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  【5】 マグウィザードの新入生1


 一年を通して寒冷なルミランタ。

 その中でも辺境と言うべき入江の町マグオンであるが、そんなマグオンにも、ささやかながら春が訪れようとしていた。

 やがて短い短い夏が来て、つなぎのように一瞬に美しい秋が来て、また冬が来るだろう。

 そんな一年の序章とも言うべき、春である。


 ルンペルシュティルツキン辺境伯爵家の郵便受けに、クリーム色の封筒が届いた。中からは丁寧に綴られた書簡が三通、入っていた。

 それはまるで山頂に降る新雪のように真っ白に輝いているようにアルカナには思えた。


「マグウィザード魔法学校は、ここにアルカナ・ルンペルシュティルツキンの入学を認める」


 一番上に入っていたその書簡には、たった一文、そのように書かれていた。


 二通目は試験の成績通知書だった。

 マグウィザードの入学試験はとても難しかった。

 だがそこは天下のアルカナである。

 実技、筆記ともにほぼ満点だったようだ。惜しくも実技の得点が満点に一歩及ばずだったようだが、筆記は満点である。

 さすがのフィオーネ・ローゼンも、アルカナのこの輝かしい成績には適うまい。


 さっそく最初の勝負はもらったな、などと思いながら、アルカナは気分上々で天文台を訪ねた。


 出入り自由の図書館に足を踏み入れ、天文台へと続く階段へ上ると、先に見えてくるのはローゼンの住む職員住宅の扉である。

 その扉をノックする。


「はぁい」


 出てきたのは、見知らぬ女性であった。

 いや、見知らぬ、というのは厳密ではない。正確に言えば、アルカナはその女性を知っていた。見たことがあった。

 彼女はこの天文台の現職員、オルガ・ローゼンであった。


「ん~? 君は……」

「はじめまして、アルカナ・ルンペルシュティルツキンです」


 一瞬迷ったものの、いたって冷静にアルカナは名乗った。

 こう見えて、人当たりは良いほうである。


「あ~、君が例の」

「例の……?」

「あー、いやいや、こっちの話。オルガ・ローゼンです。フィオに何か用事かな。さ、あがってあがって」


 オルガは一人で納得し、一人で頷き、アルカナを家に招き入れた。

 あれよあれよという間に、前に寝かされていたのと同じ部屋に通され、アルカナはクッションの上に座っていた。

 オルガは、「えーっと、茶葉茶葉」などと呟きながらキッチンの下の棚をごそごそと探している。

 この前アルカナがこの家に来たときは、ローゼンは上の棚から茶葉を取り出していたと思うのだが。


「あの……」

「君がフィオを説得してくれたんだって?」


 アルカナが俯けていた顔をあげると、上の棚から茶葉を見つけたらしいオルガが、湯を沸かしながらこちらを見ていた。


「フィオは嬉しそうにしていたよ。「ルツキンが勝負を続けたいんだって」なんて、にこにこ笑って言っていたよ」


 ローゼンはこの人からフィオと呼ばれているらしかった。

 アルカナもそう呼んでみたいと思っているのだが、実現はまだ遠い。


「よかったよ。私が言っても、フィオは頑なになるばかりでね。魔法学校に行くためのお金を私から貰うことにずっと引け目を感じているみたいだったから。ずっとどう言ったらいいか、わからないまま時だけが過ぎてしまってね。君がいなかったら、フィオは夢を諦めなくちゃならないところだった」


 その柔らかい穏やかな口調からは、オルガからフィオーネ・ローゼンへの隠しきれない親愛がにじんでいた。


「そんな、お……僕はただ父にお願いをしたってだけで……。それに父が頷いたのは、彼女の才能を父も認めていたからというだけで……」

「バカなことを言わないでくれ。君のその『お願い』がなくちゃ、フィオはどちらの道を選んでも後悔しただろうに」

「え……」


 オルガは、ポットの湯をとぽとぽと注いで茶を入れ、クッキーと共にアルカナの前に置いた。

 濃いめに入れられた紅茶の甘い香りがふわりと漂っている。

 アルカナは、いつもローゼンから香ってくる香りを思い出した。


「『俺がおまえの運になる』だっけ? 『おまえを負かすのは俺だ、運じゃない』とも言ってくれたみたいじゃないか」


 アルカナは己の顔に熱が集まってくるのが分かった。

 なぜ成績を自慢しに来た先でこんな羞恥心を味わわねばならないのか甚だ疑問である。


「ありがとう、アルカナくん。……私も、あの子にそう言ってやればよかったんだと。今頃気づいても、遅いのかもしれないけれどね」


 オルガの眼鏡が紅茶の湯気でふっと曇る。

 そのせいで表情は読めないけれど、なんとなく、落ち込んでいるような声色だとアルカナは思った。

 だからアルカナは言った。


「『あなたのような人に引き取られて運がよかった』なんていう当たり前のこと、フィオーネ・ローゼンが分かっていなかっただなんて僕は思いませんけどね」

「……」


 オルガは顔をあげてアルカナを見たが、何も言わなかった。

 代わりに、ふと口角をあげる。

 笑い方が少しローゼンに似ているなと、アルカナは思った。


「ところで、ろー……フィオーネさんはどこです? 僕は彼女に試験成績を伝えに来たんですが……」

「ん? ああ、フィオならほら、そこに」


 そう言ってオルガさんが指さしたのは、アルカナの真後ろである。


「はぁ!?」


 思わずアルカナが振り向くと、相変わらずの鉄の無表情でフィオーネ・ローゼンが立っていた。


「い、いつから……」

「はじめからだけど」

「だったらウンでもスンでもいいからなんか言えよ!!!」

「話に割って入るのはよくないもの」

「盗み聞き同然の真似をしておいてよくも言えたな!!!」

「アルカナが気づかなかっただけでしょう」


 ローゼンはぴくりとも表情を変えずにアルカナの抗議を一刀両断した。

 解せない。


「それで、今日はどうしたの。席次を自慢しに来たのだと思っていたのだけど」


 いかにもそうなのだが、改めて口にされると先ほどまでの自信が音を立てて萎んでいく。

 アルカナの順位は確かに素晴らしかったものの、首席ではなかった。

 そして首席でなかったとき、誰がその位置に居るのか、アルカナは身をもって知っているのである。


「ま、まあ俺にかかればあんな試験、マグオンの入江に舟を通すより簡単だったわけだが……惜しくも実技にミスがあったみたいで、次席だ」

「そう、おめでとう」

「おまえは何番なんだよローゼン」

「首席」

「……おもしろくねー女」

「ありがとう」

「褒めてはねえんだよ」


 言い返すアルカナを無視し、ローゼンは手に持っていた書簡を机の上に広げた。


「でも私、総合成績で一位だったけれど、実技は二位よ。ほら、アルカナと一点差。もっとすごい魔法の腕の持ち主がいたってこと」

「俺も次席だが、実技は三位だ。てことは、ローゼンと同率のやつが一人、さらに上が一人いるってわけだ」

「私たちは筆記が満点だから……実技が私たちより高いその二人は、筆記で五点落としたのかしら……裏面の最終問題、難しかったからかも。過去問にも出てなかった。古い歴史書や天文書にも目を通してなくちゃ解けないもの」

「図書館が近くにあったのが幸いしたな、俺もおまえも」


 ローゼンの言う裏面の最終問題は、アルカナの知る中で最も難問だったと言っても過言ではない。

 数学だと思わせておいてのまさかの複合問題。

 あれは対策どうこうのレベルの問題ではない。

 アルカナだって、そこまでの問題をつまずかずに解いたからそこに時間をさけたのであって、他にもう一問でも悩んだ問題があったら解けてはいなかっただろう。


「学寮は男女別の成績順らしいねぇ。上から二名ずつ部屋が割り振られるんだってよ」


 入学案内を見ていたオルガが言った。


「じゃぁ、アルカナとは別室なんだね。どんな子が同室になるんだろう」

「ふん、おまえよりは愛想のあるやつが一緒だと思うぞ」

「そりゃあそうだよ」

「めずらしく素直だな」

「本当のことだもの」

「お、俺は別におまえの愛想がなくったって……」

「……? なくったって?」

「な、なんでもねーよ」


 ふふ、とほどけるような音がする。

 オルガのほうを見ると、彼女は気づいて慌てて紅茶に口をつけている。


「ひとまず、準備するものを洗い出すぞ。それで一緒に、買い物に行こう」

「うん」


 あーだこーだと新生活について話すアルカナたちを、オルガは穏やかな目で見つめていた。


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