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忘却駅の切符
霧の濃い朝、駅のホームに一人の男が立っていた。
彼の手には古びた切符が握られている。
行き先はすでに存在しない「忘却駅」。
電車が来る気配はないのに、レールの奥から風が吹いた。
耳元で誰かが囁く。「もう帰れないよ」。
振り返ると、誰もいなかった。
だが足元の影は二つに増えている。
男は黙ってその影の隣に立った。
父の光
星のない夜、丘の上で少女は空を見上げた。
手には父の残した古びた望遠鏡。
覗き込むと、そこには存在しないはずの光が瞬いていた。
点はゆっくりと動き、やがて文字の形を描く。
「ここにいる」と、空が彼女に語りかけている。
涙が頬を伝い、望遠鏡を抱きしめた。
その瞬間、胸の奥に温かな気配が灯る。
父の声が、確かに彼女を呼んでいた。
夜更けの足音
深夜、誰もいないはずの廊下に足音が響いた。
一歩、また一歩、確実にこちらへ近づいてくる。
布団を頭までかぶって震えていると、足音は止まった。
ドアの向こうで、低い呼吸音が聞こえる。
やがて、ゆっくりとノブが回った。
心臓が耳元で爆音のように鳴る。
ドアは開かない。だが呼吸音だけは残っている。
それは今も、すぐそばで続いている。
最後の一口
コンビニでプリンを買ったのに、弟に食べられた。
怒鳴り込むと、弟は「知らないよ」と白を切る。
しかし口の端にはカラメルがしっかり付いていた。
「証拠はそこにある!」と指をさす。
弟は「これ血だよ」と真顔で答えた。
家の空気が一瞬で凍る。
笑い飛ばそうとしたが、弟の目は真剣だった。
そして冷蔵庫の中には、見たことのないプリンが並んでいた。
砂時計の惑星
宇宙船が降り立った星には、風で動く巨大な砂時計があった。
砂は上から下へではなく、下から上へと昇っていく。
観測を続けるうちに、仲間が一人ずつ消えた。
気づけば砂粒に変わり、逆流して空へ吸い込まれていたのだ。
残された俺は砂に足を取られる。
身体が崩れ、粒となって宙を舞う。
最後に見たのは、星そのものが巨大な砂時計だった姿。
そして俺も、その時の流れに囚われた。