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夜の王都は昼とはまるで違う顔を見せていた。

灯りは少なく、通りは静かだ。

ルナたちは倉庫街へ向かって歩いていた。

レオンが前を歩き、周囲を警戒している。

ミアはルナの少し後ろ。

サンは空中をゆっくり飛んでいた。

やがて大きな倉庫が並ぶ場所に着く。

レオンが地図を見た。

「ここだな」

古い倉庫。

木の扉は少し開いている。

中は暗い。

サンが言う。

「どう見ても怪しい」

カイルが低く笑う。

「そりゃそうだろ」

ミアが静かに言う。

「慎重に行きましょう」

レオンが扉を押した。

ギィ……

重たい音を立てて扉が開く。

倉庫の中は広かった。

木箱が積まれている。

そして——

中央に、小さな舞台が作られていた。

ルナは驚く。

「舞台…?」

サンが小さく言う。

「完全に遊ばれてるね」

そのとき。

パチン。

何かが鳴った。

倉庫の上のランプが一斉に灯る。

明るくなった。

そして上から声が響く。

「ようこそ」

全員が上を見る。

倉庫の二階の通路。

そこに一人の男が立っていた。

長いコート。

白い仮面。

笑っているピエロの顔。

クラウンだった。

彼は両手を広げる。

「観客が来てくれて嬉しいよ」

レオンが前に出る。

「クラウン」

クラウンは楽しそうに笑った。

「その名前で呼ばれるのも慣れてきた」

ルナが言う。

「なんでこんなことするの?」

クラウンは首をかしげる。

「こんなこと?」

「舞台を作ってるだけさ」

ミアが冷たい声で言う。

「人を危険にさらす舞台ですか」

クラウンは笑った。

「危険だから面白いんだよ」

そして下の舞台を指す。

「せっかくだ」

「歌ってみなよ」

ルナが眉をひそめる。

「ここで?」

クラウンは頷く。

「うん」

「これはリハーサル」

「明日の本番のためのね」

レオンが低く言う。

「罠だろ」

クラウンは肩をすくめた。

「もちろん」

サンが呆れた声を出す。

「正直すぎる」

クラウンは笑いながら言う。

「でもさ」

「舞台ってそういうものだろ?」

「何が起きるかわからない」

「それでも続ける」

彼はルナを指差した。

「君はできるのかな?」

倉庫の空気が張り詰める。

ルナは舞台を見た。

罠がある。

危ない。


でも——


ルナはゆっくり舞台に向かって歩いた。

ミアが驚く。

「ルナさん」

ルナは振り向かない。

「大丈夫」

舞台の上に立つ。

木の床。

静かな倉庫。

クラウンの笑い声。

ルナは深呼吸した。

そして言った。

「舞台なら」

「ちゃんとやるよ」

クラウンの仮面の奥で目が細くなる。

「いいね」

「それだよ」

ルナは目を閉じた。

そして——

歌い始めた。

その瞬間。

カチッ。

舞台のどこかで、機械が動いた。

ルナの歌声が倉庫の中に広がる。

静かで、まっすぐな声だった。

その瞬間。

カチッ。

舞台の端で小さな音が鳴る。

レオンが叫ぶ。

「来るぞ!」

次の瞬間、舞台の横の箱が勢いよく開いた。

バンッ!

中から煙が噴き出す。

白い煙が舞台を包む。

ミアがすぐに言う。

「煙だけです!」

ルナは歌い続ける。

少し驚いたが、止まらない。

クラウンが上から楽しそうに見ている。

「いいねぇ」

「続けて」

また音が鳴る。

カチッ。

今度は舞台の床板が少し跳ね上がった。

ガタン!

レオンが動く。

素早く舞台に飛び乗り、床板を押さえた。

「くそ…!」

ルナは一瞬バランスを崩しかける。

しかしミアがすぐに手を添えた。

「大丈夫です」

ルナは頷く。

歌は止まらない。

倉庫に声が響く。

クラウンは笑いながら手すりにもたれていた。

「普通はここで止まるんだけどな」

サンが空中で怒る。

「うるさい!」

また仕掛けが動く。

カチッ。

今度は天井。

ロープが切れて、袋が落ちてくる。

レオンが剣を抜いた。

「危ない!」

シュッ!

袋を空中で斬る。

中から紙吹雪がばらまかれる。

キラキラと舞う。

ルナの周りに落ちていく。

まるで本物の舞台の演出みたいだった。

クラウンが手を叩く。

「最高だ」

「最高の舞台だよ」

しかしそのとき。

ルナの声が少し変わった。

前よりも強くなる。

倉庫の空気が、少し震えた。

サンが目を丸くする。

「え…」

ミアも気づく。

「これは…」

ルナの歌声が広がる。

ただの声じゃない。

空気を揺らす力。

倉庫のランプが小さく揺れる。

クラウンの笑いが止まった。

「……へえ」

仮面の奥の目が細くなる。

「そういうことか」

ルナは歌い続ける。

感情が乗る。

怖い。

でも負けたくない。

その思いが声に乗る。

その瞬間——

バキッ。

舞台の残っていた仕掛けの金具が勝手に外れた。

レオンが驚く。

「壊れた?」

ミアが小さく言う。

「違います」

「声の振動です」

サンが興奮する。

「ルナの歌が装置に響いてる!」

クラウンはしばらく黙っていた。

そして——

ゆっくり笑った。

「なるほど」

「それが君の“舞台”か」

ルナの歌が終わる。

倉庫の中が静かになる。

クラウンは手を叩いた。

パチ…パチ…

「いいもの見せてもらったよ」

レオンが睨む。

「もう終わりか?」

クラウンは首を振る。

「今日はね」

そしてルナを見る。

「明日の本番」

「もっと派手にやろう」

「君の歌がどこまで壊せるか」

「楽しみだ」

次の瞬間。

バンッ!

また煙が広がる。

レオンが叫ぶ。

「くそ、また煙幕!」

煙が消えたとき——

クラウンの姿はもうなかった。

倉庫にはルナたちだけが残る。

サンが小さく言う。

「完全に目つけられたね…」

ミアはルナを見る。

「ルナさん」

ルナは少し息を切らしていた。

でも目は強かった。

「うん」

「明日、絶対成功させる」


次の日の夜。

酒場の中はいつもよりずっと賑やかだった。

テーブルは全部埋まり、立っている客もいる。

笑い声と話し声が重なっていた。

カウンターの奥でカイルが大声を出す。

「おーい、酒は順番だ!慌てるな!」

レオンは入口の近くに立っていた。

腕を組み、店の中を見渡している。

ミアは舞台の横にいた。

静かに周囲を確認している。

サンは天井の近くをふわふわ飛んでいた。

「怪しいのは…今のところいないかな」

そして舞台の裏。

ルナが一人、深呼吸していた。

胸が少しドキドキしている。

ミアが声をかける。

「大丈夫ですか?」

ルナは頷いた。

「うん」

「ちょっと緊張してるだけ」

ミアは優しく言う。

「それは普通です」

「でもルナさんなら大丈夫」

ルナは少し笑った。

「ありがとう」

そのとき。

サンが急に降りてくる。

「来た」

ミアの表情が変わる。

「どこですか」

サンは入口の方を見る。

「帽子の男」

レオンも気づいていた。

入口の近く。

黒い帽子の男が静かに座っている。

顔はよく見えない。

しかし——

テーブルの上に、一枚のカードが置かれていた。

白いカード。

ピエロの顔。

レオンが小さく言う。

「……クラウン」

そのとき。

カイルが大声で言った。

「さあ皆!」

「今夜の歌を聞かせてくれるのは——」

「ルナだ!」

客たちが拍手する。

ルナは舞台へ歩いていく。

ライトが当たる。

たくさんの視線。

少しだけ怖い。

でも——

ルナは思い出す。

昨日の倉庫。

クラウンの笑い。

そして自分の歌。

ルナはマイクの前に立った。

「こんばんは」

客席から歓声が上がる。

その瞬間。

カチッ。

レオンの目が鋭くなる。

「音がした」

ミアがすぐ周囲を見る。

舞台の上のランプが揺れた。

ガタン。

天井の照明の一つが外れかける。

客席がざわめく。

サンが叫ぶ。

「上!」

レオンが走る。

ジャンプして照明を押さえる。

「落ちるかよ!」

ミアは舞台の装置を確認する。

「別の仕掛けもあります!」

しかし——

ルナは歌い始めた。

客席のざわめきの中で、声が広がる。

最初は小さい。

でもだんだん大きくなる。

そのとき。

客席の帽子の男がゆっくり立った。

拍手する。

パチ…パチ…

「いいね」

その声は——

クラウンだった。

仮面を外さないまま、客席の中に立っている。

「これだよ」

「最高の舞台」

その瞬間。

ドン!!

酒場の奥で小さな爆発音。

煙が上がる。

客が悲鳴を上げる。

ミアが叫ぶ。

「客を外へ!」

カイルが怒鳴る。

「落ち着け!順番に出ろ!」

レオンはクラウンを睨む。

「お前…!」

しかしクラウンは笑っている。

そしてルナを見る。

「続けなよ」

「舞台はまだ終わってない」

煙が広がる。

混乱する客席。

それでも——

ルナの歌は止まらなかった。

そしてその声が、酒場の空気を震わせた。

煙が酒場の中に広がる。

客たちはざわめきながら出口へ向かう。

カイルが大声で叫ぶ。

「押すな!順番に出ろ!」

ミアは客の流れを誘導している。

「こちらへ!」

レオンはクラウンを睨んでいた。

「動くな」

しかしクラウンは楽しそうに笑う。

「なんで?」

その瞬間。

カチッ。

また音がした。

レオンの目が鋭くなる。

「まだあるのか!」

天井の梁が揺れる。

ミシ…ミシ…

古い木材が軋む音。

サンが叫ぶ。

「上の構造が緩められてる!」

ミアが振り向く。

「このままだと——」

そのとき。

ドン!!

天井の板が一枚落ちた。

客席に落ちる。

悲鳴が上がる。

レオンが歯を食いしばる。

「くそ!」

クラウンは両手を広げた。

「どう?」

「最高の演出だろ?」

しかし舞台の上では——

ルナが歌い続けていた。

煙の中。

揺れる酒場。

それでも声は止まらない。

強くなる。

まっすぐ伸びる声。

そのとき。

空気が震えた。

グラスがカタカタ鳴る。

ランプが揺れる。

サンが目を見開く。

「来た…!」

ルナの歌がさらに強くなる。

恐怖も。

悔しさも。

全部乗せて歌う。

その声が酒場全体に広がる。

そして——

ミシ…

ミシ…

天井の揺れが止まった。

レオンが驚く。

「……止まった?」

ミアがすぐに理解する。

「振動が逆に働いています」

「構造を安定させている」

サンが叫ぶ。

「ルナの歌が建物を支えてる!」

クラウンの笑いが止まる。

仮面の奥の目が細くなる。

「……面白い」

ルナは歌い続ける。

声が酒場を満たす。

震えていた梁が静かになる。

崩れかけていた天井が、ゆっくり止まる。

そして——

歌が終わる。

静寂。

煙も薄れていく。

客たちは呆然としていた。

レオンが小さく言う。

「助かった…」

ミアも息を吐く。

「ええ」

クラウンはしばらく黙っていた。

そしてゆっくり拍手した。

パチ…パチ…

「参ったな」

「完全に予想外だ」

レオンが剣を向ける。

「もう終わりだ」

クラウンは肩をすくめた。

「今日はね」

そしてルナを見る。

「君の舞台」

「本当に壊せなかった」

「これは僕の負けだ」

そう言うと、小さな球を床に落とした。

パンッ!

煙が広がる。

レオンが走る。

しかし——

煙が消えたとき、クラウンはいなかった。

店の中に静けさが戻る。

そして客席から声が上がった。

「すごい…」

「今の歌…」

誰かが拍手する。

パチ。

パチパチ。

やがて酒場中に拍手が広がる。

大きな拍手。

歓声。

カイルが笑う。

「やったじゃねえか!」

ミアも微笑む。

「見事でした」

レオンが肩をすくめる。

「とんでもない歌手だな」

サンはくるくる回る。

「伝説の初舞台だよ!」

ルナは少しだけ涙ぐんでいた。

でも笑っていた。

舞台の上で、深くお辞儀する。

こうして——

ルナの最初の公演は、大成功で終わった。


酒場の拍手はしばらく続いた。

ルナは舞台の上で何度も頭を下げる。

客たちは笑顔で声をかけていた。

「すごかったよ!」

「また歌ってくれ!」

カイルはカウンターの奥で大笑いしている。

「ははは!店が壊れなくてよかった!」

レオンが呆れた顔をする。

「そこかよ」

ミアは静かにルナの横に立った。

「本当に見事でした」

ルナは少し照れる。

「みんなが助けてくれたからだよ」

サンは空中でぐるぐる回る。

「いやー最高だった!」

「クラウンの顔、見た?」

「完全に予想外って顔だったよ」

レオンが腕を組む。

「だろうな」

「まさか歌で建物止めるとは思わない」

そのとき。

カウンターの方から声がした。

「すみません」

店の入口に、一人の男が立っていた。

背の高い男。

黒いコート。

少し落ち着いた雰囲気。

レオンがすぐに気づく。

「……警備隊?」

男は軽く頷いた。

「はい」

そしてルナを見る。

「あなたがルナさんですね」

ルナは少し驚く。

「はい」

男はゆっくり近づいた。

店の中を見回す。

壊れたテーブル。

煙の跡。

そして舞台。

男は小さくため息をついた。

「やはり来ていましたか」

ミアが聞く。

「クラウンのことですか」

男は頷く。

「ええ」

「こちらでも追っている人物です」

レオンが言う。

「逃げられた」

「いつもの煙幕だ」

男は静かに言った。

「ですが、今日はそれだけではありません」

ルナが首を傾げる。

「え?」

男はコートのポケットから一枚の封筒を出した。

厚い封筒。

金色の封印がされている。

そして言った。

「あなたに届けるよう言われています」

ルナは封筒を受け取る。

重たい。

ミアとサンが覗き込む。

ルナはゆっくり封を開けた。

中から出てきたのは——

一枚の招待状だった。

紙には美しい文字。

『王都中央劇場』

『特別公演への出演依頼』

ルナは目を丸くする。

「え…?」

サンが叫ぶ。

「うそ!?」

レオンも驚く。

「中央劇場だと?」

カイルが口笛を吹く。

「すげえな」

ミアが静かに説明する。

「王都で一番大きな劇場です」

ルナは信じられない顔をしていた。

「私が…?」

そのとき。

招待状の裏に、小さな文字があるのに気づく。

ルナは読む。

そこには短く書かれていた。

『次の舞台で会おう』

『もっと大きく壊してあげる』

最後にサイン。

クラウン。

サンが顔をしかめる。

「うわ…」

レオンが低く言う。

「完全に挑戦状だな」

ミアはルナを見る。

「どうしますか?」

ルナは少し黙った。

王都中央劇場。

大きな舞台。

そしてクラウン。


でも——


ルナはゆっくり笑った。

「行く」

サンが嬉しそうに跳ねる。

「決まり!」

カイルが笑う。

「よし、次は大舞台だ」

レオンは肩をすくめた。

「また面倒なことになりそうだな」

ミアは小さく頷く。

「ええ」

「ですが——」

「きっと素晴らしい舞台になります」


こうして——

ルナの新しい物語が始まる。

次の舞台は、王都最大の劇場。

そしてそこには、またクラウンが待っている。


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