惨劇の始まり①
「貴女ね!?殿下に悪い事を教えていいと思っているの!?」
ポカンとしている龍朱の横で、何食わぬ顔をして食事をしている小蘭へ怒りをぶつける星花。
「星花様、ここには皇帝陛下がいるのです。大声を出すなど不敬になりますよ?」
“どの口が言っているのか?”と龍朱以外のここにいる全員が思ったが今は口にはしなかった。
「な!陛下、この女官が殿下に下劣な言葉を言わせました!明らかに不敬ですわ!処罰をお願い致します!」
星花は、皇帝である龍飛にここぞとばかり捲し立てているが、小蘭は気にもせずに、龍朱と美味しいそうに肉を頬張っていた。
「はぁ、小蘭。あまり龍朱に変な事を教えるなよ!龍麒みたいになったらどうするんだ?」
頭を抱えながら小蘭へ苦情を入れる龍飛だが、第二皇子である龍麒は気にしていないのか涼しい顔をしていた。
「龍麒みたいですって!?第二皇子に対してなんて言い草なの!?不敬よ!!」
小蘭が放った言葉でその場が静まり返った。星花ですら驚いて目が点になっていた。
「父上~。兄上が可哀想です!」
そこへ畳み掛ける様に龍朱も父親である皇帝へ苦言を入れた。少し前の怯えていた龍朱にはあり得ない行為だった。
紅州王は自分の娘の発言に頭を抱え、紅酉炎は肩を震わせていた。第二皇子である龍麒は顔を真っ赤にして大笑いしていた。皇帝護衛長の霧柔はもう笑うわけにもいかずに必死に耐えていた。
「兄上、あの子は大丈夫ですか?」
「⋯⋯」
酉炎は思わず紅州王に聞いてしまう。
「不敬だと?朕にそう言う者はいなかったから新鮮だな」
苦笑いしながらも小蘭を処罰しようとしない龍飛に、星花や侍女の珊瑚はますます怒りを募らす。
「陛下!明らかに不敬です!女官や宦官も見ていますわ!こんな女官がいては皇宮に質が問われます!処罰をお願い致します!」
星花の発言を聞いた龍飛は明らかに顔色が変わり、怒りを含んでいるのが分かった。聞いていた女官や宦官は絶対に関わりたくないと一歩後ろに下がった。
「はいはい。分かりましたよ。確かに不敬でした!申し訳ありません!」
龍飛の星花への怒りを感じた小蘭は立ち上がると、前へ出てきて頭を下げた。そんな小蘭を見て嫌な笑みを浮かべるのは星花の侍女である珊瑚であった。静かに星花へ近づくと耳打ちする。
「陛下、この者を反省させる為に牢に入れては如何でしょう?」
「お前はいつまで朕に意見するつもりだ?」
龍飛は怒りを隠さずに立ち上がり、護衛長である霧柔から愛剣を受け取ると引き抜こうとする。それを見た星花はひどく驚き、恐怖で体が震えてしまう。珊瑚も予想外の皇帝の怒りに狼狽していた。
「父上!お助け下さい!!⋯叔父上!」
星花は父親である紅州王や叔父である紅酉炎に助けを求めるが、二人ともに動こうともしない。
「おやおや、良いとこに来てしまったかな?」
そこへ黒州王である黒麗南と緑州王である緑光海が現れた。女官達は急いで席を設けて、宦官達は料理を運ぶ指示をしたりと忙しくなるが、この場は冷たいままだ。
「伯父様!助けてくださいませ!」
「お前に伯父様なんて呼ばれたくない。二度と言うな」
星花は席に着こうとする黒麗南へ近づいて助けを求めたが、冷たい口調で吐き捨てられた。
「陛下、姉⋯星花様をお許し下さい。ここにはまだ幼い龍朱様がおりますので流血沙汰は目の毒になります」
不安そうに父親である龍飛を見ている龍朱を見た小蘭が、剣を抜いて星花に近づいて来る龍飛を止めようとする。
「⋯⋯。ではお前が不敬で処罰されるというのか?」
「はい。牢に入ります」
小蘭が真剣に頷くが、それを聞いた周りの者の殺気が半端じゃなく皇帝の龍飛を圧迫する。だがここは皇帝であるがゆえに譲れない。なので牢に入れる事を霧柔に命じたのだった。
「天使ちゃん、心配しないで!私は大丈夫だから!!」
「すん⋯すん⋯明日には会える?」
小蘭は泣き出してしまった龍朱を優しく抱きしめて頷いた。そして周りに睨みつけられ震える兵士達に丁重に連行されていったのだった。
「朕を睨むな。こうするしかないだろう」
王達には睨みつけられ、皇子達にも非難の目を向けられて居た堪れない龍飛。
「お前のせいだ!!お前のせいで小蘭が捕まっちゃったんだ!!うわーーん!!」
龍朱は怒り心頭で星花へ抗議するが、泣き出したので龍飛に命じられた女官達に連れられて戻って行った。
「⋯この女の処分はどうなるんだ?」
今まで黙って見ていた緑光海が星花を指差した。
「あ、緑州王。私は何もしておりません!あの女官の態度が悪かったので抗議をしたのです!」
「紅州王。ご令嬢は異常なくらい責任感が強いのですね?」
緑光海は、紅州王へ対して嫌味を言うが、紅州王はただただ星花を睨みつけていた。
「陛下、あの女官の処分は如何いたしますか?」
事情を聞いた高青が急いでやって来た。
「一晩牢に入れて、翌朝に解放する」
「はっ!」
その間に第二皇子の龍麒は何も言わずに出て行ってしまった。怒り心頭なのは見てすぐに分かったが、それは龍麒だけではないので、龍飛は頭を抱えてしまうのだった。
「入れ」
小蘭は、寒い中、ただ藁が敷き詰められただけの狭い牢に入れられた。
「寒いわね」
白い息を吐き呟いた小蘭。そこへ周りが緊張感に包まれる人物が現れた。
「小蘭、寒いだろ?羽織りを持ってきたぞ」
第二皇子である龍麒が、暖かそうな羽織りを持ってきてくれたのだ。
「あー!ありがたや~!」
「なんであんな女を庇ったんだ?」
嬉しそうに羽織る小蘭に、龍麒が疑問を投げかけた。
「庇いたくて庇ったんじゃないよ!あそこには龍朱殿下がいたでしょ?まだ幼いのに凄惨な光景を見せたくなかっただけ」
「あの女は助かったと思っているが、あの場にいた者達が許すと思うか?」
「⋯⋯。父上もいたから何もないでしょう?」
「お前はあの王達の本当の恐ろしさを知らな過ぎだ。皆が権力だけで跪いていると思うな。あの者達は俺も恐ろしい。父上もだ」
龍麒のいつになく真剣な物言いに、さすがの小蘭も何も言えなかった。
翌朝。
物凄い悲鳴に飛び起きた小蘭。
兵士達は何があったのか忙しく動き回っていた。
「すみませんー!どうしたんですかー?」
大声で問いかけても誰も見向きもしてくれない。小蘭が二度寝をしようとしていたら龍麒が一人でやって来た。
「龍麒、この騒ぎは何なの?もう出られる?」
「⋯⋯。女の死体が出た。今朝、森の入り口に磔にされていた」
龍麒の言葉に嫌な予感しかしない小蘭。
「知ってる人なの?」
「星花の侍女、珊瑚だ⋯⋯多分」
「多分?」
変な言い方の龍麒に、小蘭は顔を顰める。
「損傷が酷い。⋯身体中に矢が刺さっていてな。顔も分からない」
「⋯⋯。なんで珊瑚だと思うの?」
「昨夜の珊瑚の服と耳飾りが一致している。身体的特徴もな。あとは星花が確認すれば済むんだが⋯」
「何よ!まさか星花も!?」
「行方不明だ」
ますます嫌な予感しかしない小蘭は、牢から出してもらうと急いで馬に乗った。そんな小蘭の後を追う龍麒は、飛んでくる矢に気付き剣で弾き返した。矢は龍麒を狙っており、確実に殺す目的で放ってきた。
「龍麒!大丈夫?」
「ああ、このぐらいで死ぬかよ」
二人は森の奥までやって来た。馬から降りて歩いていると、ひどい血溜まりができている場所があった。ここが殺害現場だと分かるくらい凄惨な現場だった。
「ここね。いくら悲鳴をあげてもここなら聞こえないわ⋯」
「この木に縛り付けられて動けないところに矢が放たれたんだな」
「拷問ね。酷すぎるわ⋯少しずつ少しずつ痛ぶって殺したんだわ」
「おい、あれを見ろ」
龍麒の指差した方に、血が滴り落ちていた。血がある所を見つけては近くを探す小蘭と龍麒だが、その時に微かに女性の呻き声が聞こえた。
「あの岩の後ろね。私が行くわ」
足音と気配を消した小蘭が、ゆっくりと大岩の後ろを確認すると、そこには血まみれでボロボロの星花が苦しそうに呻いていた。
「姉上!!」
小蘭が苦しそうな星花に近づくと、星花はひどく怯えた様子で辺りを見回している。
「私だけよ!一体何があったの!?」
星花の太ももには矢が刺さり、肩にも刺さっていた。
「あ⋯殺される⋯殺される⋯」
ブルブルと震え、そして気絶してしまった。相当な怖い目に遭ったのだろう。
小蘭は星花をヒョイと軽く抱えると、龍麒の待つ場所へ戻って行った。だがそこには見覚えのある人物達が龍麒を囲んでいた。
「生きてたの?」
「ふふ⋯貴女より先にこの女を始末しようとしたのに先を越されたわ」
そこには死んだとさ思われていた珊瑚が数人の黒ずくめの者と立っていたのだった。




