表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/24

 9風呂目 沙漠の国の姫1



『雪の湯』は風呂屋である。

 この町をずっと見守ってきた、古く寂れた銭湯である。


 その番台に腰かけて、雪村依鈴は考えていた。

 貰った友チョコに付いていた、小さな手紙の内容について。


***


 手紙の内容はこうである。


『突然ごめんなさい。今まで言えずにいましたが、あなたのことが好きです。

 僕とお付き合いしてくれませんか。

 了承いただけるのであれば、明日の放課後、体育館まで来てほしいです。待っています。そうでなければ、この手紙は捨ててください。』


 文章はそれだけだった。

 簡素な便箋に、不器用ながらも丁寧な文字で、四行。

 チョコレートをくれたのは、同じクラスの科学部の男の子だ。

 男女合同の体育の時間に、一、二度喋ったかどうかの関係であった。


 彼はマメな人のようで、バレンタインの日には、クラスみんなに有名なチョコ菓子を配っていた。

 そうして、依鈴に配るとき、チョコ菓子と一緒に、この小さな手紙を依鈴の手のひらにのせて去って行ったのだ。


 彼は成績がよく、人当たりもよい。

 スケートのために部活にも所属していない依鈴と違って、いろんな学年の人たちとも仲がよくて、生徒会にも所属している。

 真面目できちんとした人なのだ。


 依鈴は迷っていた。

 正直に言うなら、「どのように断るべきか」、真剣に悩んでいた。


 依鈴は今なによりも、スケートが大切だった。

 その次に、この風呂屋ばしょが大切だった。


 交際するのだとしたら、どうしてもその人との時間を作る必要があるだろう。そうでなければ不誠実だと依鈴は思う。


 けれどそれが、依鈴には面倒に思えてしまう。

 誰かの隣で、誰かだけの自分が笑っているところをうまく想像できないのだ。

 いや、想像できないのは嘘だ。面倒だというのも、きっと建前だ。


 ただ、その『誰か』は依鈴の中でもう決まってしまっていて、それが叶わないことも依鈴は知っている。


 他の誰かでは、きっとすべてが嘘くさくなってしまうから。

 だから、断るのだ。


「ひとまず開店の準備をしよう……」


 依鈴は「おし」と呟いて、立ち上がった。

 と言っても、やることはお供えをして手を合わせることくらいだが。


 菫は、菫の祖母と、姉ゆりと一緒に、菫の祖父のお墓参りに行っている。

 本来なら昼の営業は閉める予定だったのだが、依鈴が番台に座ると自ら申し出たのだった。


 番台の裏の小さな座敷の机の上に、和菓子屋しろうさぎのおまんじゅうが置かれている。

 今日のおまんじゅうは、期間限定のチョコまんじゅうだ。あんこにチョコレートを混ぜ込んでいるらしい。チョコとあんこがそれぞれくどくなく、依鈴は気に入っていた。


「今日はコーヒー淹れよう。うん。このおまんじゅうには間違いなくコーヒーが合う……!」


 昨日はほうじ茶と合わせて食べて、それもまた大変おいしかった。

 それだけは伝えておく。


 依鈴は自分の部屋からコーヒーのバラエティパックを二袋持ってきて、お湯を沸かして、コーヒーを二杯、ゆっくりと淹れた。


 フィルターをコーヒーが落ちていく。

 依鈴はコーヒーが落ちていくのを眺めているのが好きだ。

 それを眺めるためだけに存在している、時間が好きだ。


 入れたコーヒーと、チョコまんじゅうを神棚に並べる。

 コーヒーの香りに満ちたその空間で、依鈴は二つ柏手を打つ。


「いつもありがとーございまっす」


 閉じていた目を開く。


 やはり、と言うべきか。

 後ろでからりと引き戸が開いた。


「ここは……どこでございますか」


 大人びた、けれど年若い、静かな声が問いかけた。


「お風呂屋さんです」


 依鈴は答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ