英雄達の凱旋①
「小蘭⋯本当に大丈夫?」
睦瑤と環莉が小蘭を心配して自分の配属場所になかなか行けずにいた。
「大丈夫だよ!ほら、早く行かないと貴女達が怒られるから!」
白風はそんな二人を連れて歩き出すが、こちらに向けて笑顔で手を振る小蘭を見ても不安しかない。
(今日は青大将軍達が帰還される日だわ⋯祝賀会で何もないといいけど⋯)
不安を拭えないまま白風も自分の配属先に向かった。
「よし、私も行くか!」
意を決して配属先に向かう小蘭だが、行く途中でも事情を知る女官から侮蔑の目を向けられたり、笑われたりと散々だったが、気にせずに皇宮の奥にある寂れた小屋に急ぐ。だがその小屋に近づくにつれて強烈な悪臭が小蘭を襲った。
「ウッ!想像以上ね⋯」
小蘭はハンカチで鼻を覆い、小屋の戸を叩いた。すると、すぐに戸が開いて、出てきたのは病的に痩せ細った若い男性だった。
「女?ここに何の用だ?」
「はい。ここに配属されました。名は小蘭です」
配属されたと聞いた男性は驚いた顔をした。
「お前、まだ若いだろう?一体何をしてここに追いやられたんだ?」
「分かりませんが、ここへと言われて来ました」
「そうか⋯」
そう呟いた男性が小蘭を小屋の中に案内してくれたが、その悲惨な光景に言葉を失ってしまった。
「酷いだろ?あそこには近寄るな?感染症に冒されてるが治す薬も無ければ食うにも困っている惨状だ。あいつらはもう長くはないだろう」
汚れた薄い布団に寝かされている二人の男性。骸骨のように痩せ細り苦しそうに呻いていた。
「糞尿を扱ってるのに防御服は着せてくれないようね」
「ああ。だから傷口から感染してこの通りさ」
若い男性は唖然とする小蘭を見ながら答えた。
「他の人は何処にいるの?」
「もう作業をしてるよ。俺はこの二人の看病をしているが、役人は早く死んでほしくて仕方が無いらしい。飯もくれなくなったよ」
「⋯⋯酷いわね」
そう言うと、服の袖から小さい巾着を出して男性に渡す小蘭。
「これは?何だか上等な巾着だな。俺なんかが触っていいのか?」
「何を言ってるの?当たり前よ!この巾着の中には薬が入ってるから飲ませてあげて」
「薬?これは⋯こんな高級な薬を何で持っているんだ!?」
小蘭が渡したのは”漢龍玉“と呼ばれる非常に珍しい薬で、高額で取引される万能薬であった。
「ああ、これは自分で煎じて作ったのよ!だからただのようなものなの。⋯でも漢龍玉を知ってるなんて、貴方一体何者なの?一般には出回らない代物なのに何処で聞いたの?」
「お前こそ自分で煎じただと?材料も手に入りにくいしかなりの高額だぞ!?」
「はあ。今は言い合ってる場合じゃないわ!早く飲ませてあげて!」
「⋯⋯ああ」
男性は苦しむ病人達に薬を飲ませていく。すると呻き苦しんでいた男性達の息が穏やかになり、数分も経たないうちに意識も回復していた。
「おいおい⋯漢龍玉の効力がここまでとは⋯」
あまりの光景に唖然とする若い男性。
「それよりも酷い環境ね。空気を入れ替える為に窓を開けても悪臭だし」
「ここには人権なんてものはないからな。死んだら次を入れるの繰り返しだ」
「抗議はしたの?」
「ああ、だが俺達の評判はすこぶる悪いから誰もろくに話を聞いてくれない」
小蘭は何か考える仕草をして、すぐに男性を見た。
「この地獄のような場所を改善しましょう!」
「⋯⋯聞いていたか?俺たちの言う事なんて誰も聞いてくれない!」
「方法はあるわよ?私が女官になった事よ!ふふふ」
不敵な笑みを浮かべる小蘭に、寒気を覚える男性だが、次の瞬間に皇宮の中心部から大きな爆発音が聞こえて来た。
「何だ!?」
「⋯⋯帰ってきたか」
驚いて身を縮める男性の横で、小蘭は意味深に笑ったのだった。
朝早く皇宮に向かった紅司炎だが、密偵から麗蘭がすでに肥溜め掃除に向かったと聞き、急いで後を追おうとしているのを高青が必死に止めている所だった。
「おい放せ!大切に育てた娘が肥溜め掃除をさせられるんだぞ!?」
「分かってます!ですが貴方はこの祝賀会には必要不可欠なんです!小蘭なら呼びに行かせましたからこちらに向かってると思いますのでどうか落ち着いて下さい!」
言い合う司炎と高青の横で頭を抱えるのはこの国の皇帝である龍飛だ。
「まさか肥溜め掃除をさせられるなんて⋯あー⋯司炎?」
恐る恐る司炎の機嫌を伺う皇帝陛下に、高青も皇帝の護衛長も霧柔も苦笑いする。
「皇帝陛下、祝賀会で青大将軍や龍麒様にどう説明するつもりですか?あんたも俺も殺されるかもな!」
「おい!否定できないぞ!?光海は何か反応があったか!?」
「ないから怖いんだよ!俺だって今すぐにでも殺したい連中がいるんだぞ?」
言い合う紅司炎と皇帝だが、そこに恐ろしい報告が飛び込んできた。
「陛下!青大将軍と第二皇子龍麒様が都に入られました!都は大騒ぎです!こちらも今すぐに準備を⋯⋯あれ?」
高青の直属の部下である太監が意気揚々と興奮気味に報告に来たのだが、この場の殺伐な雰囲気に息を飲んだ。
「はあ、報告ご苦労。⋯⋯“王”達は揃っているのか?」
「あ⋯はい!緑州王と青州王はもう席に着いております!ですが、黒州王と白州王がまだお見えになっておりません!」
紅州王はここにいる紅司炎だ。
「光海の様子はどうだ?」
「緑州王はずっと目を閉じたまま何故か動きません!周りの者達は恐ろしくて近寄りません!」
皇帝からの問いに緊張しながらも馬鹿正直に答える太監。
「陛下、とりあえず向かいましょう。皇后や妃嬪も席に着いておられますので遅れると⋯」
「ああ。そうだな」
溜め息を吐き、深呼吸するといつもの威厳ある皇帝”黄龍飛“として堂々と歩き出した。その後ろから紅司炎、高青も続いた。護衛長である霧柔が数十人の護衛兵を引き連れて皇帝達の周りを囲んだ。
そして司会進行の太監が皇帝陛下の名を呼ぶと、堂々とした風貌で歩いて来る龍飛を思惑ありげで見つめる視線が一気に集中する。紅司炎は自分の為に設けられた席に座ったが、隣で紅夫人が笑顔で待っていた。
「旦那様、麗蘭には会いましたか?」
「麗蘭の事はお前に関係ないだろう?”気にするな“」
冷たく突き放すと、司炎はもう紅夫人を見ることはなかった。紅夫人は笑顔で頷いたが、拳を強く握り締めていた。
司炎は斜め前に座る緑州王を見たが、ずっと目を閉じているので感情が読みづらい。青州王は五十代くらいの壮年の男性で、白髪が混じった青髪を纏めていて、身長は二メートルはある大柄で屈強な体格だ。性格は豪快で情に厚い頼れる人物だが、決して怒らせてはいけないと言われていた。
(青州王は大丈夫そうだな)
青州王は愛妻である青夫人と楽しく談笑していた。
そして皇帝は高青と何やら話をしていて、皇后や妃嬪達には見向きもしない。相手にされな皇后は横にいる若い男性と話していた。
(皇太子か。相変わらず気弱そうだな)
そんな事を考えていた時だった。
「青大将軍ーー!!龍麒殿下ーー!!ご帰還ーー!!」
銅鑼の音と共に重厚な城門がゆっくりと開いていき、馬に乗った二人の男性が見えて来たのだった。