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王都の空が、ゆっくりと夜から朝へ変わろうとしていた。

仕立て屋の窓から、淡い光が差し込む。

店の奥では、最後の糸が静かに切られた。

ちょきん。

仕立て職人が息を吐く。

「……よし」

机の上に広げられた衣装。

まだ朝日が弱く、色は静かな青に見える。

だが。

窓の外から、最初の朝の光が差し込んだ瞬間。

布が、ふわりと輝いた。

深い紺色の布は、光を受けて紫を帯びる。

裾には細く流れる銀糸。

動けば、まるで夜空に光が流れるように見える。

軽く広がるスカート。

腕を上げても邪魔にならない袖。

踊ることを前提に作られた衣装。

そのとき。

扉の鈴が鳴る。

ルナとミアが店に入ってきた。

「おはようございます」

ミアが丁寧に頭を下げる。

職人はにやりと笑った。

「ちょうどいいところにきたね」

「完成したよ」

ルナの目が大きくなる。

「え、本当に?」

「見てみて」

職人は衣装を持ち上げる。

窓の光を受ける。

その瞬間。

布が淡く光った。

夜の色。

でも、朝の光で輝く。

ルナは息を呑む。

「……きれい」

ミアも少し目を細める。

「光の反射を計算していますね」

「広場の自然光でも映える設計です」

職人は肩をすくめる。

「歌うんだろ?」

「だったら、遠くからでも見えないとな」

ルナはそっと衣装に触れる。

軽い。

そして、柔らかい。

「着てみてよ」

職人が言う。

ルナは頷き、奥の試着室へ向かう。

布が揺れる音だけが聞こえる。

しばらくして――

カーテンが開く。

ルナが姿を現す。

紺の衣装。

腰のラインはすっきりしていて、裾は軽く広がる。

一歩歩くと、銀糸が光を流す。

ルナは少し回ってみる。

スカートがふわりと舞う。

踊りの動きにも綺麗に追従する。

ミアの目が静かに見開かれる。

「……完璧です」

ルナは少し照れる。

「そんなに?」

「はい」

ミアははっきり言う。

「広場の舞台でも、間違いなく目を引きます」

ルナは鏡を見る。

そこには、今までより少し“舞台の人”になった自分がいた。

歌い手。

そして、踊る歌姫。


そのとき。

天井の梁の上で、小さな金色の光がくすくす笑う。

「夜明けの衣装、って感じだね」

サンが満足そうに言う。

ルナはもう一度回る。

布が光を受け、夜の色から朝の色へ変わる。

まるで――

夜明けの空のようだった。


商業区広場。

夕暮れがゆっくりと街を染めていた。

昼の賑わいは少し落ち着き、代わりに人の流れが広場へ集まり始めている。

噂はもう広がっていた。

「酒場で歌ってた子らしいぞ」

「新しい歌い手だって」

「踊るって話も聞いた」

ざわざわとした期待の空気。

広場の中央には、簡易の木の舞台が組まれていた。

大きな舞台ではない。

けれど王都の中心。

人の目は多い。

舞台の裏。

ルナは深く息を吸う。

夜明けの衣装が、夕方の光を受けて静かに揺れる。

紺の布が、少し紫に見える。

ミアが横で周囲を確認している。

観客の流れ。

立ち位置。

音の反響。

すべてを目で測っていた。

「観客、増えてますね」

ミアが小さく言う。

ルナは舞台の隙間から広場を見る。

人。

人。

人。

思ったより多い。

胸が少し速くなる。

「……緊張してきた」

ミアは落ち着いた声で言う。

「正常です」

「緊張は集中力を高めます」

ルナは苦笑する。

「相変わらず冷静だね」

「私も緊張しています」

「え?」

ルナが振り向く。

ミアは真面目な顔のまま言う。

「ですが、ルナさんの隣にいる役目ですから」

その言葉で、少しだけ胸が軽くなる。

そのとき。

ふわり、と金色の光。

サンが空中で足を組んでいた。

「おー、すごい人」

「見える?」

ルナが小さく聞く。

「もちろん」

サンは笑う。

「王都デビューってやつだね」

広場の端で、主催の男が手を上げる。

「まもなく始まるぞー!」

ざわめきが少し静まる。

ミアがルナを見る。

「時間です」

ルナは一度目を閉じる。


前世の記憶。


ステージ。


歓声。


でも――


今は違う。

ここはこの世界。

そして隣にはミアがいる。

「行こう」

ミアは小さく頷く。

二人は舞台へ上がる。

足が板に触れる。

広場の視線が、一斉に向く。

ざわめきが止まる。

ルナは一歩前に出る。

夜明けの衣装が、夕方の光を受けて揺れる。

空気が静かに張りつめる。

ミアが後ろで、そっと空気を整える。

人の流れ。

視線。

ざわめき。

すべてを少しずつ静めていく。

ルナは観客を見渡す。

深く息を吸う。

そして――

微笑む。

「こんばんは」

広場に、柔らかい声が広がる。

「今日は、聴きに来てくれてありがとう」

観客の空気が変わる。


期待。


興味。


静かな集中。


ルナはミアに一瞬だけ目を向ける。

ミアは小さく頷く。

準備完了。

ルナは前を見る。

夜が、少しずつ降りてくる。

「最初の曲、いきます」

足を一歩踏み出す。

歌が、広場に流れ始めた。

王都の舞台。

最初の音が、静かに広場へ広がる。

楽器はない。

伴奏もない。

それでも、ルナの声はまっすぐ空気を震わせた。

柔らかく始まる旋律。

人々の会話が自然と止まっていく。

広場にいた商人も、通りすがりの人も、足を止めた。

ルナはゆっくりと歌いながら一歩進む。

夜明けの衣装が、灯りを受けて淡く光る。

銀糸が小さく流れる。

ミアは少し後ろに立ち、周囲を見ていた。

視線の流れ。

観客の密度。

ざわめき。

すべてを感じ取りながら、静かに空気を整えている。

そのおかげで、広場の空気は不思議なほど落ち着いていた。

ルナの声が、はっきり届く。

一番の終わり。

少し間を置く。

観客が息を飲むのが分かる。

そして二番。

ここから、少し強い歌。

ルナは一歩大きく踏み出す。

腕を広げる。

衣装が揺れる。

観客の目が動きに引き寄せられる。

「……あの子、動いたぞ」

小さな声が聞こえる。

ルナは歌いながら、ターンする。

スカートがふわりと広がる。

銀糸が光を流す。

観客の中から、驚きの声が上がる。

「踊ってる」

「歌いながら?」

ざわめきが広がる。

でもミアがそっと一歩動く。

視線を前へ集める。

ざわめきは、興奮に変わる。

間奏。

ルナは一歩下がる。

深く息を吸う。

ここからが、新しい部分。

前世で覚えた動き。

でも、今の自分の舞台。

足を踏み出す。

ステップ。

回転。

腕を大きく振り上げる。

衣装が夜の空のように広がる。

観客の目が釘付けになる。

ミアの目がわずかに細くなる。

「……成功です」

小さく呟く。

ルナは最後のターンをする。

そして。

一歩前へ。

ぴたり、と静止。

数秒の沈黙。

広場の空気が止まる。

次の瞬間――

「おおおお!!」

大きな歓声が広場を包んだ。

拍手。

口笛。

驚きの声。

「すごいぞ!」

「歌いながら踊った!」

「誰だあの子!」

ルナは少し驚いて目を瞬かせる。

思ったよりも、大きい反応。

後ろでミアが静かに言う。

「続けてください」

「流れが来ています」

ルナは小さく笑う。

「了解」

前を見る。

まだ観客の目が輝いている。

期待している。

ルナは一歩前へ出る。

夜の広場。

光の中。

「ありがとうございます」

声が少し弾む。

「次の曲、いきます」

観客がまた静まる。

歓声が少しずつ落ち着いていく。

けれど観客の目はまだ舞台に向いたまま。

誰も帰ろうとしない。

むしろ、人が少し増えていた。

広場の外から、噂を聞いた人が集まってきている。

「歌いながら踊る子がいるらしいぞ」

「さっきすごかったって」

ざわめきが波のように広がる。

ルナはその空気を感じながら、ゆっくり息を整える。

胸の高鳴りが、まだ残っている。

でも。

怖くない。

むしろ――楽しい。

ミアが後ろから静かに言う。

「観客、さらに増えています」

「今が一番良い流れです」

ルナは小さく頷く。

「じゃあ、次は少し静かな曲にする」

「緩急ですね」

「うん」

ルナは観客を見る。

期待。

興奮。

好奇心。

すべてが混ざった空気。

だからこそ。

一度、静けさを作る。

ルナはゆっくり言う。

「次の曲は、少しだけ静かな歌です」

ざわめきが落ち着く。

人々が耳を傾ける。

ルナは目を閉じる。

そして、歌い始める。

今度は優しい旋律。

風のように静かな声。

広場の空気が変わる。

さっきまでの興奮が、ゆっくり沈む。

人々が立ち止まる。

誰も話さない。

歌だけが流れる。

ミアはその空気を感じ取り、そっと立ち位置を変える。

観客の視線をルナへ集中させる。

通りの音さえ遠くなる。

広場は、ひとつの舞台になっていた。

ルナはゆっくり歩きながら歌う。

動きは小さい。

でも表情と手の動きで、物語を伝える。

前列の子どもが、じっと見上げている。

大人も静かに聴いている。

歌の最後。

ルナはそっと手を下ろす。

声が静かに消える。

夜の空気が戻る。

ほんの一瞬の沈黙。

そして――

ぱち。

前列の誰かが拍手する。

それが一気に広がる。

大きな拍手。

さっきより深い。

感動が混ざった拍手だった。

ルナは少しだけ目を丸くする。

こんな反応は、前世でもなかなかなかった。

ミアが小さく言う。

「……完全に掴みましたね」

ルナは息を吐いて笑う。

「ほんと?」

「はい」

ミアは広場を見渡す。

観客の密度。

視線の集中。

すべてが舞台に向いている。


そのとき。


群衆の後ろ。

数人の男が腕を組んで見ていた。

普通の観客とは少し違う視線。

評価するような目。

その一人が小さく言う。

「……あの子か」

「噂の歌い手」

別の男が頷く。

「王都で名前が出始めてる」

舞台の上では、まだ誰もそれに気づいていない。

ルナは観客を見て、微笑む。

「あと一曲、歌います」

歓声が広場に広がる。

「聞かせてくれ!」

観客の期待が、はっきりと伝わってくる。

ルナはその空気を胸いっぱいに吸い込む。

こんなにも多くの人が、自分の歌を待っている。

胸が熱くなる。

ミアが小さく近づき、静かに言う。

「最後は、さきほどの曲より強くいきましょう」

「締めの印象が残ります」

ルナは頷く。

「うん」

「じゃあ、最初に歌った曲」

ミアの目がわずかに細くなる。

「良い選択です」

ルナは観客に向き直る。

広場の灯りが、夜明けの衣装を淡く照らしている。

銀糸が小さく光る。

「最後の曲です」

ざわめきが落ち着く。

期待が空気を満たす。

ルナは一歩踏み出す。

歌い出し。

さっきよりも力強い声。

広場の奥まで届く。

観客がまた静かになる。

ルナは歌いながら歩く。

視線を観客に向ける。

一人一人と目を合わせるように。

そして二番。

体が自然に動き出す。

ステップ。

ターン。

観客の歓声が小さく上がる。

「来たぞ!」

「踊るぞ!」

ルナは笑いながら動く。

前よりも大きく。

前よりも自由に。

ミアが後ろで空気を整える。

歓声が歌を邪魔しないように。

視線が散らないように。

すべてを静かに導く。

間奏。

ルナは深く息を吸う。

ここが一番の見せ場。

足を踏み出す。

ステップ。

回転。

衣装が夜空のように広がる。

銀糸が光の軌跡を描く。

観客が息を呑む。

もう一回転。

最後のジャンプ。

そして――

一歩前へ。

ぴたり、と静止。

ルナの視線がまっすぐ観客を見る。

次の瞬間。

歌の最後のフレーズが響く。

力強く、真っ直ぐ。

そして声が消える。

広場は、一瞬だけ静寂に包まれた。

次の瞬間――

「うおおおおお!!」

これまでで一番大きな歓声。

拍手。

口笛。

足踏み。

広場全体が揺れるような熱気。

「すごいぞ!」

「もう一曲!」

「名前はなんだ!」

ルナは少し息を切らしながら笑う。

こんな反応は初めてだった。

ミアが小さく言う。

「……大成功です」

ルナは振り返る。

ミアはいつもの冷静な顔。

でもほんの少しだけ、誇らしそうだった。

ルナは観客に向かって深く頭を下げる。

「ありがとうございました!」

拍手がまた広がる。

広場の夜空に、声が響く。

そのとき。

人混みの後ろで、さっきの男たちが静かに話していた。

「確かに目立つな」

「王都で使えるかもしれない」

もう一人が言う。

「だが、目立ちすぎると面倒も増える」

舞台の上では、まだ誰もそれに気づかない。

ルナは顔を上げる。

広場の景色。

たくさんの拍手。

胸がいっぱいになる。

その少し上の空中で、金色の光がくるりと回った。

サンが楽しそうに笑う。

「王都デビュー、大成功だね」

そして小さく呟く。

「……でも物語は、ここからだよ」




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