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『病』  作者: 人平 芥
7/10

『隠れ病』

「戯れる存在感」


 「もーいーか――い?」

 「まーだだよ――っ!」







          ■          ■







 「実は僕さ、『かくれんぼ』って遊びが、あんまり好きじゃなかったんだ」

 彼は照れくさそうにそう言った。

 「え? そうだったの? でも私たち、外での遊びと言えばかくれんぼ……ってくらいかくれんぼばかりしていた気がするけど……」

 まだゲームなんてものがあまり普及していなかった子供時代に、こんな田舎町でできることと言えば、かくれんぼや鬼ごっこ、それに缶蹴りくらいなものだった。

 私と彼とその他数人の友人で、毎日毎日飽きもせずに空き地を駆けまわったり林の中に隠れたりしたことは、まるで昨日のことのように鮮明に思い出すことのできる輝かしい記憶の一つだ。

 そんな記憶の中で、彼は私たちの誰よりも遊びを――特にかくれんぼのときは一層、目を光らせて楽しんでいた。無垢なその笑顔からは、みんなに合わせて無理に遊んでいるような様子は一切感じられない。

 「いや、楽しかったは楽しかったんだよ。鬼に見つからないように隠れてると、まるでスパイにでもなったみたいでとっても高揚感があったし、誰かの足音が聞こえてきたときのドキドキは、他では味わうことのできないものだったから」

 微苦笑を浮かべた彼は、しかしその表情に幽かな陰りを生じさせたかと思うと、そっと視線を地に落とした。

 「でも……ね。お気に入りの場所に隠れて息を殺して鬼が来るのを待ってると、上ずった気持ちが、だんだんと不安に変わっていくのを感じるんだ」

 「不安?」

 「……ひとりぼっちで土管の中や溝に隠れてずっと黙ってると、自分の心臓の鼓動がよく聞こえるんだ。ドクン……ドクン……って」

 彼は左胸に手を当てて、その鼓動を確かめるように目を瞑った。

 「その音を聞いているときの僕は、みんなとは違う別の世界に――ひとりぼっちの世界にいるんだ。そして考えるんだ――もしかしたら、僕はもう元の世界には戻れない……二度とみんなに会うことができないんじゃないかって」

 ――――涙。

 私がかつてかくれんぼの鬼になったとき。土管の中に隠れていた彼を見つけると、彼は潤んだ瞳で私の手を力強く握ってきた。

 当時はわけがわからなかったというか、突然の出来事に顔から火が出そう……もとい動揺してしまい、あまり深く考えることのなかった彼の行動は、なるほどそういうことだったのか。

 私が自分のことをちゃんと探し出してくれるのかという心配、自分を残して帰ってしまうのではないかという恐怖、そしてきちんと見つけてくれたことへの安堵……。様々な感情が織り交ざった結果が、あの涙だったというわけだ。まだ子供だったとはいえ、意外にも可愛いらしいところがある。

 「……馬鹿ね。私が鬼をして、誰か一人でも見逃すなんて、あるわけないじゃない」

 「うん、そうだよね。君は、たとえ鬼役の子が投げ出しても、僕のことをちゃんと見つけてくれた。だから僕は、みんなとの遊びを安心して続けることができたんだ」

 「そ、そう?」

 「今さら言うのもなんだけど、僕は君にとても感謝してるんだよ。……本当に、ありがとう」

 真剣な面持ちで急にそんなことを言われても、その……照れる。

 私は別に、彼だから見つけることができたとか、そういうわけじゃない。ただ、他の子よりも嗅覚が鋭かったというか、察しの良い部分があったので、この周辺で子供が隠れそうな場所がなんとなくわかっていたというだけなのだ。あとは、単純に曲がったことが嫌いで、遊びであろうと途中で放棄するのは気にくわなかったというか……。

 とにかく。私には彼に感謝されるような大それたことをしたという意識も、感謝される資格も、特に持ってはいないのだ。


 ――――でも。

 「ま、私にかかればあんたを見つけることなんて、ちょちょいのちょいってもんよ!」

 私はわざと大声でそう言い放った。虚勢を張って、彼の感謝を無理やり受け入れようとした。

 「確かにあんたは、影は薄いし、主張性のカケラもないし、ちょっとトロくさいところがあるしで、探す側からしたら傍迷惑な人間かもしれないわ。でも、私の目は優秀で寛大なの。あなたを見つけ出すことなんて、絵本の中で一人の人間を探し出すことに比べれば、はるかに容易いことよ」

 「うわぁ、懐かしいなぁその本……」

 「だから……だから、ね」

 そこで私は、言葉を区切った。そこには、小さな『揺らぎ』があった。

 どんなに虚勢を張って大口を叩いたところで、私は所詮ちっぽけな一人の人間だ。できることとできないことには、明確な線引きがされている。今私が口にしようとしたのは、おそらくは……できないことに分類されるものだ。

 なるべくなら、彼の前で妄言を口にすることは避けなければならない。彼がたとえ冗談だと受け取ってくれても、それは……彼の心を深く傷つけることになるだろう。彼の状態を鑑みれば、それは当然の帰結と言える。

 でも……私はそれを言葉にするべきではないだろうか。

 口から出まかせなどではなく、一つの決意――あるいは、約束として。

 彼のことを想う私自身の、希望として。


 「また、私が見つけてあげる」


 結局、私はそれを形にした。言葉という、一種の誓いを立てることにした。

 彼は目を丸くしていたけれど、やがてかつてと同じように、瞳を潤ませて微笑んだ。

 「うん……お願いね……」

 私も、彼に応じるように笑い返した。これが昔から、私と彼が約束を交わしたときの決まり事なのだ。


 私は、本当に彼を見つけ出すことができるのだろうか?

 今回のかくれんぼは、いわば世界が、彼が隠れるのを全力でサポートしているようなものだ。子供の遊びとはわけが違う。

 でも、私は心に誓ったのだ。絶対に、彼を見つけ出すと。もう一度――彼の手を取るのだと。

 過ぎ去りゆく風に意識を奪われているうちに、彼の姿はもうそこにはなくなっていた。面影すらも、綺麗さっぱり消え失せていた。

 不安は尽きない――が、やるしかないのだと、私は自分を奮い立たせる。二度と……彼にひとりぼっちの苦しみを味わわせてはいけない。

 すぅ……っと深呼吸をすると、私は子供時代を思い出し、腕で両目を覆った。そして、懐かしい一言を――かつて何度も張り上げたこの合図を、呪文でも唱えるような気分で口にした。




 「もーいーか――い?」

 「―――――――――」



「隠れカクレヤマイ

存在が徐々に希薄になり、やがて他人に認識されなくなる病。

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