元々そう言う性質ではなかったはずなのだが、ユイと一緒にいると、時折とても不安に駆られる。

 あまり酷くなるようだと、ルーンに怒られそうだ。でもユイに執着すればするほど、中々セーブが難しくなってきている。

「まあでも、オフの時ぐらいいいんじゃないですか?世の中皆、少しぐらい抜けている方が楽しいと俺は思いますよ」

「抜けていたら、仕事にならないだろ」

「だからオフのときだけですってば。それにラグ様はユイと一緒にいるときの方が年相応でいい顔している気がしますよ。まあ、ルーン様の教育方針にいちゃもんを付けるつもりはないんですけど」

 ヴィリは無責任な事を言いつつ、ヘラヘラと笑った。こうやって笑っていると、誰も彼が護衛の任務をするような男とは思わないだろう。ヴィリは元々暗殺家業をしていた人間なので、【普通】に溶け込むのが城の兵士よりも上手い。

 城の兵士はどうしても、軍人独特の雰囲気が消せないので、こっそりと城下町へ行く時などは向かないのだ。


「それに俺としてはユイを不幸にしない範囲ならいい気もしますし」

「そういえば、前もユイの肩を持っていたな」

 何か特別な感情があるのだろうか。

「なんというか、故郷を持ってないという境遇が俺と似ているから可哀想になるんですよ。俺も商品として、この国へ売られてきたくちですし。ユイと居るとなんか、妹を相手しているような気分になるんですよね。世の中のお兄ちゃんはこんな気分なんすかねぇ。まあ、そういうわけだから、別にラグ様の邪魔をしようとか、そういう気持ちは一切ないですよ」

 そういえば、そうだった。

 改めて聞くと、ヴィリとユイの境遇はよく似ている。暗殺家業を営んでいたような人間がどうして大人しく売られていたのかは謎だが。

「そうか。ところで俺の邪魔とはなんだ?」

「……は?」

「ヴィリはユイを雇ってもなんの利点もないだろう?」

 だとすると、俺の邪魔をするの理由が分からない。今のところヴィリに邪魔をされたことなどないと思うのだが。

 それともヴィリはユイを雇うことに反対なのだろうか。


「なるほど。そうきますか。まあ、俺もユイの永久就職先の一つにはなろうと思えばなれますけど」

「ユイは暗殺業務も護衛業務も向かないと思うぞ。本人も言っていたからな」

 そして俺自身、ヴィリのような危険な仕事、ユイにはして欲しくない。そもそもユイの能力は、そこではうまく生かせないないだろう。

「まあ、それはそうでしょうね。率直に申し上げますと……魔王様は、色恋についてどうお考えですか?」

「色恋?」

「下賤な話でいけば、好きか嫌いかということです。恋人にしたいかしたくないか。ちなみに永久就職先という言い回しは、簡単に言えば結婚という意味です」

 結婚?恋人?好きか嫌いか?

 ヴィリの言葉に、俺はきょとんとしてしまう。

「ユイは俺の部下なんだが?」

「まあ、そうなんですけど。だったら、例えばですよ。俺がユイと結婚してしまっても大丈夫ですか?もちろん俺は寛大な夫なので、ユイが魔王城で働き続けることも許します」

 ユイがヴィリと結婚……。

 想像すると、もやっとする。別に魔王城で働くのだから、会えなくなるわけではないけれど……いやでも、家庭を持つと仕事へ専念は難しくなるだろう。


「あれ?ヴィリ?こんなところで、どうしたの?」

 俺がヴィリの言葉を考えていると、ユイがトイレから戻ってきた。

「あ、偶然だな。ちょうど今日は休みでさ遊びに来てたんだよ。そうしたら、ラグ様がそこにいたからさ。ユイは?」

「私?えっと私はラグと遊びに来ただけだけど」

「うぅ。うちのユイが、不純異性交遊だなんて……。後で厨房の奴らに言っててやろう」

「げっ。子供の前で変なこと言わないでよ。というか、そこは黙っておいてくれる所じゃないの?!本当に、絶対からかわれるから止めてよ」

 ヴィリは話を冗談にしてしまい、何故ここに居るのかから上手く話題を遠ざける。ユイも話をずらされている事に気がついていない様子で、ヴィリの冗談を真に受けて反論していた。たぶん尾行していたことを内緒にしているヴィリはあえて自分からその場にいたことを広めるなんて真似をしないだろうし、こうやってからかわれたユイもまた、今日のことは他言しないだろう。

 うまいやり方だ。

 もしもここで言わないで欲しいや、下手な嘘を重ねればユイはきっとその理由を探そうとしただろう。


「わかったわかった。内緒にしておいてやるよ。その代わり、何か奢れよ」

「うわっ。女の子にたかる?まあいいけどね。じゃあ後で、お姉さんが、焼き栗くらい奢ってあげよう。ラグは焼き栗食べます?……というか食べれます?その。買い食いになってしまうのですけど」

 ユイは困ったように俺を見た。

 確かに俺の場合は、立場上あまり買い食いなどは褒められたものではない。しかしヴィリが止めないので、たぶん先に毒見などはしてくれるだろうとうなづいた。

「問題ない」

「分かりました。じゃあ、トイレは確認できましたし、ちょっと休憩がてら食べに行きましょう」

「そういや、ユイはいつもトイレトイレって言ってたもんな。で、行ってみてどうだったんだ?」

 それは俺も気になる話だ。

 俺がユイをマジマジと見ると、ユイは少し困ったような顔をした。

「確かにトイレにはなっていましたが、まだまだ改善が必要ですね。とりあえず、もっと衛生的に管理できないと、使う気もなくなってしまうので、そこが一番の課題かなっと。匂いがきつくなると嫌ですし、花とか飾って少しでも見た目を良くしたいですね。後は布で拭くとか微妙ですし、手洗い場も近くに欲しいです。そこに鏡とかあると身だしなみも整えられていいと思います。それから--」

「俺が悪かった。ここで聞く話じゃなかった」

「別に聞いてくれていいですよ?」

「俺にはそこまでトイレへの情熱がないんだよ。そんなことより、さっさと用事済ませて、焼き栗食べに行こうぜ」

「ヴィリが聞いたのに。ラグもそう思いませんか?」

 つらつらつらとトイレに付いて語り始めたユイをヴィリが早々に止めた。確かに止めなければ、ユイのトイレ話は長くなる可能性は高い。

「ああ。今のはヴィリが悪いな。俺はユイの話ならどんなものでも聞くぞ」

「うぅぅ。なんて可愛いことを。ヴィリには、この可愛さがないんですよね」

「大人の俺が可愛くてどうするんだよ。あ、そうだ。お前らまだどこか行く予定があるなら、そっちを先にしていいぞ。栗を食べるには時間的にちょっと早いしな」

 言外には隠れて護衛をしなくてもすむからという理由が含まれていそうだ。まあ、実際一緒に居た方が護衛もやりやすいだろう。

「いいんじゃないか?」

「ラグがそう言うなら……。えっと、実は下水道工事の方も見にいこおうと思っていて」

「下水道ってアレだよな。汚水を川まで流す……。ユイって本当に仕事が好きだよな。というか、トイレへの情熱が半端ないというか」

「いいんです。トイレを笑うものはトイレで泣くんですよ。世界を守るためにはトイレが必要なんです。トイレには神様も住んでいるんですよ!」

 ユイの妙な迫力に、俺とヴィリは圧倒される。

 ユイは本当に綺麗好きだ。


「とにかく、行きますよ!」

 ユイに従って、俺はユイと再び手をつなぎ、次の場所へ移動した。

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