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10話 意味なしの勇者業務(勇者の現実)

「燃えろ~、燃えろ~、メラメラ燃えろ~。灰になるまで燃やしつくせ~」

「トール。なんか、呪ってるみたいだぞ」

 俺が家の外でたき火をし、さらにじっと炎を見つめて即興の歌を口ずさんでいると、フレイが呆れたような口調で話しかけてきた。

「呪いは俺じゃなくて、お前の得意分野だろ。俺は勇者なんだし」

 フレイは魔導士であると同時に、呪術師でもあった。俺もやれと言われればできなくもないけれど、剣術の方が分かりやすくて好きだ。それにフレイがいるなら、俺がそれを極める必要はない。

「そうなんだけどさ。なんかお前の歌からは怨念を感じるんだよな。俺の呪術より、ずっとききそうな」

「まあ、実際俺は今、猛烈に呪いたい気分だ」

 というかこれが呪わずにいれようか。

 俺は燃えて灰になろうとしている絵を見て、けっと唾を吐く。

「普通に考えて、魔王の事を知っておけと言って、見合い用の絵画を持ってくるような馬鹿王家、滅べばいいんだ。ちくしょう」

「あはは。そっか。とうとう見合い用の絵画まで用意されたんだ。どう、かっこよかった?」

「知るか。というかもう少し俺に同情したらどうだ」

「ウエディングドレス用意されなかっただけマシじゃない?あ、でも。魔族領に行くまでにはまだ時間があるから、身長が伸びた時に合わなくなるから、ドレスを送るならもう少し先かな」

 馬鹿みたいに笑っているフレイを俺は睨みつけた。コイツは悪い奴じゃないが、何でも楽しむ癖がある。さらに騒ぎは大きければ大きいほど楽しいという厄介な性格で、話を引っ掻き回すのが大好きだ。

「具体的に考えるな、馬鹿っ!俺は、親善大使としていくだけで、輿入れじゃねぇ」

 

 俺はそう心の底から叫んだ。確かに男に異様に好かれるという、アホみたいな呪いを受けてはいるが、俺は男で、さらに勇者。何でそんな変な発想になるんだ。

「まあでも、親善大使としても魔王の事は知っておいて損はないだろ。カリカリするなよ。あ、ほら。王家もトールの事ちゃんと分かってくれているみたいだぞ」

「はあ?」

「ちゃんと絵画が燃えないように、防火の魔法がかけてあるし」

 防火だと?!想定外の言葉に俺はバッと絵画を見るが、確かに綺麗な形で残っている。火の中にあるにも関わらず、俺をあざ笑うかのように焦げなど全くない。

「ちくしょっ、アチッ!!」

 俺は火の中にくべた絵画を蹴り上げて、火であぶられた革靴をぐりぐりと地面に押し付けた。俺が火にくべるだろうって思って防火の魔法をかけるとか、どれだけ用意周到なんだ。

「うわー、この絵画、防火だけじゃなくて、防水、防風……すごいや。刃物でも切れないようになってるよ。いい仕事してるねぇ」

「感心してるんじゃねぇ!」

「だって、絵一枚にこれだけの加護をかけられるなんて、王家くらいだよ。これ、金額で言うと、ざっと家一軒建つ内容だよ。あ、魔王様って結構可愛い顔してるじゃないか。ほら、見てみろよ」

 フレイに言われて見た絵画には、黒髪の少年が描かれていた。琥珀色の少しつり気味の目が印象的な美少年だ。ただし、頭には大きなヤギのような角が生えており、魔族である事を主張している。

「でも男だ」

「まあ、女じゃないね。でも問題点はそれだけだろ?」

「それが一番の問題点に決まっているだろ!」

 他人事だと思って適当な事を言いやがって。実際他人事なんだろうけどさ。


「トールは堅いねぇ。そういえば、王家が持ってきたのは絵画だけだったわけ?」

「後は魔王領で流行ってる石鹸も送ってきたよ」

「石鹸?」

「この国で作っているものより質がいいんだと。この国の貴族も最近御用達にしているんだって。いくつか持ってきたから、フレイも一個やる」

 そう言って俺はポケットに突っこんできた石鹸をフレイに投げ渡した。

「へぇ。なんだかいつもの石鹸と違うんじゃない?」

 投げ渡した石鹸は、この国で使っているものと違った。一番は匂いだろうか。それは俺も感じていたので、手紙に書いてあった内容を伝える。

「何でも、食用の油……えっと、オリーブオイルを使ってるんだってさ」

「うわっ。勿体ない」

「本当だよな。でも、確かに今までと全然違うって、母ちゃんも言ってたな」

 手紙には、魔王に嫌われない為にも、魔族領の習慣はある程度把握しておけ云々が書かれていた。どういう意味で書いたかは分からないし、あまり深読みするのも嫌だけど、どちらにしろ親善大使として他国へ渡るならば、ある程度は把握しておかなければいけないだろう。

「ふーん。オリーブを使うなんて、魔王領はかなり裕福なんだね。でも最初にオリーブを使おうって言い出した人も凄いかな」

「成金か金が有り余ってる貴族じゃないか?」

 食用の油を使おうとか、一般庶民の発想とは思えない。食べられない、肉の脂を集めておいて石鹸屋に渡して作ってもらうのが普通だ。

 

「でもオリーブで作れって事は、石鹸の作り方を知っているって事だろ?だって、普通は肉のあまり脂を使うし、魔族領も同じだったはずだから、ちゃんと知らないとそういう発想にはならないと思うけどなぁ。特に貴族は、メイドとか執事にそういうことを全部任せてるし」

「そうなんだけどさ。フレイって変な事考えるな」

 石鹸を誰が作ったかなんてどうでもいい事のように思える。

 普通はどれぐらいの金額かとか、どうやって使うのかとか、使いやすいかが気になる事じゃないだろうか。

「うーん、何て言ったらいいかな。ちょっとその石鹸見ていたら怖くなってさ」

「は?怖い?」

「えっと、怖いというか不気味というか。昔から魔王領がその石鹸を使っていたなら気にならないんだけど、俺の記憶じゃ違ったはずだからさ」

「だから最近流行ってるって言っただろ?」

 俺には何が怖いのか分からない。フレイはどうしたら伝わるのかといった様子で、困ったように笑う。この表情は俺が呪術について質問した時と似たような顔だ。呪術は結構あいまいなところもあって、フレイは伝えるのが難しいと言っていた。

「うん。でもこの石鹸を包んである紙に書かれた文字って魔族領のアース国の言葉だろ。もちろん魔族領の事を覚えろって渡してきたわけなんだから普通なんだけど。えーっと」

「この国のものじゃないから引っかかるのか?」

「いや、今までも貿易はしてたし……でもさ、なんで俺らの国にはないんだろ」

「は?」

「いや、何かまだまとまんないから、今の話はなし。忘れて」

 フレイ自身うまく言い表せないようで、最終的に諦めたように両手を上げた。何故、魔族領と同じ石鹸はこの国にないのか。

 魔族領からくるものには税金がかかるので、確かにこの国で作った方が早い。でも作らない……いや、作れないのか?今までなかった技法らしいし。


「なあ、もしかして、魔族領の産業が俺らよりも進んでいるのが気味悪いとか?」

「あ、それ。うん。多分それだと思う。今まで魔族領が石鹸で有名なんて事はなかったし。すごく突然な事に感じてさ。たまたま石鹸職人にすごい人がいて前進しただけならいいけど。他にも俺らには作り出せないものや思いつかなかったものが……特に武器とかで出てくると怖いなって思ったんだよ」

「考えすぎじゃねーの」

 確かに、想像もしない武器などを作り始めたら怖いけど、石鹸一つでそんなことまで考えてられない。いくらなんでもフレイが心配性すぎるとしか俺には思えなかった。

「なら、いいんだけどさ。まあ今後魔族領と戦争が起こっても、ここにはトールという伝説級の勇者がいるから心配はしてないんだけどね」

「……その心は?」

 もちろん俺は勇者を目指して勉強中なのだから、有事の際は先頭に立って戦う気だ。でも何となく、フレイが言うと違う気がする。

 フレイは昔から争いというものを嫌う傾向があった。できるなら魔物すら倒さずに済めばいいのにという考え方は、戦いたがるバトルジャンキーが多い俺の周りからすると少し異様だ。勿論、害があるなら駆除も仕方がないとしていたけれど。


「トールが魔王を誘惑して、戦争終わらせちゃえばいいじゃないか」

「結局そこに戻るのかっ!」

 やっぱりからかっているだけか、この野郎。

「あとは、魔王領の料理を覚えておかないとだよね」

「何でっ?!俺は料理人じゃないぞ?!」

「もちろんだよ。でもやっぱり男って胃袋を掴まれると弱いというか――、うわっ、危ないな。剣とか振り回すなよ。魔導士は武術系は苦手なんだからさ」

「ちゃんとよけれる奴の言葉じゃねーよ」

 俺の剣を見切ってよけられる幼馴染はこいつぐらいしかいない。

 ……俺、何でコイツと友人なんだろ。

「これも勇者の仕事だと思ってさ」

「勇者の仕事に、魔王の誘惑があってたまるかぁぁぁぁっ!!」

 俺は憎いぐらいの青空の下で、そう叫んだ。こんな勇者業務、俺は認めてたまるか。

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