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第十六話:紡がれる絆、綴る気持ち

鳥たちがさえずる声


朝の眠気の中でそっと目を開けると、日差しが部屋を明るく照らしていた。


「うーん…もうちょっと…」


目を閉じ、再び体を丸めた。


まだ目覚まし時計が鳴っていなかったから、もうちょっとだけ眠りたかった。


けど、


ピッピッピッ、ピッピッピッ、ピッピッピッ

カチッ


枕元から響く音に反射的に手を伸ばしてボタンを押した。


それで音は止んだけど、おかげで眠気も完全に覚めてしまった。


「はあ…髪、洗いに行こう…」


ベッドの上に座って伸びをし、寝ている間に乱れた髪を手で適当に整えながら、部屋を出た。


廊下を通り抜け脱衣所に入り、洗面台で冷たい水を顔にかける。


するとまだ完全に覚めていなかった精神が、一気に現実に戻ってきた。


タオルで顔を適当に拭いた後、鏡の中の自分と目が合った。


「……」


昨日より腫れた目。何か夢を見たような気がするけど、特に覚えはない。


浴室で髪を洗って、また洗面台に戻り、上の棚からドライヤーを取り出して髪を乾かした。


その後、髪をまた整えながらドアを開けると、


「あら、綾乃。今日は珍しく早起きだね?週末の朝はいつも寝坊なのに」


お母さんとばったり出くわしてしまった。


「おはよう、お母さん。目覚ましより前に目が覚めちゃってさ」


私は少し困ったような笑みを浮かべた。


「そうだったの。で、朝早くからどっか行くの?」


お母さんは首をかしげた。


「ううん、今じゃなくて午後に出かけるつもり。友達との約束があるから。寝相が悪かったせいか、髪が随分と乱れていたから先に洗っただけ」


軽く手を左右に振りながら答えた。


「友達?綾乃が友達と呼べるような子がいたっけ?」


「うっ…」


その言葉に、思わず声を漏らして表情を歪めた。


「新しく知り合った子がいるんだ。今度話すから」


そこまで言って、お母さんをさっとすり抜けて部屋に戻った。


昔からそうだった。お母さんはあまりにも無神経だ。


幾ら事実だとして、そこまで言うことないじゃない…


胸が締め付けられるような感覚に、スマートフォンを手に取ったけど力なく下ろした。


何をしても変わることなどない。


後藤くんみたいに、何かに夢中になれたら……いいのに


ふと、後藤くんの姿が脳裏をよぎった。


全力で走る姿、息を切らしている真剣な表情


彼はどうして走るのが好きになったんだろう…?


そこまで考えた時、不思議と心臓の感覚が少しずつ薄れていくのに気づいた。


なぜだろう?


ただ、後藤くんのこと考えただけなのに…


そういえば、前にもこんなことがあった。


訳もなく低気圧だったある日


後藤くんが走る姿を遠くでぼんやり眺めていたら、何だか落ち着いていて…


変な感じだった。


特に女の子にだけ優しくしたり、よくしてくれたりするわけじゃなくて、


後藤くんは誰にでも同じように接するのに


なぜ私は後藤くんを見ていると、落ち着くんだろう…?


少し考えて、首を左右に振った。


考えても浮かばないなら、これ以上考えたって時間の無駄だから


「よし、本でも読もう」


私は席から立って、机の上に置いた昨日読みかけた本を取ろうとした。


けど、


「綾乃~朝ご飯食べなさい~」


遠くから聞こえてきたお母さんの呼び声に、手が止まった。



あまり食べたくない朝食と昼飯を家で済ませた後、私は家を出た。


もちろん、友達との約束のせいもあるけど、家にいたくなかったのも大きかった。


お母さん、いっそ週末にも夜遅くまで仕事だったらいいのに


そうすれば、ほぼ毎週末こんな気分味わわなくて済むのに


随分自分勝手だけど、


学校を卒業した後就職したら、絶対独立しようって思った。


幸いなことに、家から徒歩で15分くらいの距離には、図書館という息抜きができる場所があった。


人が大勢いるのは少し気が引くけど、より広い空間だし、少なくとも私に無駄話をしてくる人はいないから


未だに夢中で読んで、感動した本が一冊もないのを見れば、もしかしたら私は本を読むのが好きなわけじゃなくて、ただ一人で時間を過ごす何かが必要だったんじゃないかなって思ってしまう。


でも、他のことはやりたくなかった。


大勢の友達とおしゃべりする自分の姿は想像できなかったし、SNSもクラスメイトに教えてもらってやってみたけど、これの何がそんなに面白いのかわからなかったから。


本以外にやるのって、せいぜいテレビでたまにドラマを観るくらいかな…?


でも、それさえもそこまで面白いと感じたことはなかった。


だから、私は読むしかなかった。それしかできなかった。


読みたい時にだけページを開いて、止めたくなったらそのまま閉じる。


そんな勝手が許されるのは、本くらいだったから。


でも、このままでいても大丈夫かな…


何だか一生懸命に生きている人達に悪い気もする。


うーん…春香ちゃんなら、何か知ってるんじゃないかな…


春香ちゃんに頼りすぎなんじゃないかなとは思うけど…


「でも、私。ちゃんと距離感、注意しているし…」


意見くらい聞いてもいいんじゃないかな


そう考えながら、慎重にラインの画面を開き、春香ちゃんにメッセージを送った。


ちょうど横断歩道の信号で足を止めていたところだった。


「春香ちゃん、私、もうすぐ着くんだけど、どう?道、混んでない?」


1分経っても、返信は来なかった。


横断歩道の信号が変わって、向こう側へ渡っていたその時


ブーンブーンブーン


スマートフォンが震えた。


春香ちゃんかなと思い、確認してみると、春香ちゃんから電話がかかってきていた。


「もしもし、春香ちゃん?」


歩いている人や通り過ぎる自転車にぶつからないように、周囲を見回してから電話に出た。


幸いにも、周りには遠くから歩いてくる人が一人いるだけだった。


「うん、綾乃ちゃん。私、乗り物酔いしちゃってスマホでメッセージ打てなくて電話したの」


春香ちゃんの少し申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


「あ、ううん、それは大丈夫。それより乗り物酔いしてたんだ、春香ちゃん。毎日バス通学なのに、大変そう」


私も春香ちゃんに合わせて、少し心配そうな声で答えた。


「うん、でも10分くらいだから…我慢できる。あっ、バスは渋滞してないから心配しなくていいよ」


その言葉に、どう返そうか考えていると、


「じゃあ、綾乃ちゃん、また後でね!切るね!」


電話が切れた。


春香ちゃんはいつも明るいんだな…


私とは違う。


いつも自分より相手のことを先に考えて行動する。


私は自分のことだけでも精一杯なのに…


だからなおさら、気を使ってしまう。


私みたいな子は、自分をさらけ出すと、きっと周りに迷惑をかけちゃうから


ぼんやりそんなことを考えながら、待ち合わせ場所へ向かう足を早めた。



「うん、それでね?春香ちゃんはどう思う?」


1時間ほど静かにそれぞれ本を読む時間を過ごした後、私たちは外に出てベンチで話を始めた。


「うーん…そうだね。綾乃ちゃんは、自分が何を望んでるのか、まだよく分かってないのかも」


春香ちゃんは人差し指を顎に当て、そっと顔を上げた。


やっぱり、春香ちゃんに相談して良かったと思った。


春香ちゃんは他の人と違って、私の話を決して軽く流したりしなかった。


これがこの子の天性なんだろうな…


「綾乃ちゃん、初めて会った時のこと、覚えてる?」


すると、春香ちゃんはふと顔を向けて、静かに微笑んだ。


「うん、たまたま二人とも掃除当番だったから、ゴミ捨て場で会ったんだよね」


私も微笑んだ。


「うん、あの時綾乃ちゃん、誰かに捨てられた小説を見て、『もったいない』って言ったよね。それで一緒に本の話をしたのが始まりだった」


はっきり覚えていた。


思わずそう言ったら、春香ちゃんは今みたいに笑ってくれた。


「うん、そうだったね」


返事はしたけど、それ以上はどう言えばいいのか分からなくて、言葉を続けられなかった。


だから、できるだけ自然に見えるよう、笑顔を維持しようとした。


「それでね?私は、綾乃ちゃんは本が好きなんだと思ったんだ」


好きなのは、間違いない。


だけど、春香ちゃんのほどじゃないから


「でも」


春香ちゃんは話を続けた。


「今、綾乃ちゃんの話を聞いてみると、私とは違って、綾乃ちゃんは本からそこまでは楽しさを感じられないんだなって思うの」


その言葉は、なぜか耳ではなく、胸のあたりに響いたような気がした。


「やっぱりそう、なのかな…」


私はそっとうつむいた。


春香ちゃんはしばらく何も言わなかったけれど、


「綾乃ちゃんは、何かに夢中になってやったことない?時間が経つのも忘れて、ひたすら一つのことに集中して、いつの間にか終わってしまって、でも何かずっと思い出してしまうような…そんなこと」


ふと、そんな質問をしてきた。


瞬間、後藤くんの走る姿が浮かんだ。


何でだろう?春香ちゃんの今の質問とは別に関係ないはずなのに


でも、手がかりだけでも掴みたいという気持ちで、私は視線は落としたまま、顔だけ向けてボソッと言葉を出した。


「その…春香ちゃんが今聞いたことの答えにはなれないんだとは思うけど…」


春香ちゃんは何も言わないで、私の言葉が終わるまで待っていてくれるようだった。


「誰かが走る姿を、知らず知らず追いかけてしまう…そんなこと…」


顔を上げたけど、言葉の語尾は細くなった。


「え、それって、もしかして後藤くんのこと?」


私は静かにうなずいた。


「何か分かる気がする。私も…そういうこと、あったから」


春香ちゃんは誰かを思い出すように顔を上げて少し上を見上げると、


「知らず知らずのうちに、ある人を考えている、そういうこと。今、綾乃ちゃんが欲しいのって、その相手との関係についての部分じゃないかな?」


再び顔を伏せ、私を見てふわりと微笑んだ。


「関係についての部分…?」


反射的に、そう問い返した。


「うん、その人ともっと親しくなりたいとか、今よりもっと距離を縮めたいとか、そういうこと」


春香ちゃんは笑顔のまま、顔を正面に向けた。


「前に本で読んだことがあるの。ある人に夢中になって追いかけ続けるのは、愛の始まりなんだって。恋愛感情なのか友情なのかはまだ分からないけど、今の綾乃ちゃんと合ってる言葉なんじゃないかな」


そこまで言うと、


「綾乃ちゃんはどう思う? ……後藤くんのこと」


顔を向け、私の目をまっすぐ見つめた。


口元には笑みを浮かべていたけど、眼差しがあまりに真剣で、一瞬視線をそらしたくなった。


けど、そうはできなかった。


これ以上、もう自分が何をしたいのかもわからないままでいたくなかったから


「うん。…もっと、うまく話せるようになれたらいいな…って思う」


この前、自主練の時のことを思い出した。


手伝いながらも言葉を選ぶのに戸惑って、結局朝練も手伝うなんて変なこと口にしてしまって…


もっと親しくなれば、そんなこと気にせず話せるはずなのに


もっと自然な関係になりたい。


「それなら…いいんじゃないかな?」


「ん?」


春香ちゃんの言葉に、思わず首をかしげた。


「人の感情って、実は自分自身でもよくわからないものだから。今のその感情がどこへ向かうかはわからなくても、綾乃ちゃんが望むものを見つけたのなら、それでいいと思う」


春香ちゃんはそんな私をしばらく静かに見つめると、再び正面を向いた。


「うん、もっと自然な関係になりたい」


私も顔を正面に向いて、少し頷いた。


「そうね。今より自然体でいられるようになったら、後藤くんともっと上手く話せると思う」


春香ちゃんはそう言って、私の方を見た。


「うん。ありがとう、春香ちゃん。やっぱり、春香ちゃんに相談して良かった。」


私も顔を向け、春香ちゃんを見つめながら微笑んだ。


普段とは違う、自然に浮かんだ笑顔で


「春香ちゃんも何か相談したいことあったら、言ってね。私、知ってることは少ないけど……それでも話を聞くくらいはできるから」


目に少し力を込めながらそう言った。


「私の方こそ、話してくれてありがとう。何か思い付いたら、相談するね」


春香ちゃんは目を閉じてにこりと笑った。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか。私、次の展開がちょっと気になってて……あはは」


春香ちゃんは照れくさそうに笑いながら、右手で頬をかいた。


「……そうね。私も、次の展開……ちょっと気になってた。…帰ろっか?」


「うん!」


顔を見合わせて、私たちは同時に席を立ち、再び図書館へ向かった。



春香ちゃんと別れ、家に帰って夕食を食べた後、部屋に戻ってベッドに腰をかけぼんやりと床を見つめていると、今は痛まないけど、まだ少し腫れている膝の外側が目に入った。


後藤くん…普段と違って慎重に私の腕を肩にかけて支えてくれたんだな


「何かお礼…したいな。それと…」


今よりもっと距離縮められたらいいな


「うーん…何がいいかな…」


プレゼント?ううん、そんなの背伸びしてるみたいで、何か気が引けるし


「打ち解けるには、やっぱり話をしないと、かな?自然に話せる場所って言えば…」


そう言いながら、私はそのまま背中をベッドに寄り掛かった。



思いがけずできた友達を通じて小さな手がかりをつかんだあの日、


私は知らなかった自分のことと少しずつ向き合い始めた。

第十六話までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、鹿島綾乃の視点から、

彼女が自分自身と向き合い始める一日を描きました。


これまで綾乃は、誰にも心の内を見せず、

ただ日々をやり過ごすことに精一杯で、

誰かに頼ることを避けてきました。


けれどこの日、

たまたま掃除当番で出会って以来、読書という共通点から少しずつ距離を縮めていた春香に、

自分でも気づかないうちに意識し始めていたある人のことを、初めて言葉として打ち明けたことで、

彼女の中で何かが少しずつ動き始めます。


それは、感情を整理することに慣れていなかった彼女にとって、

はじめて誰かと一緒に言葉を紡いだ瞬間でもありました。


彼女が「自然な関係になりたい」と口にしたとき、

それは、これまで曖昧にしてきた感情に輪郭を与えようとする、ささやかな一歩でした。


言葉になった気持ちが、どのように形を変えていくのかは、

この時点では、綾乃自身にもまだ分かっていません。

けれど、今日という一日が、ほんの少しだけ彼女の世界を揺らしたことだけは確かです。


今日のこの一日が、彼女にとってどんな意味を持つことになるのか。

その答えを急がず、そっと見届けていただけたら嬉しいです。


ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。

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