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  【2】 シャーロット・フォン・オルシェル2

 こんこん


 部屋の扉がノックされた。

 シャーロットははっと顔を上げた。コートニーさんが来たのだ。

 服の袖で拭おうとして、やめる。これからお披露目するドレスだ。雑には扱えない。


 こんこん


 迷っているうちに、もう一度扉がノックされる。


「は、はい!」


 シャーロットは反射的に返事をしてしまった。

 しまった、と思ったときにはもう遅い。

 部屋の扉が開いた。コートニーさんが立っている。彼の両の瞳は、明らかに泣いていた様子のシャーロットを見て、驚きに見開かれている。

 しかしすぐさま、彼は胸ポケットからハンカチを取り出した。


「シャーロット嬢、これを」


 パリッと糊のきいた、まっしろなハンカチだった。おそらく新品。


「例の、魔術を織りこんだ生地でできているんです。このハンカチに織り込んだのは『涙をぬぐう魔法』。目に当ててみてください」


 ありがとうございますと礼を言って、そっと目元に当ててみる。

 ハンカチはほんのりと、少し苦味の混じった柑橘の香りがした。初めてかぐはずの香りに、シャーロットの心は落ち着きを取り戻す。


「よい香り……」

「ユーズという柑橘の香りです。今度、冬の間限定で売り出す予定の香水を、ほんの少したらしてあるんです」


 少しひんやりとした感触がして、目元の熱がすぅと引いていく。鏡を見ると、シャーロットの目元に泣いた痕跡は少しも残っていなかった。


「持ってきてよかった。これで、どれだけ泣いても平気です。きっとあなたは、他の人に……家族にさえも、ご自身のための涙を見せたいとは思わないでしょうから」

「お見苦しいところをお見せいたしました」

「とんでもない。あなたの涙を僕だけが知ってるなんて、むしろ光栄です」

「まあお上手」

「今後ともごひいきに」


 にこりと笑ってコートニーさんは言う。こういうところが、彼は生粋の商人だとシャーロットは思う。


「さあ、そのドレッサーにおかけください。やはり僕の見立てに間違いはなかった。ドレス、とてもよくお似合いですよ」


 ドレスはしっとりと手に馴染む、なめらかなものだ。色は夕暮れの空のように深い。裾から胸元に向かうにつれ、だんだんと淡い色になっていき、胸元に飾る宝石がよく引き立つようになっている。生地は揺れるたびにきらきらと、さりげなくきらめく。魔術を織り込むとこうなるのだとコートニーさんは言った。


「本当はここにアクセサリーを置くのですが……あなたには必要なさそうだ」


 ここ、という際に自身の胸元を指さして、コートニーさんはにこりと笑って言った。


「あまり華美すぎないほうが良いからですか」

「あなた自身が宝石のようなものだという意味です」


 世辞を言おうと気負う様子もなく、さらりとそう言って、コートニーさんの指がシャーロットの髪に触れる。彼の細く長い指は、驚くべき速さと器用さでシャーロットの髪を操った。

 編み込まれ、高すぎない位置でまとめ上げられる。ほんの少しの後れ毛は下品にならない程度に。魔法のような手つきだった。


「シャーロット嬢、その髪飾りをこちらに」


 シャーロットが抱きしめていた、家族からの贈り物が示される。シャーロットが手渡す。それはコートニーさんの手によって、もっとも素敵に見えるだろうと誰もが頷く場所に付けられた。


「うん、いい。シャーロット嬢のことを考えて選び抜かれた品なのだと、よくわかる」


 シャーロットはぎゅっと口を引き結んだ。そうしないと、また泣きだしてしまいそうだった。


「シャーロット嬢」


 ふいに、コートニーさんがシャーロットの名を口にした。いつもの余裕のある声音とは少し違う、どこか緊張を含んだ声だった。

 けれど次に聞こえてきた声には、その緊張の色はない。


「これを、あなたに」


 そう言って、彼の指が耳たぶに触れる。見ると、きらりと輝く魔石、『真冬の綺羅星メルディエステラ』の耳飾りがシャーロットの耳を彩っている。


「これは僕からの贈り物です。渡すかどうか、ぎりぎりまで悩んだのですが……。どうか今日だけでも、つけてくださいませんか」


 コートニーさんの声色は真剣だった。どこか、こいねがうようでもあった。


「耳飾りを贈る意味を知っていますか」


 その問いにシャーロットは頷いた。その意味を教えてくれたのは、博識な一番目の姉、フランツィスカである。


「「『あなたを守りたい』」」


 二人分の声が揃った。微笑んで、コートニーさんは続ける。


「僕の気持ちも同じです。あなたを助ける力は、僕にはまだない。だからどうか手を伸ばして。あなたを助けたいと、守りたいと、そう思っている人たちの手を取って。僕はあなたに幸せになってほしいと思っている。これが僕の望みだ」


 コートニーさんの声は真摯で、その言葉はどこまでも誠実だった。


「だから僕は、僕のすべきことを。あなたに、差し伸べられた手を取る勇気を。助けを求めんとするあなたに、お守りを」


「……」

「行きましょう。下で侯爵閣下たちがお待ちですよ」


 コートニーさんが、下までエスコートしましょう、と言って手を差し出した。

 その手に、シャーロットはそっと自分の手を重ねる。


「第一関門、クリアですね」


 そう言ってコートニーさんは、シャーロットを広間まで導いた。

 家族が待っている。みな不安そうな面持ちだった。

 そこで気づく。みんな、シャーロットの様子がおかしいことなどすっかりお見通しだったのだ。

 振り返ると、コートニーさんが頷く。そして、シャーロットの背をそっと押した。


「大丈夫。あなたはこれまでよくがんばりましたよ」


 シャーロットの背を押す瞬間、コートニーさんはそう囁いた。その言葉に頷いてシャーロットは前を向く。


「お父さま、お母さま、お姉さまたち。お話がございます。私の……ディーター様との婚約について」


 いつも表情を微動だにさせない父が、ふいにくしゃりと顔を歪めた。


「ようやくか。ずっと、ずっと待っていたんだぞ」


 そう言ってシャーロットを抱きしめる。

 孤児院から連れ出してくれた時と同じ、父の手である。


「まったく……あなたという子はっ……!」


 母も。


「私たちがいつだって守ると言ったでしょう……! ちょっとは姉を信用なさい!」

「そうよ、こういうときはお互いさまだって、レティが言ったんじゃない!」


「あんな男との婚約、こっちから願い下げよ!」

「そーよそーよ!」


 二人の姉たちも。

 その抱擁は少しだけ痛くて、あまりにも温かい。


「長いこと……ご心配をおかけしました……」


 そのあたたかさの中で、シャーロットは泣いた。子供のようにわんわん泣いた。

 化粧は崩れるが仕方ない。

 そのときはまた、彼にハンカチを借りよう。



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