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第十七話:問いかけは、時々相手の地図になる

「うん、真田さんが見てたって。だから、たぶん大丈夫だと思う」


久野さんのその言葉に、少し安心した。


「そっか、真田さん、嘘とか苦手だもんね。」


私は小さく微笑んだ。


「でしょ。まあ、心配しないで。真田さんじゃなくたって、あんな噂がC組で広まることなんてないから。安心して」


久野さんは袖をまくったふりをした。


その姿に、つい笑いそうになったけど、何とかこらえた。


「女子の間まではまだ広まってないってことだよね?」


「うん、それは間違いない。C組一のおしゃべりの私が知らない話なんてないから」


久野さんは自分の左胸を軽く拳で叩いた。


「じゃあ男子さえ防げばいいってことだね。頼める?」


そこまで言って、私は席を立った。


「うん、任せて」


笑いながら拳を握る久野さんに軽く会釈をして、C組を後にした。


さっきまでのざわめきが嘘だったみたいに、廊下は静かだった。


「お、宮本。どこ行ってたんだ?」


教室のドアに手を伸ばそうとした時、後ろから声がして振り返ると、


「隣のクラスにちょっと用があって。大島くんは?」


隣の大島くんが立っていた。


平然と笑いながら、質問を返した。


「俺はトイレ。いやあ、朝から何か悪いもんでも食ったんか、腹痛くてさ」


大島くんはいたずらっぽく笑いながら、自分の腹を叩いた。


「大丈夫?保健室に行った方がいいんじゃ…」


私は少し驚いた表情を浮かべた。


「大丈夫、大丈夫。今はすっかり良くなったから。じゃあ、入ろうか」


大島くんは素早く教室のドアを開け、先に入った。


私は少し首をかしげた後、大島くんの後を追って入った。



「わかったか、お前たち。要は、高校1年というのは非常に重要な時期だということだ」


教卓の前に立った先生は話を終えると、教鞭で黒板を叩いた。


「3年後に進路を選ぶためにも、今からやる探求と蓄積が必要な訳。これについてはさっき十分説明したから、分からない部分があったら後で職員室に来るように」


先生の断固とした言葉に、教室は静まり返った。


先生は振り返り、教室全体を一瞥した後、


「では、次に移る。今日の授業は理論ではなく、実践だ。皆、前回の授業内容は覚えているな?それを基に二人ずつペアを組んで、十分に話し合い、議論する時間を取る」


教卓に両手をつきながら、そう宣言した。


生徒たちの間に再びざわめきが広がった。


先生は教室の名簿を手に取った。


「進行を早めるため、ペアは五十音順で組む。みんな、自分の前後が誰か分かっているだろう?前の順番の人は動かず、後の順番の人だけ動く」


みんな諦めたのか、肩を落として、次々と席から立ち上がった。


私も席から立ち上がる。


名簿順に二人ずつペアを組むなら、私は後ろの順番になる。


そして、私のすぐ前の番号は宮田くんだった。


ノートとペンを持って、宮田くんがいる斜め前の席へ移動すると、宮田くんはうつむいていた。


「宮田くん、大丈夫? どこか具合でも悪いの?」


心配そうに声をかけると、宮田くんは顔を上げて私を見上げ、


「いや、そんなんじゃない」


と言って、顔を背けた。


私は首をかしげながら、宮田くんの隣の席に座り、机を回して宮田くんの机に寄せた。


「あ、ごめん。俺も回すよ」


宮田くんも机を回して、私たちは向かい合って座った。


「みんな座ったみたいだな。今から自分の価値観、人生観、趣味。何でも構わない。自由に議論するように。授業終了の5分前に私がまとめをする。では、始めなさい」


全員着席したことを確認して、先生は再び宣言した。


間もなく、ざわめきが響き渡り始めた。


「ふふ、こうして向かい合って話すのは久しぶりだね」


私が微笑みながらそう言うと、


「授業中の議論だろ。あの時とは違うし」


宮田くんは頭に手を当て、落ち着いた声で言った。


「そうね。じゃあ、始めよっか」


私は姿勢を直して、しばらく宮田くんの目を見つめた後、


「宮田くんは、何か将来の夢とか、目標とかある?」


そう尋ねた。


「うっ、俺からかよ」


「だって、私が先に聞かないと、始まらないでしょ? 宮田くん、私について気になることってないだろうし」


顔をしかめる宮田くんを見ながら、ちょっとだけ頬を膨らませた。


「そ、それは……確かに」


すると宮田くんは少しうつむいて、固くうなずいた。


そんな宮田くんを見て、少し意地悪したくなった私は、


「でしょ? だから、宮田くんから答えて」


拗ねたように、パッと顔を背けた。


「うっ……わ、わかったよ」


宮田くんはうつむいたまま答えた。


私は少し満足げに笑うと、また顔を向けた。


「俺の場合は……何かはっきり決まっているわけじゃない」


宮田くんが顔を上げた。


「うーん……じゃあ、抽象的ってこと?」


少し考えた後、言葉を選びながら尋ねた。


「抽象的……って言うにもちょっと曖昧かな。俺がやりたいのは、想像を現実にすることなんだよ。だから、空想のようなものに過ぎないとは……思わない」


想像を現実にすること


その言葉を聞いて、ファンタジーやSF映画のようなものが頭に浮かんだ。


「じゃあ……宮田くんは作家になろうとしてるの?」


だから、私が次に投げかける質問は、ありきたりなものだった。


「ん?いや、そっちではない」


宮田くんは軽く首を振った。


え、違うの?うーん……作家以外に、想像を現実に変えられる仕事って他に何があったんだろう……


「けど、何かを作り出したいと思うのは本当だよ。ただ、それが物語じゃないだけ」


うつむいて考え込んでいた私は、宮田くんのその言葉に再び顔を上げた。


「うーん…じゃあ、例えば何を作りたいの?こういう机とか?」


私がそう言うと、宮田くんは黙り込んだ。


あまりにも適当な例えだったかなと思い、どう取り繕おうかと考えていると、


「分からない。目に見えるものを作りたいとは思うけど、それがオフィス家具なのか、それとも日常生活に役立つ研究結果のようなものなのか」


宮田くんはそこまで言って、言葉を切った。


何かもっと言いたいことがあるけど、どう続ければいいかわからず、言葉を詰まらせているような感じだった。


なぜか、その話を続けてほしいと思った私は、


「そんな悩み、いいね。どちらでも、みんなが便利に利用できるよう手助けすることになるんだし」


と、共感する言葉を口にした。


宮田くんの話は深くて、私が普段考えなかったことだったので、それくらいの言葉しかかけられなかった。


宮田くんはしばらく視線を下げた後、


「うん、でも特に社会に貢献したいとか思ってるわけじゃない。ただ、」


すぐに私の目を見てそう言って、また黙ってしまった。


「ただ?」


私は反射的に聞き返した。すると、


「ただ……もし、世の中に意味のあることがあるんだとしたら……それくらいじゃないかな……と。何となく考えていただけだよ」


宮田くんは少し横を向いて答えた。


私は何を言えばいいのか分からず、しばらく口をつぐんでいた。


ただ、一つだけ胸にざわつく何かがあった。


でも、それを口にすると自分がさらけ出してしまうような気がしたから


尚更、何も言えなかった。


「って俺だけ話すのは不公平だろ。宮本さんはどうなんだよ。将来、どんな仕事したいか、考えた事とかある?」


そうして私が黙っていると、珍しく宮田くんが不満げな声で逆に質問してきた。


「うううん、まだ。大学に進学するつもりだから、勉強はコツコツはしてるけど、まだどの学部にするかは決めてないし」


私は気まずそうに笑いながら答えた。


答えているだけなのに、心臓がドキドキしていた。


あの時と似たような感覚だった。


宮田くんを見つけて好奇心で後を追って、宮田くんと目が合って壁に隠れてしまったあの日、



「嘘だと、思わない。」



宮田くんはからかったり、流したりせず、ただ受け止めてくれた。


「やりたいこととか、ないのか? まあ、俺だって決めてない癖に聞くのはちょっとなんだけど」


宮田くんはうつむいた。


「えっ、そ、そんな風に言う必要ないじゃない。決めてないだけで、ちゃんと悩んでるんだから。それに、質問するのに資格なんて要らないと思うし」


私は慌てて、両手を上げて左右に振った。


すると、宮田くんは再び顔を上げ、私の目を見てから、またうつむいた。


「そ、それでね? 私、やりたいことはたくさんあるの。人と話すのが好きだから、カウンセリング関連の仕事もやってみたいし、VTuberもやってみたいし、普通の事務職に入って人とコミュニケーション取りながらやる仕事も……」


気まずくなった空気を和らげる為に口にした言葉だったけど、言ってる間どんどん自信を失っていた。


嘘ではなかったけど、結局自分がどんな仕事をしたいのかはっきりしていないというのも事実だったので


少し彼の顔を見つめた。


宮田くんはやがて静かに顔を上げて、


「カウンセリングを除けば、全部学部とは関係ない職種だな」


それだけ言った。


「う、うん。ちょっと変だよね?だって全部違う分野だし、それでも全部やりたいって言っているんだから」


気まずそうに笑いながらそこまで言った、その時


ドンッ!


と、教鞭が黒板を叩く音が聞こえた。


瞬間、その場にいた全員が一斉に口を閉じ、前を見た。


「では、そこまで。授業終了まであと5分だから、まとめに入る。みんな、自分の席に戻って」


私は宮田くんに軽く目配せをした後、席を片付けて、自分の席に戻った。


「みんな、有意義な時間だったかな?」


先生のその言葉に答える者は誰もいなかった。


「うーん……相変わらず静かだな。そんな君たちに課題を出そう」


直ぐに、生徒の中から「えぇっ」と言う声が聞こえた。


「そんな顔するな。これも君たちのためなんだから。内容は簡単だ。今日話した相手とまた会話し、お互いの価値観や人生観などを聞き出し、要約と共に感想文をレポートとして提出すればいい。」


先生はそんな生徒たちの反応は気にせず、話を締めくくった。


それはそうと、レポートか……


私は宮田くんの席をちらりと見た。


宮田くんは静かに顔を上げ、先生の方を見ているだけだった。


先生は黒板に課題の内容を書いていた。


今まで真剣に考えたことのなかった将来のこと


でも、だからこそ誰かと一緒に考え、話し合うってことは今の私にとって間違いなく役に立つんだと思った。


それに……



「分からない。目に見えるものを作りたいとは思うけど、それがオフィス家具なのか、それとも日常生活に役立つ研究結果のようなものなのか」



宮田くんは具体的じゃないって言ったけれど、少なくともその言葉をじっくり考えてみると、方向性はきちんと掴んでいるような気がした。


宮田くんと話してみれば、私も方向性とか見つかるのかな?


自分の夢や将来のことについて他人に頼ってしまうのは、良くないとは思うけど……


確かではなかったけど、それでも言葉にできる宮田くんがちょっと羨ましかった。


だからこそ、先生が課してくれた課題は、私にとってチャンスのように感じられた。


宮田くんは……どう感じるか分からないけれど……


私には、宮田くんの考えを聞くのが役に立ちそうだった。


でも、私だけ助かるのはちょっと気が引けるし……


私も……宮田くんの役に立てそうな何かないのかな?


せっかく課題で一緒に話すんだもの。宮田くんにも何か助けになってあげたい。


そう思って再び宮田くんの席を見ると、宮田くんは相変わらず顔を上げたまま、静かに前を見つめていた。


けどその姿が、いつもよりひときわ記憶に残った。



考えなければならないことを考えるべき時期


授業の中で何故か気にかかったその言葉


ただ、こんな時間が続いたらいいなと考えていた時


私は初めて、未来と真剣に向き合い始めた。

第十七話までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、宮本愛の視点から、

彼女が普段隠している内面や、周囲の人間関係を静かに見渡す彼女の一日を描きました。


これまで愛は、明るく親しみやすい姿を見せながらも、

誰にも本当の心を覗かせず、

どこか一定の距離を保ちながら過ごしてきました。


けれどこの日、

授業で行われたペアでの議論をきっかけに、

言葉少なげな態度の奥で、自分自身の問いや思いと向き合おうとする弘明の姿に触れ、

彼が抱いている『真っ直ぐな軸』を強く意識することになります。


これまで『今』の楽しさや面白いことだけに留まっていた彼女にとって、

自分の考えを言葉にする弘明の存在は、

どこか眩しく、自分自身を見つめ直す小さな一歩になったのかもしれません。


弘明との対話を通じて心に生まれたこの小さな波紋が、

これから二人の関係や彼女自身にどのような変化をもたらしていくのか。

それは、愛自身にもまだ分かっていません。

けれど、今日という一日が、彼女の世界を少しだけ広げたことだけは確かです。


この時間が彼女にとってどんな意味を持つことになるのか。

その答えを急がず、そっと見届けていただけたら嬉しいです。


ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。

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