『流飢病』
「枯れた表現」
猫が、死んでいた。
車に轢かれたのか、内臓を散らして無惨に死んでいた。
誰にも弔われることのないままに、憫然な姿を晒して死んでいた。
私は、猫という生き物がとても好きだ。
ふわふわとした触り心地に、抱くとぽかぽか暖かい。
行雲流水――自分の思うがままに生きる彼らのことが、私は大好きだった。
だから、目の前に横たわるその亡骸を見て、チクリと……胸に小さな針が刺さったような、心の中で波が荒立ち始めるような、奇妙な感覚にとらわれた。
「……うちで供養してあげましょうか」
愛する生き物の死を目前にし、茫然と立ちすくんでいた私を後ろで見守っていたお母さんが、私の肩を抱いて優しい声でそう言った。
私は黙って頷いた。自分が少し震えているのがわかった。
土と血で汚れ、ボロボロになった猫の体が、お母さんの手によって宙に浮かぶ。滴り落ちる液体と、膨張し始めたむせ返るような生臭い香りが、否が応でもその猫の『死』を実感させた。
柔らかい毛並みも、感じさせる温もりも、どこか憎めない仕草や表情も……私の大好きなものはもうそこにはないのだと、簡単に理解することができた。
血だまりが残る、何もない地面をボンヤリと見つめながら、私はしばらくの間そこから動くことができなかった。
それは、生まれて初めて経験した、頭を強く揺さぶられたかのような出来事。
今まで想像もしなかった衝撃が私の心を貫き、わだかまりを――決して消えることのないわだかまりを残していった。
私の記憶に、大きな傷を刻んでいった。
それでも、まだ、私は――。
「……ねぇ、お母さん」
家の庭に作られた、死骸を埋めた土の上に石を乗せただけという小さなお墓の前。
私は両手を合わせながら、呟くように訊ねた。
「なぁに?」
「私は……悲しんでいるのかな? ……悲しめて、いるのかな?」
いつもより早い鼓動、チクチクと痛む胸、思い出したくない記憶、お墓を前にして感じた切なさ……私が悲しんでいることを示すピースが、そこにはいくつもあった。
しかしどうしても……一つ足りないのだ。それはごく小さなピースだけれど、とても重要で、不可欠で……私の悲しみを、不確かなものにしてしまう。私自身の気持ちに、疑問を抱いてしまう。
お母さんは、何も言わなかった。ただ、私をギュッと抱きしめてくれた。猫を抱いたときと同じで、とても暖かかった。
「……お墓、ちゃんと毎日手入れしようね」
「そうね……そうね……」
私の言葉に、お母さんは何度も頷いた。
その瞳から一滴流れ落ちた『それ』が――私にはとても綺麗に見えた。
「流飢病」
涙が流れ出なくなる病。