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 5風呂目 天才少女ナディア・ナイト1


 雪村ゆきむら依鈴いすずは女子高生である。歳は16。実家はここよりもっと山奥にある温泉旅館で、通学のために『雪の湯』の離れに下宿している。

 好きなものは風呂とスケート。学力は極めて平均的だが、あえて得意な教科を挙げるとすれば物理学だ。スケートのことを思い浮かべれば、だいたい解けるからである。

 依鈴は毎日、バスに揺られて麓の高校まで通う。


 『雪の湯』を下宿先に選んだ理由は、依鈴が所属するスケートクラブの、碓氷うすいゆり、という先生が申し出てくれたからだった。

 依鈴を含めてたった二人しか所属のいないそのスケートクラブは、『雪の湯』の向かいに位置する『スケートリンクだいや』をホームリンクにしている。

『雪の湯』は、元々ゆり先生の実家が経営しており、今は弟の菫さんが後を継いだと聞いた。ゆり先生は、今は『スケートリンクだいや』のスタッフをするかたわら、依鈴に指導をつけてくれている。

 

 高校に進学してから、毎朝四時に起きてリンクで二時間滑るのが依鈴の日課になった。人がいなかったり、予約のない時間帯であったりしたら、何時でも貸してくれた。

 当然リンクの使用料を払わねばならないのだが、菫さんは(さらには姉のゆり先生も)、下宿料以外の代金を頑として受け取ってくれない。

 だから依鈴は、こうして『雪の湯』を手伝うことにしている。休みの日には、リンクで滑って帰ったあと洗い場の床を流し、学校から早く帰った日には営業前の準備を手伝い番台に座る。営業後の脱衣所の掃除は毎日できる。

 菫さんは、「やらなくてもいいんだよ」と言ってくれたが、「やるな」とは言わずにいてくれた。


 その日も、依鈴はいつもの通り、営業を終えた『雪の湯』の女湯の脱衣所を掃除し終えたところだった。

 今日はリンクで滑ってからそのままの格好で手伝っていたので、上下黒地に白のストライプのジャージであった。

 番台のほうまで戻ってみるが、菫の姿はなかった。まだ男湯の脱衣場の掃除をしているのかもしれない。

 すっかり冷えてしまったし、お客さんももう来ない。最後にお風呂をいただこう、と依鈴は立ち上がった。

 ふと神棚を見ると、いつもはお供え物があるはずのそこに、今日は何も無い。

 菫さんが供え忘れたのかな、と依鈴は思った。だが、彼はそんなにおっちょこちょいだっただろうか。


「まあ、そんな日もあるか」


 依鈴はごそごそとポケットを探った。だが小さな飴ちゃん一つしか出てこない。

 いつも和菓子屋しろうさぎのおいしいおまんじゅうなのに、今日のお供え物がこれでは、さすがの神様でも少ししょんぼりだろう。

 依鈴はしばらく悩んで、それからはっと思いついて、通学鞄を開けた。

 帰りのバスを待っている間に買った、学校前で売っていた焼き芋の包みがある。もうかなり時間が経ってしまって少し冷めているが……。

 依鈴はそれを、番台の後ろの座敷にある電子レンジでちょこっと温めた。

 一分後、焼き芋は買ったばかりのあたたかさを取り戻し、ほかほかと湯気を立てている。


「これでよし」


 依鈴はその焼き芋と飴ちゃんを神棚に並べ、ついでにポットに残っていた湯で熱めのお茶を入れ、それも並べる。

 菫がいつもしているように、ぱんぱんと柏手を二回打ち、手を合わせ、「いつもありがとーございまっす」と伝える。


 おもむろに目を開けた、そのときのことである。

 銭湯の引き戸がひとりでに開いた。

 そこには、外国人の女の子が一人、立っていた。


「どなたですか」


 小さな、礼儀正しい声音で少女は言った。


「お風呂屋さん……ですけど」


 依鈴ははてと首を傾げた。






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