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12話 魔王城の料理本(魔王の一手)

 なんだか最近面白くない気がする。

 厨房の外から働くユイを見ながら、俺は何とも言えない気分でユイの仕事のきりが付くのを待っていた。最初は厨房内に入り込んでいた俺だったが、最近は危険だからという理由で、厨房の中に入れてもらえない。というか、ユイが許してくれなかった。

 何年も前から剣術の訓練をしている俺が今更刃物が危険とかおかしな話な気がする。しかしユイは俺に貴族の子供だからと言って特別扱いはしないと言いきり、その意見だけは梃子でも曲げてくれなかった。しかもその意見を聞かなければ、たとえ家庭教師になれなかったとしても料理本の作成には取り掛からないと言う。その結果、結局俺が折れる形になった。


 そんなユイは調理人になるつもりもないくせに、真剣に料理について学んでいる。そして学んだ知識は自分の中に落とし込んで消化していた。技術面の呑み込みは早いとまではいえないが、打てば響くかのように、どんどん知識を吸収していくユイを調理人達は次第に可愛がるようになった。

 またユイの発想は独創的で、どんどん厨房内には新しい便利な道具が増え始めた。誰でも簡単に調味料の量を覚える事が出来る計量カップや計量スプーンだけでなく、包丁が上手く使えなくても素早く皮むきができる皮むき器、さらにゆで卵を糸を使い簡単に綺麗に切る方法や、ゆで卵や麺はゆで時間を決めれば同じものができる等々、どんどん厨房を効率化していく。最近は自分の力では重たいものが持てないからと、小さな車輪が付いた台車を考案した。これにより、より簡単に室内で物を運ぶことができるようになった。

 アース国にだって馬車があるのだから、考えられなくはないものだったが、重たいものは数人で運ぶのが当たり前となっていたし、調理人は男ばかりだったので、あるようでなかったものだ。この台車はさらにメイドの中でも有名になり、むしろそちらで広まりつつある。

 今までならお盆や籠に乗せて何度も運ばなくてはならなかった物が一気に運べるというのには、誰もが喜び、厨房だけでなく他部署でも効率化が進んでいる。こうしてユイが便利道具を思いつくたびに、ユイは周りから尊敬の目で見られるようになった。俺としては喜ばしい結果だ。

 ユイの能力が高い事を周りが認めれば、ルーンも認めざるを得ないだろう。……でも、どうしてだろう。面白くない。


「ラグ、遅くなってすみません」

「別に大丈夫だ」

 もしかしたら、ユイが俺の事を後回しにするのが、あまり面白くないと思ってしまう原因かもしれない。普段の俺は、必ず一番に優先される。でもユイは俺が魔王だと知らない。だから、普通の子供のように扱う。俺が迷子にならないように幼子を相手するかのように手を繋いでみたり、話す時はしゃがんで目を合わせたり、俺が間違っていると思えば注意をする。でも子供だからと言って軽く見たりはしない。厨房に立ち入らせないなど、必要以上に過保護だったりもするが、俺の話を聞かずに頭ごなしに何か怒る事もない。

 一般的には普通であって、俺にとっては普通ではないユイ対応は、それほど嫌いではなかったはずなんだけどな――。

「そういえば、どうして料理本を作ろうと思ったんですか?」

 じっとユイを見て何にイラついているのかを考えていると、ユイが俺に質問をしてきた。……別に聞かれて困る事ではないが、結構今更な内容だ。ユイは頭が悪いわけではないようだが、あまり言葉の裏を読まないというか、考えない。もしかしたら、友達の頼みだし、魔王様の家庭教師になる為の口添えもしてくれるというし、断る理由なんてないよね。断る理由がないなら、理由は置いておいて完璧にこなせばいいよねとか考えていてもおかしくない。

 ……平民は、皆こんな能天気な考え方なのだろうか。騙されるかもとか、何に使われるんだろうとか、心配にならないのだろうか。俺は子供なのだが、ユイの行動は俺よりも幼い子供の様に感じて、自分のことでもないのに不安になる。実は裏表のある性格だというならまだ納得も行くのだが、これで本当に馬鹿正直に動いているだけだとしたら、ユイをここに早急に連れてくることができたのは本当に幸運だったのだと思う。

 できたら、ハン伯爵にも、ユイについてどう感じていたか聞いてみたい所だ。

「料理本ができたら、俺の家でも魔王様が食べているものと同じものが食べられるだろ?それに貴族同士が料理本を出し合えば、よりよい料理も作られるかもしれない。後は、人族領側の国へこの本が輸出されれば、魔族領のイメージも若干良くなると思うんだ」

 俺は貴族の息子という設定になっているのでそういう理由をでっち上げる。しかし実際、貴族の中には魔王城の食事に興味があるものもいるだろう。各家のレシピが分かるようになるのは悪い話ではない。

「あー、やっぱり、魔族領のイメージって悪いんですか?」

 困ったように聞くユイを見て、俺は本当にユイは何処から来たんだろうなと思う。

 人族領で魔族領のイメージが悪いのは当然だ。昔は戦争までしていたのだし、そもそも種族が違うので相容れにくい部分がある。魔族領は多種族社会だが、人族領は基本人族だけだ。魔族領の方でも、種族差別主義の人族領のイメージはそれほど良くない。


「人族の中には、魔族は人族を捕って食うと思っている者もいるな」

「えっ、食べないですよね?食べたら共存は難しいですし」

「食べないな。少なくとも、俺は食べたことがないし、食べたいとも思わない」

 魔族の中には、人族の血を好んで飲みたがるものもいるので、その辺りから噂が独り歩きしたのかもしれない。もしくは魔族の見た目は様々で、人族とは違う。中には肉食獣のような牙を持つものもいる。この辺りからそういう想像をしたものもいるのかもしれないが、今ではその噂がどこから始まったのかよく分からない。

「だとしたら、ちゃんと訴えないとですね。そんな噂ひどすぎます。魔王城レシピをみれば、人肉じゃないってわかりますし、おいしければイメージアップは完璧です。やっぱり、食べ物は美味しいに限りますからね。旅行するときの目的の一つに、ごはんは欠かせませんし」

 ユイはまるで自分の事のように怒りを表した。

 そしてどうやったらイメージ改善できるかを真剣に考え始める。あまりに真剣な様子に俺はおやっと思う。

「ユイは魔族なのか?」

 ユイの見た目は人族のようだが、違うのだろうか。確かに魔族の中には限りなく人族に見た目は似ている種族もいると聞く。

「えっ?ああ、どうなんでしょう。たぶん人族かなとは思っていますが」

「だとしたら、魔族のイメージが悪くても、ユイが怒る必要ないんじゃないか?」

「うーん……怒ってはいませんよ。どちらかというと、悲しいですね。魔族にはラグやハティーみたいな友達もいますし、デュラ様……えっと、ハン伯爵のような恩人もいますから。魔族というだけで、根も葉もない悪いうわさが流れているのは嫌ですね」

 ユイはそう言って、悲しそうに笑った。

 そうか。俺が居るから悲しんでくれているのか。ユイはなんというか、いい意味でも悪い意味でも子供のように純粋なのだなと思う。

「それに、そういう偏見がこじれて、戦争になったら怖いじゃないですか」

「戦争?」

 突然話の流れが変わって、俺はユイに聞き返した。いくらなんでも、今の話からは戦争につながらないというか、いろんなものを飛び越えてしまって極論のように感じる。

「そうです。やっぱりイメージがお互い悪いと、そういう流れになりやすいですからね。戦争フラグが立ちそうな事は、片っ端から事前に折っておくにかぎります。フラグ折りは基本中の基本です」

「考えすぎじゃないか?もちろん、昔この国は、人族領と戦争をしていたが……」

 そもそも魔族領は人族に迫害されてきた種族が集まってできた場所と言っていい。人族は自分と違うものを嫌い、魔族はそんな人族を嫌い戦争となった。でもそれは昔の事。今はすごく仲がいいとまでは言えないが、あの頃よりは穏やかな関係が結べているはずである。

「考えすぎなぐらいでちょうどいいんです。戦争が起こったら、私は真っ先に死ぬ自信がありますから」

 そう言ってユイは胸を張った。いや、そこを自慢されても困るんだけどな。

「ラグは貴族ですし、将来すごく高い地位に就くかもしれません。だとしたら、余計に戦争を起こさない努力をして下さい。もちろん攻め込まれたらちゃんとこの国を守ってほしいですし、戦争も仕方がないかもしれませんが、まずはそんな事にならないように努めてもらいたいんです」

「戦争していいのか?」

「嫌ですけど、やられっぱなしで皆が死んでしまうのも嫌ですし。でも戦争が起こったなら、即、戦争を終わらせられるようにして下さい」

 ユイはたまにいる、平和主義者な考え方なのかと思ったが、微妙に違う。ユイの意見は彼らより柔軟だ。


「お待ちしておりました」

「遅くなってすみません。ルーンさん、今日もよろしくお願いします」

 そんな事を話しながら歩いていると、ユイが文字を覚え、書籍づくりをするために用意した部屋へたどり着いた。

 部屋の中では、すでにルーンが待っている。

 そう。ユイに料理の本を書いてほしいと言った、一番の目的はこれだ。勿論、料理がより良くなるといいとは思ってもいるし、魔族領のイメージが良くなるといいとも思っている。でもそんな事よりも、ルーンにユイを認めてもらいたい。そうでなければ、ユイが俺の家庭教師になれる日は永遠に来ないのだから。

「ルーン、今日もよろしく頼むぞ」

 ルーンは色々俺に言いたそうな目をしたが、それでもすべてを飲み込んだようだ。ここで俺を問い詰めればユイが不信に思い、俺の正体に気が付いてしまうかもしれないと思ったのだろう。

 ルーンとしては、ユイに危険がないかどうかを判断できる前に俺の正体がユイにばれると、俺に危険が及ぶかもしれないと思っているようだ。今まで俺がユイと接してきた限りでは、ユイが俺に何かできるようには思わないんだけどな。

 でも、それはある意味ちょうどいい。

「ラグ様の仰せのままに」

 ルーンはそう言って、俺に頭を下げた。

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