『崩雪病』
「死の美しさ」
美しい。
それ以外の感想が全く生まれなかった。比喩してみたり、余計な賛辞で飾り付けることが不躾であるように思える。
それほどまでに、今の彼女の状態は、ただ「美」を体現していた。
「――綺麗だよ。とても」
「……ありがとう」
僕の胸に抱きとめられる形で横たわっている彼女は、『白』。肩まで伸びる長い髪はおろか、その滑らかな肌全体が――まさしく頭から爪先までといった感じでひたすらに白い。
それでも顔色の悪さなどの不健康な印象はまるで無い。まさに「純白」そのものであり、それこそが今の彼女の美しさの所以なのだろう。
そっと、彼女の頬に触れてみた。まるで雪のようではあるが、暖かい。この温もりが――彼女の体温が、彼女が今生きているという事実を僕に伝えてくれる。
今はまだ――感じられる。彼女の命を、彼女の「生」を……。
「……ねえ」
「何?」
「もっと強く、抱きしめて」
言われるがままに、彼女を包む腕に力を加える。しっかりとした感触はあるが、その白さ故に脆く崩れてしまいそうだ。
「私は……幸せだった。あなたに会えて。あなたと過ごせて」
「僕もだよ。君がいてくれたから、僕は笑うことができた」
彼女の頬が、白さの純度を増していく。その頬を透明な涙が伝い、僕の肌色の指に染み込む。涙は、彼女が流したものではなかった。
「大好きよ。……これからもずっと――」
「僕だって――!」
――消えた。
何の兆しも無く、消えてしまった。いや、兆しなら、もうずっと感じていたことだ。
彼女の感触が。彼女の体温が。彼女の白さが。彼女の存在が――。
今、この瞬間に「無」に還っていった。
「うぁ……ああああああ!」
叫び声は、独りになった空間にこだまする。
足元に溜まった灰の山を、悲しみが零れ落ちて固めていく。冷たくなったその灰を、両手でそっとすくい上げた。
消える直前の、失われた彼女の表情を思い出す。その顔は、何よりも白く、何よりも綺麗な――とても安らかな笑顔だった。
「僕も……大好きだ」
独り言でしかなくなったその言葉を受け入れる人間はもういない。白い灰が何かを語ることはなく、残された僕は、その灰の傍で涙を流し続けるしかなかった。
「崩雪病」
肌や髪が徐々に色彩を失い白さを増していき、やがて純白の灰となって死に至る病。