ニーベルンゲンのナントカ
突然思いついたネタを使って短編を書いてみました。
作中にバイクが出てきますが、私に専門的な知識は殆どありませんので
あしからず……
ほとんどノリで突っ走ってます。
「……ジークフリートだ」
ウチの車庫に現われたソイツはこう言った。
「は?」
「だから、ジークフリートだと言っている」
時は少々遡る。
俺こと大谷義弥は、ごく普通の一般的な高校生である。
強いて違うところを挙げるとすれば、学校から特例としてバイク通学を許可されているくらいだろう。
バイクといっても二輪自動車ではなく原動機付自転車だが。
家は山奥で、学校からは四〇キロほど離れている。離れているだけならまだしも、最寄りの駅までは学校とほぼ同距離なため電車も使えないのだ。
大谷義弥の朝は早い。近所迷惑のレベルで鳴り響く目覚ましを床に叩きつけ、
寝ぼけた頭で顔を洗う。洗った顔に朝食を詰め込み、咀嚼しながら制服に着替える。そしてボタンをはめながら歯を磨けば準備完了だ。
ごく稀にジャムと歯磨き粉を間違える事もあるが気にしない。
バイクを買う前はもっと酷かった。
そして全教科の教科書が入った鞄とワルツを踊り、俺の原付が待つ車庫を開ける。
「何者だ」
閉める。
うん、俺は何も見ていない。
開ける。
「何者だ」
……。
「アンタこそ誰だよ!」
いつも通り、そこには俺のバイクがある。だが、既に一人の男がバイクに跨っていた。
外人だろうか、肩まで伸ばしたブロンドの髪、サラサラだ。
服の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉、程よく引き締まっている。
おまけにその精悍な顔つき……
完璧だ、完璧すぎて腹が立つ。一瞬見とれてしまった自分にも腹が立つ。
「……ジークフリートだ」
「は?」
「だから、ジークフリートだと言っている」
ジークなんとかってアレだよな。たしか竜退治して不死身になったアレだよな。
というか日本語上手いな。
「いやその……名前じゃなくて、アンタは何者なのかって聞いてんだよ」
「私はネーデルラントの王子だ。尤も、幼き頃に王宮を出たのだがな。
父の名はジークムント、母はジークリンデとという」
「……わかった、あんたが何者なのかはこれ以上聞かねぇ」
「そうして貰えると助かる」
コイツ、大丈夫だろうか。病院に連れて行こうか、頭の。いや警察の方がいいかもしれない。
「てか、俺のハーレー返せよ」
「はーれー?」
「アンタが今乗ってるソレだよ」
俺が指差すとジークなんとかはようやくバイクに気が付いた。
「ああ、これか。なかなか座り心地の良い椅子だった」
「椅子じゃねえ。急いでんだよ、さっさと退いてくれ」
「済まなかった」
以外と話の分かる男で助かった。バイクに跨りエンジンを噴かす。
「どうやってここに入ったか知らねぇけど、道に迷ったなら交番にでも行けよ」
そのまま発車したかったのだが、コイツはそれを許してくれなかった。
「ああ待ってくれ、それなんだが……」
「あ? 何だよ」
「実は目が覚めたらここに倒れていて、どうやって入ったか知らないんだ。後ろから刺されたところ
までは覚えているんだが……」
ホント、何なんだよコイツ。
漆黒の原付が風を切って山道を急降下する。
「ははは! これは中々いいものだな、ヨシヤ」
後ろに英雄を乗せて。
「そうかい、こっちは誰かさんの所為で遅刻ギリギリだよ」
あの後色々と話を訊いてみたが、どうやらコイツは本物の英雄ジークフリートらしい。
というのも、実際に不死身である事を証明されたり、透明になって見せられたりしたら
信じざるを得ないだろう。何よりも、その身に纏ったオーラが只者ではない事を物語っていた。
にわかに信じ難いが、これが俗に言う異世界トリップというヤツかもしれない。
「はぁ、まさか男とツーリングする日が来るなんてな」
「おお! ヨシヤ、あれはなんだ」
「ただのカラス避けだよ。カカシみてぇなもんだ」
バイクに跨り大はしゃぎする英雄、シュールだ。
しかし、今後のコイツの処遇はどうしたものか。
迷子ではないのだから交番に連れて行っても無駄だろうし……
おっと、そろそろ公道だ。
「ジーク、透明になってくれ」
「何故だ?」
「二人乗りは人に見られるとマズいんだよ」
「仕方ない、わかった」
何だかんだで学校の近くまで連れて来てしまった。学校の駐輪場は狭いため、
バイクを預かり所に預けなければいけない。そこからは徒歩だ。
「取り敢えずそのまま学校まで着いてきてくれ。いいか、絶対に喋るなよ」
「ああ」
「喋んじゃねえ」
なんとか一時間目には間に合いそうだから、そのまま屋上へ連行する。
「ここにいろ、多分誰も来ないと思う。昼になったらまた来るから、暇ならこれでも読んでろ。」
今日使わない教科書を渡し、去ろうとするがジークに呼び止められる。
「待ってくれ、ヨシヤ」
「今度はなんだ」
「その……君がいない間、バイクに乗せて貰ってもいいだろうか」
英雄様は随分とバイクが気に入った様だ。
だが、俺のバイクで事故など起こされては堪ったものじゃない。
「駄目だ、乗りたきゃバイトして免許取れ」
そう言うと俺は急ぎ足で教室へ向かう。
流石に朝のショートホームには間に合わなかった。
授業はわりと真面目に受ける。
特にこれと言った夢はないが、良い大学出て、いい会社に入れば、それなりにいい暮らしが出来るだろう。そして授業終了のチャイムが鳴り響き、昼休みが始まる。
俺は購買で二人分の昼食を買い、屋上へ向かった。
「ジーク、メシだぞー」
返事がない。
「おーい」
「こっちだ」
上の方から声が聞こえたので見てみると、ジークが貯水タンクの上から手を振っていた。
俺も貯水タンクの上に登り、買ってきたパンを広げる。
「こんなとこで何してたんだ」
「風を感じていた」
「そうかい」
「それが昼食か?」
「ああ、好みとかわかんねえから適当に色々用意した。どれがいい?」
ソイツは暫くパンを見回したあと、一つのパンに目を付けた。
「これは?」
「焼きそばパンだよ。食うか?」
「パスタをパンで挟むのか……面白いからそれにしよう」
「じゃ、俺こっちな。交互に選んでこうぜ」
昼食を終え、二人で寝転がる。春の日差しが心地よい。俺は学ランのボタンを外して深呼吸をした。
「ここのパンは変わっているな。だが、なかなかに美味だった」
「そいつはよかった。買ってきた甲斐があったってもんだ」
「ただ……空気は不味いな、ここは」
「空気に味なんてあるかよ」
「ん? わからないのか。ヨシヤの家の空気は中々に澄んでいたぞ」
そういえば、国語の教師が言っていた気がする。空気にはもともと味があり、毎日吸っている内に人の遺伝子はその味を忘れていったらしい。
ジークのいた時代では、まだ人間は空気の味を覚えていたのかもしれない。
にしても不思議なものだ。英雄とこうしてメシを食い、昼寝をするなんて千人に一人も体験しないだろう。
目を開けると白い雲が流れて行くのが分かる。
雲は旅人だ。風に行く先を任せる気ままな旅人。
ジークは生前も同じ雲を見つめていたのだろうか。俺に知る由はないが。
暫くまどろんでいるとチャイムが鳴り、俺たちの昼寝は終わった。
放課後、俺が屋上に出るとジークが待ちきれないとばかりにすっ飛んできた。
「帰るのか! 勿論帰りもバイクだろう?」
「そうだよ、だから慌てんな」
預り所でバイクを受け取り、発車の準備にかかる。
「ヘルメットは被ったか?」
「兜? 私は不死身だからそんなものはいらないだろう」
「そりゃそうだけど、万が一の事も考えて被っとけ……心配、だからな」
「わかった、ヨシヤがそう言うのなら仕方ない」
漆黒の原付が家路を急ぐ。
「なあ、ヨシヤ」
「何だ?」
「私は暫くしたら旅に出ようと思う」
「へえ、そりゃまたなんで」
「折角二度目の生を受けたんだ、もっとこの世界を見て回りたい。
そしてこの世界の……風を感じたい。」
「好きにしろよ。んで道に迷ったら交番に行け」
「覚えておこう」
それから数日、ジークは暫くウチで過ごしてから旅に出た。
「ばいと、メンキョ、コウバン……君から教わった言葉は覚えておく」
「微妙なのばっか教えちまって悪いな」
「構わない、君のバイクで感じた風……二度と忘れない」
「そりゃ結構」
「さらばだ、親友よ」
そう言ってジークは踵を返す。
「ああそうだ、刑務所には入んじゃねーぞ!」
ジークはそれに答えるかのように手を振り上げた。
朝日に向かって歩いて行くソイツの背中は、誰よりも大きく、力強く見えた。
「親友、ねえ……なんかとんでもねえ奴と知り合いになっちまったな」
あれから数ヶ月の時が流れ、俺たち学生は夏休みに突入しようとしていた。
「大谷、この後カラオケでもいかねえか?」
「……いや、俺はいいわ」
入学当初からやたらとカラオケに誘ってくるこの友人とは、特別親しいという訳ではなかった。
「そっか、でもなーんか最近つまんなそうなんだよな、大谷」
「いつもの事だろ」
「そっか……なんかあったなら言えよ。じゃな」
ここからは駐輪場だ、多分その友人とは登校日まで会う事はないだろう。
「……あったけど言えねえだろ、英雄とバイク乗ったなんてよ」
友人と別れ、バイクの預り所へ向かおうとしていた時だった。
凄まじいエンジン音を響かせながら、俺の前をバイクが通過した。
そのバイクはUターンしてきて俺の前で停車する。サイドカー付きの、俺のなんかより断然良い本物の二輪自動車だ。
乗っているのは……
「久しぶりだな、ヨシヤ」
フルフェイスのヘルメットを外すと、そこには奴の顔があった。
「ジーク! お前、旅に出たんじゃないのかよ」
「旅にはまず足が必要だろう? だから君の言った通り、バイトをして免許を取り、自分のバイクを買った。」
「どんだけ働いたらそんないいバイク買えるんだよ」
「この数ヶ月、私は四六時中寝ずにバイトに費やしたからな、金も貯まった」
さすがは不死身の英雄、とてもじゃないが真似できない。
「さあ、共に風を感じに行こう」
「共にって、今からかよ!」
ジークは問答無用で俺を引っ掴み、その怪力で以ってサイドカーへと押し込んだ。
「では出発だ」
「まず家にくらい帰らせろ!」
俺と、ちょっと変わった英雄を乗せてバイクは走り出す。
今年の夏休みは、かなり忙しくなりそうだ。
いずれはバイクの免許も取りたいです。