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4話 訳ありの家庭教師(ユイの現実)

「とうとう来てしまった」

 私はドキドキしながら、薄暗い馬車の中でじっと今後を考えていた。

 デュラ様から、魔王様の家庭教師の仕事の話をもらったはいいが、一体何をすればいいのか実際の所良く分かっていない。そもそも、私は生まれてこの方家庭教師なんてしたことないし、帝王学とかそんな漫画でありそうなものも勉強したことはなかった。

 そもそも異世界の人間なので、この国の常識もまだまだ分からないことだらけで、マナー講座開けとか言われたってできないし、語学教えろと言われても文字もあまり読めない。私の異世界トリップ特典は、どうやら言語能力だったようで、喋る事だけは不自由しないけれど……。

「どうしよう」

 もしもお役に立てる事がなかった場合、どうなってしまうのだろう。

 考えれば考えるほど、不安が募っていく。そもそもどうして私を家庭教師に抜擢してしまったんですか?!と聞きたいぐらいだ。何かの間違いじゃないですか?!と。

 でも私には、この話を断れないだけの理由があった。


「でも頑張るしかないもの。私、戦死なんてしたくないし」

 そう私の断れない理由。それは、この世界が私の知っているBLゲームの世界だと気が付いてしまったからに他ならない。BLゲーム【RPGの中心で愛を叫べ】という、痛々しい題名のたぶん過去の世界がここなのだ。

 ……これを誰かに相談したらドン引きされそうな内容だ。自分ですら少しややこしくて意味分からんと匙を投げたいぐらいの状況だったりする。しかしデュラ様から貰った情報を基に考えると、たぶんそれで間違いない。そもそも異世界トリップなんて、てへぺろじゃ済まされねーぞという状況に陥っているのだから、あまり常識にとらわれてはいけないと思う。

 さてどうして私がそんな結論にたどり着いたかと言えば、まずこの世界が魔族領と人族領に分かれており、さらに魔族領は現在統一され、アースという国名になっている点がゲームと同じだから。勿論そこまでなら偶然の可能性もある。そもそも、この世界の情勢を聞いた時点では私も気がつかなかったし。

 私が気がつけたのは第2点目の被りのおかげ。現魔王様の名前がラグナログという、北欧神話的に終焉という意味ですね分かりますという、何とも物騒な言葉と同じなことがゲームと同じな点だ。さらにそんな、世界を終わらせますよー的なお名前の魔王様は、母親が生まれた時に死んでおり、さらに父親がつい最近亡くなったという身の上だ。その父母不在の状況もBLゲームの登場人物である魔王様と瓜二つである。

 もしかしたら、魔王様の名前が代々引き継がれている可能性もあるかもと思ったが、前魔王様やさらにその前の魔王様の名前を伺った限り全部違う名前だったので、やはりラグナログ様は現魔王様だた1人。


 と、ここまでだったら、ただ単にBLゲームの世界にもしかして来てしまったのだろうかと思うだけだったのだが、ここから少し状況は捻りを効かせてくる。

 まず【RPGの中心で愛を叫べ】というぐらいなので、舞台設定はよくあるRPG。主人公は勇者で、攻略メンバーはパーティーメンバー&魔王という状況。ちなみに勇者がいて、RPGという事は、魔族と人族がいがみ合って魔王討伐に勇者が派遣されたというよくあるパターンだ。

 でも現在私が滞在している魔王領と人族領は、いがみ合ってはいない。大昔に戦争をやって、若干関係はぎすぎすしているが、貿易もしているし、政治的な交流もあるそうで、まあまあ問題ない範囲の仲だ。なのでもちろん、勇者が魔王を倒しに来るなんて状況にはならない。

 さらに今の時点で、まだ前魔王様が他界して間もないという点。ゲームの中の魔王様の設定では、幼い時に父親を病気で亡くしたとなっている。実際の魔王様の年齢は10歳で、幼い時に亡くしたというか、今現在が幼い。

 BLゲームの設定の魔王様は、もっと年齢が高く、イラスト的にはクールビューティーな黒髪長身の美しい青年だった。あの見た目で10歳なら詐欺だ。

 とまあ、そんな状況から導き出された私の結論は、私が知っているBLゲームの世界よりも、ここは過去の世界にあたるのではないかという事だ。もしかしたら、私は魔王様の父親が死なないようにするためにこの世界に呼ばれたのかもしれないが、異世界の街中で新聞紙にくるまってホームレスしていた私にそんな事できるはずもない。そして結果的に、ゲームと同じ運命をたどり死んでしまっている。

 ゲームの世界で魔族領と人族領が戦争していた理由は、魔王様ルートに入ると明らかになるのだが、実は前魔王様の死がある意味きっかけだったりする。ゲームでは前魔王様が死にラグナログ様が幼くして魔王の座に就いた事により、人族領のとある一国が領地欲しさに、魔族に人族が殺されたという話をでっち上げ、戦争を仕掛けた事が始まりだったというオチだった。

 もちろん主人公の勇者はそんな事実は知らされずに魔王を討伐しに来るのだが、恋愛ルートが魔王ルートに入ると真実が明らかになり、勇者が魔王側につき戦争を止めるという話で物語が終わる。ちなみにその他のルートだと、魔族領は攻め落とされてしまったり、世界が滅びたりと散々な終わり方だ。

 何この魔族に対する無慈悲な終わり方と気分が悪くなるけれど、そうした理由は製作者にしか分からないし、どのルートに入っても、終始勇者はホモってるので幸せそうだ。

 でも私はまったくその終わり方は幸せじゃないので、モノ申したいところ。


「それにこのままじゃ、デュラ様の領地も人間が攻めてくるし。あんないい人、殺されちゃダメだし」

 そう。デュラ様の名前ってなんか聞き覚えあるんだよねぇと思って気が付いたのだが、たぶんデュラ様、ゲームの中で勇者に殺されてる。

 ゲームの中盤で、領地にすむ魔族の人を守ろうとしたデュラ様を勇者が殺してしまうのだ。これにより、勇者は魔族を殺す事に疑問を覚えるようになるのだが、そんな場面で疑問を覚えられても遅すぎる。なんとしてもその展開は事前に阻止しなければ。いやいや、そもそも、魔族領と人族領が戦争になってしまったら、真っ先に私なんて死にそうじゃないか。

 デュラ様も心配だけど、私も心配だ。

 もしも戦争なんて、おっかない事が起きたとしよう。すでに異世界トリップに巻き込まれている私は、この運の悪さだときっと巻き込まれる。そして自分の能力的に、巻き込まれたら最後、絶対死ぬ。真っ先に死ぬ。

 あまりに怖すぎる現実に、この世界の戦争ってどんな感じなんだろうと調べたが、さすがRPG。剣と魔法の世界だった。なので、死因は、剣で斬られるか、魔法で吹き飛ばされるか、槍で刺されるか、斧で頭をかち割られるか、弓で射られるかという、マジ勘弁して下さいの状態だ。一応ゲームはグロシーンカットだったけど、ここではそうもいかない。無理無理。そんな状況、精神的にも耐えられる気がしない。


 とにかく一番最善は、戦争が起こらない事。そしてもしも戦争を阻止できずに起こってしまった場合は、デュラ様が殺される前に、魔王エンドに無理やり突入して終戦を迎えさせるしかない。

 そのためには、魔王様の教育が凄く大切だ。戦争はやるべきじゃないと大半の日本人が思っているのは、戦後の教育のたまものだ。それまでは、富国強兵。戦争は致し方ない事とされていた。でも今の日本人のほとんどは戦争と名がつくものはすべて良くないものと思っている。つまり大切なのは幼い時の教育だ。

 魔王様にも是非、戦争アレルギーになってもらい、戦争反対を突き進んでもらわなければ。ただ魔王様が戦争反対をしたとしても、世界の流れ的に止められないことだって考えられる。なので、もしも戦争が起こってしまった場合、勇者に恋するように仕向けて、速攻で魔王ルートに突入してもらえるよう頑張らなければ。

 なので、デュラ様の為というか、私の為にもこの家庭教師の仕事をやるしかないのだ。それしか貴族でもこの国の人間でもない私が魔王様に近づく方法はない。家庭教師なんてやったことないと嘆いて尻込みしている場合じゃないのだ。


「それにお金をがっつり貯めないと、人族領にも行けないしね」

 魔王エンドは、もちろん魔王に恋をさせる必要もあるけど、勇者にも魔王に惚れてもらわなければいけない。となると、どこかのタイミングで人族領に渡り、勇者に会いに行かなければならない。ただし、まだ勇者がどこにいるのかも分からないんだけど。

 とにかくその為には、お金がいる。移動しながら働くという方法も最終的にとらなければならないだろうが、初期投資金が必要ないという事にはならない。

 私の能力でこの世界の戦争が止められるとは思えない。だったら、この世界のルールに従って、ゲーム的に正しい戦争の止め方をするしかないのだ。

「勇者様の周りには、強力なライバルも多いし頑張らないと」

 勇者の仲間は、BLゲームだけあって、全員イケメンだ。知的キャラから、さわやか系と色々なタイプが揃っている。好みの違いはあるかもしれないが、全員が全員、BLゲーム補正でとにかくカッコいい。その上魔王は、出会いがその中でも一歩遅れてしまい、若干不利だったりする。

 こうなったら、私が頑張って勇者のパーティーに近づいて、勇者に魔王の良さを伝えてやる。魔王が勇者の傍にいない間は、私が魔王の良さを語ろうじゃないの。ふふふ。魔王を不利になんてしないぜ。BLゲーマスターの力をなめるなっ!


「おっと」

 勇者をどうハアハアさせてやるかと考えていると、突然かくんと馬車が揺れた。元々車よりも座り心地が悪くずっと揺れていたのだけど、急ブレーキを踏まれたかのようにつんのめる。

 そしてそのまま馬車が停車したようで、お尻の下の揺れが止まった。

「着いたよ」

「ありがとうございます」

 ドアが開けられ、私は体をかがませながら外へ出ると、ぐっと背伸びをして、ストレッチをした。結構長い事同じ姿勢でいたせいで、体中が痛い。

「たぶんクッションが悪いのもあるんだよねぇ」

 何というか、この馬車は造りが人に合わせて造られておらず、人が馬車に合わせろ的な強引さがある。まあ馬車の椅子の高さを簡単には直せないのは分かるけど、せめていい感じのクッションが欲しい。お尻の下の座布団はもちろんの事、首とか腰の隙間を埋めるようなクッションがあればいいのにと移動中何度も思った。

「ん?どうかしたのか?」

「ああ、いえ。今度はもう少し快適に乗れるように、私も事前準備が必要かなと思っただけなので気にししないで下さい」

「は?」

「今度、デュラ様の所へ行く時に乗せてくれたら、見せますね」

 馬車の中を覗き込んで考えていたため、馬車を運転してきてくれた方が不思議そうな顔をしていた。しかし現物がないと上手く説明もできそうにないので、私はそう言ってにっこりと笑って誤魔化しておく。布と綿はこの世界にもあるので、何とか自分の能力でも作る事が出来るだろう。

 今後人族領に旅に出なければいけないと考えるならば、旅行を快適にするクッションはしっかり作っておこう。ついでにアイマスクや、マスクなどの旅行快適グッズを研究しておかないと。体は丈夫な方だけど、私は風邪を引いた事なんて一度もないぜなんていう、鋼の女でもないのだ。


「お待ちしておりました。ユイ様でよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

 私が馬車の中から自分の荷物を取り出していると、声をかけられた。振り返ると、軍人のような男が立っている。服を着ているけど鍛えこまれてるなぁと思う程度にムキムキだ。

「屋敷まで案内するように承っています。こちらへどうぞ」

「はい。よろしくお願いします」

 私は頭を下げたが、その間に歩き始めた軍人さんの後ろを慌てて追いかける。大きな手荷物鞄1つだけ持って移動しているとまるで旅行にでもきたみたいだなあと思う。

 でも私は旅行でここに来たのではなく、しばらくは住み込みで働く為にきたのだ。だいぶんと慣れたデュラ様の領地はここから通うには遠すぎる。勿論、メイドとして働けない私はいつまでもデュラ様にお世話になるわけにはいかないので、どちらにしても1人立ちが必要だ。

 今回魔王城ではメイドではなく家庭教師としての採用だったので、別に住み込みの仕事ではなかった。しかし急な話すぎて、私は魔王城の近くに家を借りる事が出来なかったのだ。もう少し就職時期をずらしてくれれば家を探せたのだけど、できるだけ早急にという話だったので、家が見つかるまでは魔王城の一室を借りることになった。

 ただこの地域は魔王城の城下町だけあって、家賃も高い。安くていい物件は探しは休みに入ったらさっそくはじめないと見つからないかもしれない。


「うわぁ。凄いお庭ですね」

 流石お城。庭だけでもすごく広い。まあここは魔王のお家というだけじゃなく、政治の中枢でもあるのだから集まる魔族の方も多数になるからだろう。だとしたら、これだけ広い庭になるのも仕方がないのだけど、それにしても綺麗に整備してある。花壇には花が咲き乱れているし、それ専用の人がいるんだろうなあと思う。

 ……上手く家庭教師がこなせなかったり、お給料的に苦しかったら、メイドとしても雇ってくれないかなぁと甘い事を考えてみるが、普通に考えて王宮で働くなんてメイドの中でもエリートだ。私ではちょっと無理というものだろう。

 城下町では家探しだけでなく、仕事探しもしないといけないかもしれない。

「ええ。この国で一番広く、素晴らしい庭ですから。馬車で走ってきた場所も途中からすでに庭だったんですよ」

「えっ、そうなんですか?!」

 本当にあり得ないぐらい広さだ。ここだけで、一つの町と言われてもおかしくないんじゃないだろうか。

 ここで、今日から働くのかぁ。

 NOと言っている場合じゃないのは分かっている。それでも想像以上のすごさに、私は緊張が足の先から上ってきたような気がして、大きく深呼吸をした。

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