毒リンゴの蜜
右も左もにっちもさっちもわからないので、
技術向上のために感想をいただけると嬉しいです。
何故俺は重い銃を担ぎながらこんな獣道を歩いているのか。
それもこれも、全て依頼主である女王がいけないのだ。
白磁のつややかな肌。艶やかな濡烏の髪。透き通るふっくらとした唇の朱。
その全てを持つ美しい姫に嫉妬し、彼女を森へと迫害した女王はその行為だけでは飽きたらず。
姫の逃げた方へと王宮猟師である俺を派遣し、殺すようにと命令したのである。
ああ、なんて横暴な女王なのだろう!
そう悪態をつきながら、足場の悪い道を何度か躓きながらも進んでゆく。
どうせ声に出してもこんな道、誰も通りはしないのだ。遠慮なく言わせてもらう。
そもそも追手が俺1人ってどうなんだ。しかも指名だった。そんなに俺は薄情な男に見えるのか。
ついでに言っておこう。俺は、姫を殺すつもりなんてない。
そこらへんにいる獣を撃ち、捌き、適当な部位を姫のものだと偽ったって、女王は分からないだろうから。
それなら、何故この道を歩き続けているのか?
それはまあ、なんというか。美しいと噂の姫を1目見ておきたい。だけである。
不純な動機なんてない。あるはずがない。……とは言い切れないが。
そうこうしているうちに、何かの気配を感じる小屋の前へと着いてしまった。
おそらく、ここだろう。
茅葺屋根に、木の板でできたそれなりに大きな小屋である。
村の猟師が狩りの休憩をするためにでも作ったのだろうか?立派だ。
とりあえず木製のノブをひねってみる。
森の小屋であるので、鍵なんてかかっているはずもなく。
すんなりと右手は回り、扉が開いた。
おや、思っていたよりも内装はきれいである。
木製の机に木製の椅子。そして小さい簡易ベットが7つ。
そしてふわりと香る美味しそうな料理のにおい。
「だれか、居るか」
呼びかけてみると、はあい、と間の抜けた声が奥から響く。
男のものとは違う、高い声。おそらく姫のものだろう。
逸る胸を押さえながら中へと進み、においの強い方へと歩いていく。
途中無礼になるだろうと思い返し、猟銃を玄関近くの端の方へと立てかける。
一番奥の調理場と思われる場所の手前で立ち止まると、小さいシルエットと艶やかな黒が揺れた。
「失礼。貴女がシラユキさまだろうか」
振り返った彼女は、とても美しかった。
姫は、ぱちりと大きな眼を見開きながら、可愛らしい唇を震わせてこちらを凝視している。
いけない。怖がらせてしまっただろうか?
慌ててその場で跪き、自分の名と猟師であることを告げた。
女王の差し金であることは言わなかった。
せっかく美しい姫に会えたのだから、警戒されないように己の保身に走るさ。
「そうです、けど……。
あの、どうして、……?」
どもり、そして最後の方の声が小さくなって消えていく。
“猟師”という肩書が恐ろしいのだろうか。
ぷるぷると震えながら、大きな瞳に零れそうなほど涙を溜めている。
なんだかとても可愛い。いや、俺にSっ気はない。断じて。
手に持ったお玉を指先が白くなるまで握りしめ、俺の言葉を待っているようだった。
今度は怖がらせないように、目元を緩めて、口元に柔らかく弧を描いてみる。
そう、雰囲気を柔らかくするんだ。
「シラユキさま。貴女の為に参りました」
ん?言葉を切るところを間違えたか。
正しくは「貴女の為にイノシシを狩るが、それでもよいかと伺いに参りました」なのだが、今更言い直すのもなあ。
これで姫の手の甲にキスでもすれば立派な騎士にみえるだろうが、柄じゃない上に騎士は苦手だ。
俺が見たことがあるのは王宮騎士だけだが、あそこは無駄に筋肉をつける脳筋馬鹿か、中途半端に腕の立つナルシストしかいないのだ。……残念極まりない。
「え、あ、う、」
俺の言葉で勘違いさせてしまったのだろう。
白亜の頬をリンゴのように真っ赤に染めた姫は、俺から目線を外して入り口の方へと走っていってしまった。
目の前に残された鍋は火にかかったままだし、噴きこぼれている。
ああ、大惨事。
とりあえずかまどの火を消し、鍋に蓋をする。
結構大きめの鍋だ。おそらく大の大人が5人は食べられる量が入っている。
姫一人の分では決してないだろう。姫をかくまっている猟師の分だろうか。
……少し食べてみたいと思ったのは内緒だ。
急ぎ足で姫を追うと、どうやら来客があったらしい。
扉越しに誰かと話しているのが見える。
――この姫は危機感がないのだろうか。もし女王の追手が来たらどうするのだろう。
などと自分の事は棚に上げておいて、立てかけておいた猟銃を手に、扉へと近づく。
話し声が聞こえるところまで進み、耳をすます。
どうやら、リンゴ売りの老婆が小屋を回っているらしい。
姫に1つどうだと執拗に勧めている老婆の声と、姫の困ったような声がこちらまで聞こえてくる。
「なにもいただいてはいけないと言われているのです……。
あの、申し訳ないのですが……」
「この場で食べてしまえば、ばれないさ。
ほれ、この通り婆が齧っても大丈夫。さあ1つあげようね」
あう、と声が漏れる。
押しに弱いのだろう姫は、リンゴを1つ受け取ってしまったようだ。
老婆が食べたらしいから、危険ではないだろうが……どうも怪しい。
そもそもリンゴのみを売って回っているなど、聞いたことがない。
リンゴは、隣国までいかなければ、手に入らない果実だ。
そんな貴重な果物を持ち歩き、売るか?
しかし貴重な品である。
せっかく食べられるというのに、この機会をみすみす逃すのも惜しい。
おそらく姫も食べたいであろう。それでは俺がひと肌脱ぐしかない、か。
「姫、俺が毒見をしましょう」
「え、で、でも、!」
失礼。とつぶやき、姫の手の内にあるリンゴにかぶりつく。
シャキシャキと軽い音をたてて果実を噛み砕き、内から出てきた果汁を舌で舐めとる。
甘酸っぱい香りが鼻にぬけてゆき、心が満たされるような気持ちになる。
これなら、おそらく姫が食べても平気だろう。
「おや。作戦は失敗か?」
老婆はそうぽつりと呟くと、瞬き1つで女王へと変化して口角を上げた。
え、ちょ、女王が魔法使えるとか、初めて知ったんだけど。
豊満な肢体にぴたりと張り付くような黒いナイトドレスは、この森には不釣り合いだが、夜会ではとても映えるのだろう。無意識に喉がなる。
が、ふと我に返り慌てて猟銃を握り直し、女王へと標準を合わせる。
「おやおや。私の命令が聞けなかったのかい。
いけない王宮猟師だこと!」
女王は一歩飛びのいて、落ちていた木の棒をこちらへと投げる。
この木の棒は、おとりか?
女王の機微に注意を払いつつ、棒を打ち落とす。
俺だって、伊達に王宮猟師をやっているわけではない。
目をつぶっていたって、目標には当てられる自信がある。
「さあ、シラユキをこちらへお渡し!」
「ッ!」
女王の周りの落ち葉がふわりと浮きあがり、切れ味のよい刃となって、こちらへ飛んでくる。
しかし刃に姿を変えたとはいえ、葉であるから、コントロールはしにくいのだろう。
俺や姫に向かってくるものは、そう多くない。
掠ったところはヒリヒリと痛むが、そちらに意識を向けては思う壺である。
しかし多くないとはいえ、葉を俺の銃でいちいち撃っていてはキリがない。
クソ、詰んだか。さあどうする。
「あの、扉を、閉めませんか……?
魔法を、か、かけます……」
か細い姫の声にハッと我にかえり、後退しつつ扉を閉める。
そして鍵に魔法をかけてもらい、小屋全体を強固にする。
そして姫を抱きかかえ、鍵をかけて家の奥へと向かう。
俺の首に回る柔らかい二の腕。俺に信頼を寄せてくている事が何よりうれしい。
とどめのように姫からふんわりとかおる、リンゴとは違う甘い匂いに頭の芯がクラクラした。
やばい、こんな時なのに、ちょっと興奮している。
さて、小屋へ魔法をかけただけでは心もとない。
もう一度外へ出てから、女王と対峙した方が被害は少ないだろうか。
それとも出ない方が良いのだろうか。
……ダメだ。かおりにやられて頭がうまく働かない。
とにかく、女王を倒さないと。
姫を下ろして玄関へと向かおうとする。が。
「りょ、猟師さま、」
形のいい唇が俺の名前をなぞり、ねっとりと鈴のような声が俺の心を縛り付ける。
くるりと上を向く長いまつげを湿らせて、涙を湛えている姿は、今の俺には刺激が強い。
――食べてしまおうか。
邪心が心を蝕んでいく。女王のことが心から抜け落ちるくらいに。
なにかがおかしい。
すんでのところで理性を働かせ、姫から距離をとる。
これ以上近づいたら、マジでやばい。獣になる自信がある。
「女王を、倒してきます。
シラユキさまは、ここで待機していてください」
なんとか口にできた言葉で、踵を返す。
姫と一緒にこれ以上ここにいては、おかしくなりそうだ。
愛機を持つ手が、いつになく震えている。
一歩踏み出す。
「い、行かないで…っ」
ぶわり。
あまいかおりが濃厚に噴き出す。
動悸。めまい。息苦しさ。
風邪の症状が一気に襲ってくるような、恐ろしさ。
なにもこんな時でなくてもいいじゃないか!
心配そうに自分の顔を覗き込む、作り物のように美しい顔をみて、ぷつりと理性が崩れる音がした。
もう、女王なんてどうでもいい。
いまはただ、目の前の彼女を貪りつくしたい。
彼女の唇を親指でなぞり、顎に手をかけ、少し上を向かせる。
姫との距離まで、あと………
―――そこからの記憶は、ない。
☆☆
女王はくつりと喉の奥を鳴らして笑うと、シラユキの絹のような黒髪を撫でた。
「作戦成功だな。シラユキ。あの猟師は、お前のものだ」
「はい、あの、ご協力ありがとうございました。おかあさま……」
☆
シラユキの初恋は彼であった。
彼は王宮猟師とはいえ、猟師だ。一国の姫が結婚するには心もとない立場。
恋や愛やに目ざといのはいつも女性である。
そこに気付いた女王は、妄言と戯言と力添えによってシラユキをただの娘へ落とし、彼と一緒になる計画を秘密裏に進めていったのだ。
……少しのスパイスを添えて。
リンゴの毒は強力である。
おそらく彼はもう二度と自分から離れることはないだろう。
シラユキは深紅の唇で弧を描きながら、女王の手にすり寄った。




