第1話の中の1
思い出すのは、小さい頃の夢。
全てに不満ばかりだった。優しそうな母親に連れられて帰ってゆく女の子を羨ましそうに見ていたのを、覚えている。
確か、その日に運悪くもわたしに道を尋ねてきた外国人観光客にすごい暴言を吐いたことを覚えている。
……今思うと、すごく申し訳ないな。
あれで、日本嫌いになったりしていないかな。
別に愛国人ちがうけど。
わたしは、今ものすごい勢いで階段をのぼっている。別にダイエットとかじゃないからね、ただ、急いでいるだけ。
ロングスカートの裾を持ち上げながら上る。それにしてもこんなにも疲れるなんて、わたしはまだ若いんだし、中学のときは、帰宅競争でいつもいちばんだったんだぞ。
なんて、ぐちりつつも屋上にたどりついた。途中、屋上につながるドア押し戸と間違えて頭ぶつけたりしたけど、大丈夫。間に合った。
わたしは、前に背を向けて立っている同じぐらいの年齢の男をみつめた。そして、息をととのえながら近づいていった。
「ねぇ。君」
……ちょっと、体をぴくっ、としただけで特に反応なし。ちょっとむかついたので、もう一声。
「あのさぁ、その反応はひどくない? わたし、人生で一番これでもかってぐらいスニーカー感謝しながら、ここまできったていうのに」
今度は反応があった。男がふりかえって、わたしのことをまじまじと見つめた。
「……俺に言ってるの?」
わたしは、ため息をついた。柵に手をかけながら。
「そう、あなたよ。たった今とびおり自殺を図っていた君よ!」
ぴゅぅぅぅっと、強い風が吹いた。ちょっとかっこよさげに言ってみたのだがどうだろう。柵のむこうがわにいる男の顔をのぞきこんだ。
「……俺を止めにきたの?わざわざごくろうさん」
……そうきたか。だけど、わたしはとびきりの笑顔で、
「あなたが死ぬのは、ちょっと困るけど、別に止めにきたのが本望じゃないのよ」
「えっ?」
この反応からすると、止めに来てほしかったのね。なんか、かわいい。
にやけていると、あっちから声がかかった。
「じゃあ、なんなんだよ」
ふぅ、やっときたわね。
「あなたに一目惚れしたの。付き合ってくれない?」
また、強い風が吹いた。祝福してくれているのね。風。
大丈夫。彼とわたしとの距離は、頼りない柵一枚だけだから。
「君って、頭おかしいの?」
浮かれていたら、とんでもない喝がとんできた。
しかし、ここは冷静に。
「自殺しようとしている人にはいわれたくないんだけど」
「いや、でもこんな俺に一目惚れっておかしいですよ」
んー。そうか、これはおかしいのか。だけど何で急に敬語?
「わたしは、別にあなたの容姿で決めた訳じゃないわよ。だいたいわたし、バレンタインで鼻血があきれるほどでるぐらいチョコもらってる感じの外見も中身も完璧な男は嫌いなの。だいたいそんな人って長生きしないけどね」
あくまでわたしの意見だけど。
「はぁ」
どうやらまだ、納得していないようだ。
「しょうがないわね。本当のことを言うわ。わたしがね、小学校のときの作文で、将来わたしは自殺しようとしていた人に一目惚れをして、結婚します。って書いたのよ」
「嘘だろ」
はい。そうです。
ポカンとしている彼をほっときながら、柵の外を見た。意外と高い。
「あのさぁ、こっちにきてくれない?わたし、実は軽い高所恐怖症なの」
これは本当だ。
「はぁ」
そういいながらも、柵を渡ってきてくれた。優しい人だ。
さて、とびきりスマイル。
「じゃあ、下にある喫茶店にでも入ってお話でもしましょうか?」
「えっ。ちょっと待って、俺……その、飛び降りようとしてたんだけど……」
はぁ、まったく困ったもんだ。
「何言っているの?あなたがこっちに来たから、もうオーケーもらったもんだとおもってた。」
「え?いや、そんなこと……」
「それに、」
わたしは、またかっこよく決めた。←つもり。何かはまっているな、わたし。
「こっちに来たってことは、死ねなかったてことでしょう?」