2風呂目 駆け出しの冒険者パーティ
「どういうことだよ!!!」
弓使いクルト・リーンハルトはパーティの仲間を問い詰めていた。
ルミランタの西に位置するダンジョンからほど近い町、ランデレム。今日も多くの冒険者でにぎわうギルドの隅で、その喧騒に負けないほどの大きさで、クルトの声は響き渡った。
「俺をパーティから追放する? これまでずっと一緒にやって来たじゃないか。それなのにどうして今更……」
「もう役立たずの後衛の尻拭いはごめんなんだよ。おまえみたいな足手まといの面倒をずっと見てきたんだ。私たちに感謝してほしいぐらいだよ」
魔法使いのヨーゼフが皮肉気に言った。クルトは信じられない思いだった。たしかにヨーゼフはいつも嫌味ったらしい男だが、仲間を侮辱するようなことは一度だって言ったことはなかった。
「おまえも、ずっとそう思ってたのか」
ドンと叩いた机の上の、今日の報酬がじゃりんと跳ねた。
パーティのリーダーである、剣士のノエルのほうを見ると、ノエルはびくりと肩を震わせた。討伐の時は誰よりも勇敢で、怪我をした仲間の前にためらいなく飛び出すくらい怖いもの知らずなくせに、プライベートじゃ小さなころから気弱。ノエルはそんな男だった。今だって、クルトごときの威圧にすら怯える。
けれどそんなノエルも、今回ばかりはまっすぐにノエルを見つめて、震えながらもこう言った。
「あ、ああそうさ。幼馴染だと言うだけで小さな時からいつもおまえと一緒にされて、いい迷惑だったさ」
「だいたい、前衛の俺たちが敵をほとんど始末してるんだ。おまえは何もやってないじゃないか。おまえが居なくなれば分け前が増える」
前衛の格闘士アドルフも続く。
クルトは愕然とした。弓使いとしての仕事は一生懸命こなしているつもりだった。誰よりも早く敵を見つけていた自負もあった。ばれないようにこっそり対処していたのがまさかここに来て仇になるだなんて。
「そうだ、あそこの冒険者パーティに入れてもらうのはどうだ? 最近後衛が欲しいと言っていると耳に……」
「もういい」
ノエルの言葉を遮るようにクルトは言った。こんなやつらをパーティの仲間以上の、大切な者たちだと思っていたなんてと悔しくなった。
……違う。本当は悲しかった。さみしかった。彼らにとっても自分がパーティの仲間以上の存在だっただろうと思っていたのに、それは間違いだったから。
ノエルが示した冒険者パーティは、この町一番評判の高いところだ。入れるわけがないだろう、と言いたいのだろう。
大事に思っていたのは、クルトのほうだけだった。
あの日、冒険に出ようと言ってクルトの手を引いたのは、ノエルたちだったのに。
「もういい。おまえたちなんて、どうでも」
クルトが言うと、仲間たちの顔が傷ついたように、泣き出しそうに、歪んだ。なんでおまえたちがそんな顔をするんだ。泣きたいのは俺のほうだ。
「あーあ、バカみたいだよ、俺。こんなやつらのために一生懸命だったなんて、ホント、バカみたいだ。おまえらなんて……おまえらなんて……!」
ああ、誰か俺の口を止めてくれとクルトは思った。
頭の奥がガンガンと痛む。目尻に涙がにじむ。ああ、だめだ、これを言ってしまっては、もう引き返せなくなってしまう。
「俺の居なくなった冒険の先で、せいぜい勝手に……」
クルトがその言葉を口にしようとした瞬間だった。パーティの横に、どすんと何かが降ってきた。パーティ全員、反射で上を見上げたが、取り立てて変化のない、ただのギルドの天井があるだけだ。
改めて降って来たものを見る。
そこには開いた戸があった。中からほかほかと、温かな空気が漏れ出していた。
開いた戸の向こうに、一人の妙な格好の男の姿が見えた。パーティの四人全員、一斉に戦闘態勢に入った。ノエルが誰よりも前に出て、じゃきっと剣を構えて言った。
「何者だ!」
後ろを向いて、祈るような恰好をしていた男は、少しげんなりとした様子で気怠そうに振り向き答えた。
「風呂屋です」
***
パーティの四人は並んでガシガシと髪を洗っている。
自分たちと同じくらいの年の青年が指し示した先には、驚くほど広い湯殿がもうもうと湯煙を上げていた。
ルミランタで、湯浴みは天上人の文化である。ルミランタのほとんどの地域では、井戸は町に一つ、あるかないか。
水を一度にたくさん汲んでは来られないので、湯殿を設えるほどの水を集めるのはとても大変なのである。
水汲みの仕事に人を雇えるほどの、ごく一部の裕福な貴族や、大量の水を生み出せる高位の魔法使いがする、たまの贅沢。それが湯殿だった。
案内をしてくれた青年は、服の裾を捲り上げて洗い場に立ち、柄の長いブラシに寄りかかるようにしてクルトたちを見ていた。
「くれぐれも走らないでくださいよ。危ないんで」
「「「「はい!!」」」」
冒険者たちの威勢の良い返事が揃う。
クルトたちは体を洗い終え、外へとつながる扉を開けた。
冷たい外気が肌に突き刺さる。寒い寒いと口々に言いながら、早く早くと湯につかる。四人がざぶんと身を沈めると、たっぷりの湯がへりからあふれた。
「「「「あ゛~~~~~」」」」
またもや四人の声が揃う。全員で顔を見合わせた。一拍置いて、全員で笑いだす。
先ほどまであんなにも険悪な空気が流れていたクルトたちの間には、今や一枚の布さえもない。
楽しい。温かい。ずっとこうしていられれば良いのに。
クルトの口からは、クルト自身も無意識のうちに、言葉が零れ落ちていた。
「……俺、いやだよ」
オンセンに、ぽつんぽつんと波紋ができる。きっと雪が降っているのだ。空はキンと冷えた星空で、見上げればあんなにも星が零れ落ちそうだけれど、これは雪だ。雪なのだ。
「おまえらと、この先もずっと冒険したいんだ。他の誰でもない、おまえらがいいんだ。おまえらと行けないのなら、弓なんてやめる。今まで迷惑をかけて、ごめんな……」
顔を上げて、他の三人の顔を見て、クルトはびっくり固まった。ノエルが鼻水をたらし、えぐえぐと泣いていたからだ。ヨーゼフもアドルフも、つられて唇をかみしめている。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃねーかとクルトは思った。
「ひどいこと言って、ごめん。ごめんクルトぉ……」
ノエルはびゃーびゃー泣きながら言った。
「さっきの言葉を撤回する。クルトが足手まといだなんて嘘だ。迷惑だったことなんて一度もない。弓をやめるだなんて言わないでくれクルト。ただ僕は……僕たちは……クルトに、幸せになってほしかった……」
ノエルの言葉にクルトはぱしぱしと目を瞬かせた。思っていたのとは全く真逆の言葉が帰って来たからだった。
「クルトの弓の腕はルミランタいちだ。それはクルトを傍で見ていた僕たちが、一番よく分かっている」
アドルフとヨーゼフがノエルの言葉の続きを引き取った。
「このまま私たちのパーティで燻らせているのは、あまりにももったいないと思ったんだ。幸い、私たちはまだ若い。今からパーティを変えたって、クルトはきっと活躍して、国一番の弓使いとしてその名を馳せるだろう。もしかしたら、王様に腕を認められて直属の護衛に取り立てられたりするかもしれない」
「だが、俺たちのパーティにいたら、このままその才能が埋もれてしまうんじゃないかと思ったんだ。俺たちが冒険に誘ったから、クルトはここを抜けたいと言いたくてもできないんじゃないかって。俺たちに心を砕いて留まろうとするんじゃないかって。それならいっそ嫌われてしまえば、いいと……」
すまなかったと、そう言って。ついにはアドルフとヨーゼフも泣き出した。ぽつんぽつんとオンセンにできた波紋が増える。
メガネを曇らせたヨーゼフが苦し紛れに言った。
「寂しくて泣いてるわけじゃない。雪が降ってるんだよ、これは」
星が綺麗な空だぞ、とは誰一人言わなかった。全員男泣きに泣いて、泣いて。
そうして流しきった後で、弓使いクルトは言った。
「謝罪を受け入れる。ノエル、ヨーゼフ、アドルフ。どうか俺を、おまえたちの仲間でいさせてくれないか。おまえたちが俺の弓の腕を認めてくれるというのなら、俺はそれを、おまえたちを守るために使いたい……いいかな」
他の三人がかすれた声で即答した。
「「「いいに決まってるだろう」」」
それから全員で、またゆっくりと湯につかった。
しこりのようにクルトの心をむしばんでいたわだかまりは、きれいさっぱり溶けて消え去っていた。
四人で入るオンセンはやっぱりあたたかく、そしてどこか懐かしい。
「こんなにデカい湯殿、俺初めて見た」
「僕もだ」
「俺も」
「私も」
顔に出さないようにと努めるものの、つい頬が緩んでしまうのがわかる。大きい風呂に、年甲斐もなくはしゃいでいる。
けれど横を見ると、他の三人も目をきらきらとさせていた。
「あ、でも、地元の領主の家の湯殿、入れてもらったことあったよな。ほら、ヴィリーの家の」
「ああ、あったなぁ。四人でぎゅうぎゅうになってな」
「なつかしいなぁ。ノエルは石鹸が目に入って大泣きしていた」
「してないよっ! それはさっきのヨーゼフだろ」
「あれはしゃんぷーが泡立ち過ぎたんだ」
「ていうかヨーゼフ、今日の討伐で顔にできてた切り傷どうしたんだ?」
「クルトのほうこそ。食らった毒、回復魔法では浄化しきれてなかったはずだが」
言われてみれば、クルトの体からはまとわりつくようだった怠さがすっかり消えている。棒のように重かった足は、今なら跳べそうなほどに力がみなぎっていた。体が軽い。体の内に火がともったようにぽかぽかと温かい。あちこちについていた切り傷はきれいに治っていた。
ノエルが不思議そうに首をひねり、それからはっとした様子でつかっていた湯をすくった。
「スクナビコーナの湯!」
ノエルの言葉に、クルトたちも気づいた。
それはルミランタに古くから伝わる昔話。ルミランタに住む者ならば誰もが知る伝説であった。
この国のある土地は昔、人が住むことができぬほどに寒く、つめたく、死の気配に満ちていた。それを救ったのがスクナビコーナである。他の神々と共に世界中を旅していたスクナビコーナは、この土地に少しの日と火をもたらした。
日の光は氷を溶かして水を与え、火は人々に営みの術を与えた。そうしてスクナビコーナはまた神々との旅に戻っていった。だからこの国では、湯は富の象徴である。
スクナビコーナは今も、世界中を旅しながらこの国を千里眼で見守っている。人々が寒い思いをしていないか、心細くはないか、その目でじっと見守っている。そうして時々、正直で親切な者に極楽へとつながる戸を開ける。その極楽というのが、『スクナビコーナの湯』である。
スクナビコーナの湯には三つの作法がある。
その一。スクナビコーナの湯殿では決して走ってはならない。
その二。スクナビコーナの湯に入る前には体を浄め、一枚の布も纏ってはならない。
その三。スクナビコーナの湯では、肩までつかってよく温まること。
「俺たち、運がいいなぁ。スクナビコーナの湯に入れるだなんて」
「ああ。でもこれは僕たちだけの秘密だ」
「スクナビコーナは見せびらかされることを嫌うんだったな、そういえば」
「じゃあ内緒にしておこう」
四人はコソコソとそう話し、頷き合った。
「ねえクルト、僕は決めたよ」
銀砂を零したかのような満天の星々を見ながら、ノエルが言った。
「クルトはいつも、僕たちの背中を守ってくれる。僕は振り向かなくたって、クルトに守られていることを知っている。信じている。だから僕はいつか、クルトが前を見なくたって歩けるくらい、頼りがいのある剣士になるんだ。クルトが後ろを向いて僕に背中を預けているときに、前を守ることができる剣士になるんだ」
それを聞いてアドルフとヨーゼフが笑う。「じゃあ俺右な」「私は左だ」とノエルに続く。
「だからクルト、ずっと僕の背中を預かって。代わりに僕が君の背中を預かるから。僕が君を、ずっとずっと幸せな、その才能が最も輝くところまで、連れて行って見せるから」
ノエルがにこりと笑って言った。
まったく、この男には敵わない、とクルトは思った。ずっとずっと幼いころから、このノエルという男はいつだってこうだ。
普段は気弱なくせに、本当は誰よりも勇敢で、怖いもの知らずで、頼りがいのある剣士である。
「当たり前だノエル。俺はおまえが預けてくる背中に、いつもどれだけ救われていると思ってるんだ」
小さなころ、いじめてきたガキ大将とクルトの間に立ちはだかった、ひょろくて気高い背中を思い出す。
木から落ちたところに敵の攻撃が襲い掛かって来たとき、それを打ち返した、ぼろぼろのマントを羽織った背中を思い出す。
あの日木陰で、たった一人で本を読んでいたクルトに手を差し出したノエルのきらきら光る星のような瞳。クルトの手を引いて駆け出し、まったく知らない新しい場所へと連れて行ってくれた、その、背中を。
ぽつんぽつんと、オンセンに波紋ができる。
これは雪だ。
四人の泣き笑いが、『雪の湯』の湯殿に満ちている。
「うちは雪見風呂が自慢でね」
そんな四人の背中を見、洗い場で柄の長いブラシに寄りかかった青年は、微笑みながらそう呟いた。若く、青く、新しい。駆け出しの冒険者たちの姿を、青年の優しげなまなざしが、スクナビコーナの千里眼が、満足そうに見守っている気がした。




