4風呂目 魔具商人ルディ・コートニー2
「これすっげぇ……どこで卸してるんだ」
ミルクの香りがするせっけんで体を洗っている間、『しゃんぷー』なる液状のせっけんのパッケージをまじまじと見ながらルディは呟いた。いずれもルミランタに流通している固形石鹸とは泡立ちが違った。『しゃんぷー』で洗って『りんす』をつけた後の髪はごわごわしていないし、ほんのりと柑橘とはちみつの香りがするのもまた良い。
間違いなく最上級の代物だ。神の湯殿の名に偽りなしである。
「それ、最近新しくしてみたんすよ。いい香りでしょう」
ここまで案内してくれた青年が、柄の長いブラシに寄りかかりながら言った。
見すぎただろうかと前のめりになっていた体を起こし、ルディは頭をかいた。
「はい、とても。こんな品が広がれば、きっと喜ばれるだろうと思いまして。これはもう商人の性ですね。失礼しました」
「商いをする人でしたか。どうりで目の付け所がいい。ゆっくりなさってくださいね」
「ありがとうございます」
青年はルディの言葉に頷いて、扉の向こうに消えた。
ルディは体の泡を流し、湯のある外へとつながる扉を開けた。外はすでに暗く、ちらちらと雪が降っていた。
もうもうと湯気を立てるオンセンに、そろりと足を伸ばす。
思っていたよりも熱くない、ちょうどよい温度だ。ルディは肩までゆっくりと身を沈めた。
「うぁ゛~~~~」
思わず何とも言えない声が出た。ここしばらくの書類仕事の疲れが一気に抜けていく。19歳とは思えない、と弟に呆れられるほど凝り固まっていた肩は動かすほどに柔らかくなり、疲れ目もなくなっていた。
思っていたより疲れていたのだなぁ、とルディは改めて気づく。舞踏会に向けての各所への根回しや情報整理でここ最近目が回るほどに忙しかった。
ルディは今回のチャンスを何としてもものにしなければならなかった。
「少し失礼しますよー」
そんなことを考えていたルディの前に、先ほどの青年がまたもや姿を現した。
両手いっぱいに見たことのない果物を抱えている。
「今日は冬至なんで、ゆず湯にするんです。今日はラッキーですよ。年に一度しかやらないんで」
青年はそう言って持っていた果物を湯に浮かべた。ふわりと柑橘の香りがする。ほんの少し苦みのある、爽やかな香りだった。
「今日限定……たしかにこれは、特別感があっていいですね。深みのある良い香りだ」
「でしょう。うちの庭で採れたんです。お兄さんお疲れみたいだし、ちょうどよかった」
「やはり疲れているように見えますか」
「ええ」
青年は少し笑いながら自身の目の下をちょんちょんと指さした。つられてルディが自分の目元に触れると、青年はうんうんと頷いた。
「クマ、深いっす。ちゃんと寝てくださいね」
「わかってはいるんですけど……ここしばらく悩み事が絶えなくて」
「ならなおさら、ちゃんと休んで寝なくちゃダメです。大きい決断をするときに判断力が鈍っちゃいけない。普段なら間違えないことを、間違えてしまうから」
青年の言葉には妙に説得力があった。まるで経験したことがあるかのような、重みのある声だった。
オンセンからあがったルディは、お金を払おうと財布を開けたが、青年にやんわりと止められた。いわく、他から支払われるらしい。
「俺も昔、商売かじってたんですよ」
帰り際、勘定場に座った青年が言った。
「帰ったら早めに寝るんすよ。なんか心配なんす、あなた。ちょっと俺に似てるから」
青年はもう一度そう念押し、じっとルディを見た。
ルミランタではあまり見かけない黒い瞳に、吸い込まれそうな心地を覚える。
「商売は白黒じゃない。人も。にじんで混ざれば、また別の色になる。その数だけ手立てがある。自分は何を望んでいたのか、そのために何をするべきなのか、どうか見失わないで」
そして、青年は少し眉を下げて笑った。笑い方が少しシャーロット嬢に似ているなと、ルディは思った。




