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第五話:名前のない交差

いつもより、少しだけ早い時間だった。


これといった理由があったわけじゃない。


ただ、学校―家―勉強―執筆。


その繰り返しの毎日から少し離れて、

息をつける場所が必要だった。


そうして辿り着いたのは、馴染みのゲームセンター。


騒がしい機械音と、

四方から降り注ぐライトの光も、

この場所では気にする必要はなかった。


ここでは誰も、

敢えて誰かに話しかけたりしない。


ただ、自分の運と実力を試すだけ。


今日は、普段ならあまりやらないゲームをやるつもりだった。


自分がやるのは、だいたいターン制のロボットRPGとかSRPG。


動的なゲームには慣れていない。


特に苦手なジャンル——リズムゲーム、レーシング、スポーツ。


動体視力やフィジカル、感覚が求められるゲームは、自分の性格には合わなかった。


頭を使ったりする心理戦の方が、もっと気楽だった。


それでも、リズムゲームは曲が好きで、たまにやっている。


今日もそうだった。


下手なのはわかっている上で、鍵盤型のリズムゲームをプレイするため、リズムゲームコーナーに向かった。


照明がやや暗いリズムゲームコーナー。


光を放つ機械の前に、数人が立っていた。


ほとんどが一人で、慣れた手つきでボタンを叩いている。


その中で、自分がやりたい機械には、高校生くらいに見える男子がいた。


身長は俺と同じくらい。髪はおかっぱ。


それよりも——その男の手捌きが、尋常じゃなかった。


BPMは…少なくとも180以上。落ちてくるノーツの数からして、推定難易度は13。


なのに、その男は一つのミスもなく、

まるで爆撃のように降り注ぐノーツを、すべて最高判定で処理していた。


難易度6~7あたりでようやくクリアできる自分からすれば、到底届かない領域だ。


俺は左胸に右拳を当て、同じゲーマーとして敬意を表した。


この行動に深い意味があるわけではない。


ただ、自分なりのやり方で驚きと尊敬を示しただけだった。


その瞬間――


「ナイス!!」


前から飛んできたひと言。


パーフェクトプレイを終えた、その男の声だった。


お、もう1プレイ終わったのか。


リザルトはオールパーフェクト。


このまま見続けてたら、さすがに失礼かもしれない。


そう思った俺はその場を離れ、

たまにやる『〇vs〇ン アーケード』というロボット格闘ゲームをすることにした。


その機械へ向かうと、ちょうど席は空いていた。


すぐにコインを投入し、スタートボタンを押して、お気に入りの機体を選ぶ。


コストは高いが、それに見合う火力を持つニュー〇〇ム。


カギはフィ〇ネル。どれだけスムーズに操れるかが勝負の分かれ目。


家にP〇2版のDVDもあるんだが、毎日やるゲームじゃないし。


腕、鈍ってるかもしれないな。


初戦で負けたらちょっと悔しいだろうが、

今日はあくまでリズムゲームが目的だったし。


ローディングが終わり、ステージ開始。


他のゲーセンからのマッチングは無し。自動的にCPU戦が始まる。


相手がCPUなら、むしろ勝算は高い。心理戦より正攻法で攻めるべきだが、

この機体は心理戦にも正攻法にも優れているから、ちょうどいい。


さて。


腕が鈍ったか、どうか。試してみるか!


少し興奮しながら、左手でレバーを握り、右手の指をボタンの上に置いた。


思ったより、ゲームは順調に進んだ。


2ラウンド目まで終わった頃。


指先に伝わる感覚が、

思ったより鈍っていなかったことを教えてくれた。


久々に集中できた感じだった。


「俺、こんなにこのゲーム好きだったか」 って思える位


3ラウンド目を終えると、スクリーンに戦闘終了の画面が表示された。


機体の状態は良好で、スコアもなかなか。


ようやく、少しだけ緊張が解けた。


ボタンからゆっくりと指を離し、

背もたれに預けていた体を起こす。


そのまま膝に力を入れて立ち上がり、再びリズムゲームコーナーへと歩いた。


さっきの筐体に近づくと、そこには誰もいなかった。


ただ、筐体の上に、小さな四角い物体が目に入った。


足場に乗ってその物体を見ると、それがこのゲームのアカウントカードだと分かった。


さっきの男が置き忘れたのだろうか。


俺は何気なくカードを手に取り、裏面を確認した。


その瞬間、少しだけ目を細めた。


カード裏面の右下には、

「桜丘高校 1年D組 宮田弘明」という文字が、はっきりと刻まれていた。


「同じ学校の生徒だったのか。」


とりあえず持ち主に返そうと思い、

ゲームセンターの入口へ向かって走った。


そのまま外へ出て、周りを見渡したが、既にその男の姿は見つけられなかった。


おそらく、ゲームセンターを出てから、しばらく経ったのだろう。


警察に渡してもいいけど、同じ学校なんだし、

明日、職員室で担任に直接渡した方が早いんだろう。


そう思った俺は、ポケットから財布を取り出し、

そのカードをカードホルダーにしまった。


そうして、もう一度ゲームセンターに戻った。


戻ってきた筐体の前には、まだ誰もいなかった。


画面はすでに待機状態。


ポケットからコインを取り出して投入し、財布を開いて自分のアカウントカードを読み込ませる。


カードを慎重に財布に戻し、またポケットにしまう。


そしてスタートボタンを押した。


選曲画面。


曲は馴染みのあるものを選んだ。


BPMは140台、難易度は6。


なんとかクリアできるはずだと思いながら、最初の拍を待った。


ゲームが始まるとすぐに、スタートボタンを押したまま、エフェクトボタンで速度を2.75に調整した。


そして、落ちてくるノーツに合わせて、手を動かす。


リズムに合わせて手が自動で反応する感覚。


慣れてはいなくても、身体が覚えている感触。


——タッ、タタッ。


正確ではないが、指先が何かを捉えようとしている感覚が心地よかった。


1曲目は無事にクリア。


リザルト画面を見ると、判定は予想通りボロボロだった。


まあ、クリアできただけでも良しとしよう。


続いて2曲目。


さっきと同じBPMだが、パターンが異なり、練習にちょうどいい曲だ。


——タタッ、タタッ。


さっきより指先が速く反応していた。


階段連打パターンが多いこの曲は、難易度こそ同じでも、

体感的には明らかに前の曲を上回っていた。


まだ慣れないスクラッチノーツの数が少ないのだけが幸いだった。


気づけば、曲は中盤に差しかかっていた。


完璧とは言いにくいが、ノーツの流れにはついていけていた。


不器用でも、妙に集中できる瞬間。


少しずつ、全身にリズムが染み込んでいく。


不規則なドラムビートが耳を叩くたびに、

指先はそれに反応して跳ね、

画面上のノーツと自分の動きのズレが、徐々に縮まっていった。


タタッ、タタッ——


一瞬止まり、またタタッと。


速くはないけれど、

最初よりは確実に上達していた。


やがて、曲の終盤ノーツまでコンボを繋ぐことに成功。


リザルト画面を見ると、さっきよりも判定はさらにひどかった。


仕方ない。体感難易度の高い曲だったし。


画面をスキップして、次の曲を選んだ。



最後の3曲目をプレイした後、

満足して、ゲームセンターを後にした。


外に出ると、

陽射しがまぶしかった。


屋内のネオンライトと騒がしい機械音が、まだ耳に残っていたが、

外の空気は、少し違う温度で身体に届いた。


俺は軽く息を吐いた。


指先に残っていたリズムの感覚は、

少しずつ現実の感覚に溶けていく。


指の動きの残像も、

興奮していた呼吸も、

次第に現実の雑音の中に散っていった。


馴染みのある風だった。


暖かくもなく、冷たくもない。


ただ、この季節がそうだと言わんばかりの、

何も含まれていない空気。


俺は顔を上げて、しばらく空を見つめた。


曇りでも、晴れでもないその色が、

自分に似ている気がしたけれど——


その考えもすぐに、頭の中から消えていった。


「さて、帰るか。」


そう呟いて、家へと歩き出した。



翌朝。


学校に着いた俺は、2階の廊下へと階段を上り、職員室の方へと足を向けた。


朝のホームルームまでは、まだ時間に余裕がある。


廊下の突き当たり、「職員室」と書かれた扉の前。


ドアは半分開いていた。


俺は扉に手をかけ、静かに開けた。


すると、中にいた教師の一人が席を立ち、こちらに声をかけた。


「どうした?」


見慣れない顔だった。


俺は慎重にポケットから財布を取り出し、

その中から昨日拾ったカードを取り出して裏面を見せながら答えた。


「このカード、昨日駅前のゲーセンで拾ったんですが、

1年D組の宮田弘明と言う生徒のものだと確認して、担任の先生に渡そうと思って来ました。」


教師はしばらくカードを見つめた後、うなずいた。


「ありがとう。私から渡しておく。」


俺は軽く頭を下げ、職員室を出た。



しばらくして、廊下の窓から朝の光が差し込んできた。


その光の中、何事もなかったかのように、

自分の教室へと足を向けた。


やるべきことは済ませたし、

そろそろホームルームの準備でもしようか。


そうしてまた、いつもの日常が始まろうとしていた——

第五話までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、鈴木潤の視点から、静かな日常の中にある、ささやかな感情の揺れを描いてみました。


誰とも話さず、ただひとりでゲームに向き合う時間。

その中で、少しだけ胸が高鳴る瞬間や、名もなき交差がありました。


特別な出来事はないけれど、

それでもどこか、日常がほんの少し変わったような気がする——

そんな感覚を、もし感じ取っていただけたのなら、とても嬉しく思います。


これからも、登場人物たちの小さな選択や、

言葉にならない心の動きを、大切に綴っていきます。


ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。

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