【9】 中堅冒険者パーティのダンジョン攻略3
「それにしてもクルトスゲーな、見ろよ、あのちっちゃい核に当てたんだろ? あの距離から。おいおい、人間してくれ」
ヨーゼフが「信じられない」と言わんばかりに両腕を抱えてさする。
わかりづらいがこれはヨーゼフなりの褒め言葉だということを皆知っている。
ヨーゼフもヨーゼフで、あれだけ魔法をぶっぱなって味方には一回も当てたことがない。
さすがのコントロールである。
「うーん。……にしても、真っ暗だね」
辺りを見渡して、ノエルは言った。
先ほどの戦闘で、この辺りの魔素をアイスゴーレムがすべて吸収してしまったようで、光源がない。
さっきまでは辛うじて残っていた魔素も、ゴーレムが消滅するにしたがって消費されたらしく、今は真っ暗だった。
きらきらと光っていた氷の洞窟は、今はただ明りの無い、真っ暗な洞穴であった。
しかも寒い。
「まずいな、何か明かりがないと進むに進めない」
「ひとまず、私の光魔法で行こう。適性があまりないから、ほとんどロウソクレベルだけど、ないよりマシだろ」
ヨーゼフがそう言って空中で指を動かす。光魔法の魔法陣をなぞっているのだ。
ややあって、ヨーゼフが魔法陣を描いたあたりに息を吹きかけると、小さいながらもふわりと周辺が照らされた。
ロウソクは過小評価過ぎる。ランプレベルには光っている。
「光魔法の魔法陣とか持って来ていればよかったか。滅多に使わないからなぁ。魔法陣の描き方も光魔法はこれしか覚えていない……」
「気にするなヨーゼフ。すごく助かるよ」
落ち込むヨーゼフの肩を叩くと、ヨーゼフは照れくさそうに眼鏡を持ち上げる。
ノエルとヨーゼフの間に、クルトがひょいと顔を出した。
これは興味津々の顔である。
「光魔法って詠唱魔法じゃないのな」
「詠唱魔法は戦闘用の攻撃魔法と防御魔法、それと飛行魔法くらいだ。古代の魔法使いが咄嗟に出せるように研究しつくしたと言われていて、魔力持ちは訓練すれば一言唱えるだけで出せるようになる。手練れになると無詠唱でも出せる魔法使いもいる」
「ほぉ~~、じゃ、さっき書いてたのは? ほら、空中に」
「あれは魔法陣だ。詠唱魔法以外の魔法はほとんど魔法陣を通す。よく使われるような簡単な魔法は魔法陣も簡素だぞ。『小さな火を熾す魔法』とかなんて、ほら……」
そう言って、ヨーゼフは空中に一つ円をかき、その中に正三角形をかいた。
そしてそこにふっと息を吹きかける。
その場所に小さな炎が揺らめいていた。
「「「おお~~~!」」」
「『おお~~~』じゃない。おまえたちも初級学校で習ったろ」
「習ったけどさぁ……!」
一同が拍手する。
ヨーゼフがそっぽを向いて「持ち上げても何も出ないぞ」とか言っている。
「これは魔力持ちなら誰でも扱える初歩の魔法だ」
「え、俺たちは魔力持ってないけど、現代魔法陣からなら出せるだろ? そしたら俺らもその魔法陣空中に描けば出せるの?」
炎に興奮したのか、鼻息荒くアドルフが尋ねている。
たしかにそれは気になる。
しかしヨーゼフは首を振った。
「いや、出せない。現代魔法陣は今描いた魔法陣の上に『ルービリアンの魔法陣』を重ねなければならない。現代魔法陣が魔力持ちじゃない人間にも扱えるのは、『ルービリアンの魔法陣』が古代魔法陣に重ねられているからだ。『ルービリアンの魔法陣』は複雑で、しかも精密なものだ。1ミーロでもずれたら機能しないから、魔法使いや魔力持ちがやるようなさっきのやり方では魔法を扱えない。きちんと紙に描いたり、魔法石に彫られていなければ使えない」
「ちぇ~~」
「『ちぇ~~』じゃない。これも初級学校でやったろう」
「やったけどさぁ~~~~!」
とはいえ、魔力持ちでない人間にとって、魔力持ちが扱う魔法は憧れだ。
何の道具もなくとも、さっと出てくる離れ業だ。憧れないわけがないのだ。
ヨーゼフの魔法談義を聞きながら、一行は深層を進んだ。
最初のアイスゴーレムは随分遠くの魔素まで消費したらしい。
しばらく歩いても、まだあたりは暗いままだった。
それでも先を進んでいると、辺りはゆっくりと光を取り戻していった。
下層と同じくらいならばそろそろ踏破する頃だ。
おそらく、最初のアイスゴーレムがエリアボスだったのだろう。
ただ、だとすればまだドロップアイテムを拾っていない。
ゴーレムが崩れたあたりも念入りに見てきたが無かったので、深層を踏破するまでの道中で宝箱でも見つかるかと思ったが、それもまだない。
ノエルがそこまで考えていた時、少し先を歩いていたアドルフが声を張り上げた。
「なぁおい! こっち来てみろ! すごいぞこれは……!」
アドルフの声に連れられてそちらへと走ったノエルたち三人は、その光景を見て息をのんだ。
「こ、れは……」
そこに在ったのは、咲き誇る花畑であった。
この氷の洞窟にそんなものがあることが、ノエルはまだ信じられないが、それは紛れもなく花畑なのだった。
その周囲だけは、氷が一部溶けだして、地面はごく浅い水場になっている。
咲いている花は一種類だった。
花は地面だけでなく、洞窟の氷に根を生やすようにして生えており、その空間を埋め尽くすようにして咲いていた。
ごく薄い紫色の、透き通った花弁のその花は、花柄からふわふわと光を放っている。
その光が周囲一帯を照らしており、氷を透かして美しい眺めを作り出していた。
「なんだ、この花。見たこともないぞ……」
「しかも、光を放出している……? 魔法植物ということか!?」
あわてた様子で、ヨーゼフが鑑定魔法をかけている。
「なんて書いてある、ヨーゼフ」
「だめだ、ほとんど情報がない。この世界で誰も見たことがないんだ、おそらく」
ヨーゼフが首を振る。
その隣でクルトが言った。
「なぁ、そういえばここの水、すごく透き通ってないか。ダンジョンにも水場はあったが、飲めたものじゃないのがほとんどなのに」
「あ、ああ、たしかに。鑑定魔法によれば、この水は何もせずとも飲めるようだな。それに、ここら辺の氷はすべて氷河のもののようだ。一体どのようにしてこのダンジョンに氷河が出現しているのかはわからないが……」
ヨーゼフはかがみながら、水面を覗き込んだ。
「おーい! この奥にあるぞ! 出口!」
アドルフが手を振っている。
出口があるということは、どうやら、ユーガルダンジョンの最下層はこの深層であるらしい。
この冒険者パーティは、世界で初めてユーガルダンジョンの踏破を果たしたということになる。
「すっげー! 踏破者になっちゃったよ、俺たち」
「だなぁ」
「まぁ、何にも変わらないんだけどね、僕ら」
「だからいいんだろう。この冒険者パーティは」
「それもそうか」
四人で口々に言いながら出口をくぐる。
出口を出たら、出口からダンジョンには入れない。一番上からやり直しだ。
「待った! この花だけ何本か持って帰ろう。根っこごと。何か世紀の大発見があるかもしれないし。そもそも新種だし……!」
そう言って、ヨーゼフがダンジョンを出る直前に、何本か光を出す花を摘んだ。
「面白いダンジョンだったなぁ」
「宝箱やドロップアイテムも豪華だったもんなぁ」
「また行こう。あのアイスゴーレムに鍛えてもらうのもいい。ディアウルフも強いし」
「まぁまずはメシにしようぜ! ほら、あのレストラン行くんだろ」
四人並んでノエルたちは歩く。
その背中はきっと、あの日、スクナビコーナの湯で星を見上げたときよりも、ほんの少したくましくなっていると信じて。




