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貴族令嬢の末路②

「何て事を⋯!今すぐに凛黎(リンレイ)を呼んでこい!!」


立派な漢服を着た壮年の男性が、家令に強く命じた。先ほど帰宅した娘の態度がどうも変だったので娘付きの女官を問い詰めたところ、恐ろしい話を聞かされる事になり怒りが収まらない。


「陛下の目の前で皇帝付きの女官を打つとは!あの馬鹿娘が!」


「旦那様、落ち着いて下さいませ。黒家が動いても我が江家に後ろ暗い所は何もありませんわ」


落ち着きなく歩き回る男性の横で、堂々と座っている妙齢の女性がハッキリと宣言する。まるで誰かに聞かせているようだ。


この壮年の男性は江家の当主である庸衞(ヨウエイ)侯で、妙齢の女性は正妻である秦心(シンシン)侯夫人だ。するとそこに家令と従者に連れられて放心状態の凛黎がやって来た。そして目の前にいる父親に気付いて泣きながら縋り付いた。


「父上!!どうかお助け下さい!!黒家が⋯それに紅州王が⋯殺される⋯殺されるわ!!」


「その女官は一体何者なのだ?紅州王と対等に話をしていたらしいではないか?」


錯乱している娘を冷たく見下ろす庸衞侯と秦心侯夫人は、話にならない娘を無視して横で平伏す女官に改めて問う。


「はい!紅州王もですが、陛下とも堂々と話しておりました。第二皇子である龍麒(ロンキ)殿下や第三皇子である龍朱(ロンシュウ)殿下ともかなり親しげでした」


「⋯⋯。名は何という?」


小蘭(シャオラン)と呼ばれておりました」


小蘭と聞いた庸衞侯と秦心侯夫人の顔色が変わった。


「旦那様、この件はわたくしが対応いたしますわ」


そう言うと、娘の凛黎を無理矢理に起き上がらせると引き摺るように屋敷から出て行った。残された庸衞侯は頭を抱えながらも、小蘭のことを考えていた。


「麗蘭様は本当に皇宮女官をしているのか⋯大丈夫なのか?」


お転婆な姿しか見てこなかった庸衞侯は、我が娘より皇帝付きの女官の心配をしていたのだった。





「もう今日は終わりにします!皆様ご苦労様でした!!」


優雅に見学していた王達や皇帝陛下までも手を叩きながら追い出そうとする小蘭は、周りにいる宦官や女官達の血の気を奪っていく。


「凄く楽しかった!!」


未だに興奮状態の龍朱は、小蘭に纏わりつきキャッキャ騒いでいた。


「天使ちゃん、また明日ね!ちゃんと勉強もしてご飯も食べてよく寝るのよ!」


「はい!!」


「お前は母親か!?」


そんな二人の会話を聞いて、白風雷が呆れていた。小蘭は気にせずに第二皇女の蓉花(ヨウホワン)をひたすら勧誘していた。


「本当にうちの軍に入ってくれないのですか?」


「入りません!さっきからうちの軍って言ってるけどあんたは一体何者よ!」


ただの女官だと思うほど蓉花は馬鹿ではない。周りの反応や態度でこの女官には絶対に逆らってはいけないと分かる。


「⋯⋯まぁ蓉花様には教えても良いかな?」


「?」


小蘭は不敬にも紅州王を指差すと、蓉花の耳元で信じられない発言をした。


「あの人が私の父上です」


「!?!?」


パニックになった蓉花を龍朱が心配そうに見つめていた。


「あ⋯じゃあ⋯紅州王の娘って事は⋯星花(セイファ)には会った事があるから⋯まさか戦姫?」


「はい。紅麗蘭と申します。内緒ですよ?」


「何で女官なんかやってんのよ?」


「恋してという邪な思いででしたが、今は真面目に就職しようと思いまして⋯」


コソコソと話している小蘭と蓉花に皇帝である龍飛(ロンフェイ)が近づいて来た。


「蓉花、この件は内密に頼むぞ?」


「あ、はい。でも貴女ならどこにでも嫁げるし働く事はないんじゃない?」


「ダメだ!嫁ぐなんてまだまだ早すぎる!!」


何故か皇帝がムキになっているので小蘭が宥めていると、そこへよく知る人物がこちらに歩いて来るのに気付いた。その女性の背後には先ほど小蘭を打った令嬢が隠れるように立っているがひどく震えていた。


「皇帝陛下、そして紅州王にご挨拶いたします」


深々と礼をするその女性は、他の王には見向きもせずに堂々としている。


「おお、秦心侯夫人か。久しいな」


皇帝である龍飛は、挨拶しつつも秦心侯夫人の背後にいる令嬢を厳しい目で見ていた。それに気付いている夫人は娘の凛黎と共に急いでその場に平伏した。


「この度は我が娘が愚かな行為を致しました。誠に申し訳ございません」


「ふむ。あれは確かに愚かな行為であった。司炎、どうするんだ?」


龍飛に問われた紅州王は、平伏したままの秦心侯夫人と凛黎を見下ろしていたが、近くにいた従者に指示して起き上がらせた。秦心侯夫人と凛黎はふらつきながらも立ち上がると、また深々と頭を下げた。


「紅州王、御慈悲を下さりありがとうございます」


秦心侯夫人と凛黎は優しく微笑む紅州王を見て安堵していた。だが、決して笑う事などない“氷の貴公子”として有名な紅司炎の違和感に他の者は気付いていた。


「夫人、長女以外にも娘はいるのか?」


「⋯ええ、二人おります」


紅州王の質問に素直に答える秦心侯夫人だが、流石に違和感を感じ始めた。だが気づいた時にはもう遅かった。紅州王の顔からすぐに笑顔が消え、いつもの冷酷で無慈悲な顔に変わったからだ。


「陛下、この娘は死罪に致します」


「そんな⋯死罪は重すぎます!陛下⋯どうかご慈悲を!」


紅州王から出た死罪という言葉に、凛黎は衝撃を受けて倒れてしまった。秦心侯夫人も流石に驚いたのか皇帝に助けを求めた。


「⋯司炎、流石に死罪は重すぎる」


「この娘は私を怒らせた。一番大事な者を傷つけたのです。陛下が反対でしたら大理寺(警察機関)に任せて投獄してもらいます」


大理寺と聞いて焦り始める秦心侯夫人。極悪人ばかりいる地下牢に貴族令嬢が投獄されたと広まれば今後婚姻は望めない上に、一族としても縁を切らないと汚名が残る事になる。死罪も投獄も人生が終わったとしか言いようがない冷酷すぎる処罰に紅州王の恐ろしさを改めて感じ、秦心侯夫人は冷や汗が流れていた。


「ストップ!流石に死罪は重すぎるでしょ!?何を考えているの!それでもこの国の宰相!?」


そこに割って入って来た人物を見て秦心侯夫人は安堵した。


「だが⋯お前を打ったんだぞ?お前が許しても私は許さない。本当は八つ裂きにしてやりたいくらいなんだぞ?」


狂気じみた紅州王の発言に秦心侯夫人は恐怖を覚える。


紅州王は家族にすら興味がない、娘を戦場に行かせた冷酷無慈悲な父親と巷ではそう言われていた。だが、実際は全く違うと江家の一部の者は知っていた。


「兎に角、死罪は重すぎる!もし死罪にするなら一生帰らないし、口も聞かない!」


「⋯⋯」


ショックで固まってしまった紅州王を支える白風雷と青栄樹、そして緑州王と黒州王は計算高い秦心侯夫人を警戒しつつ様子を見ていた。それは皇帝の龍飛や第二皇子の龍麒も同じだった。


「ああ、小蘭様。お久しぶりですわね?この度は我が娘が愚かな事を⋯本当に申し訳ございませんでした!」


小蘭を前にまたしても平伏す秦心侯夫人に、周りにいた女官や従者、兵士達は驚きを隠せない。たかが女官に大貴族の夫人が頭を下げるのはあり得ないからだ。


「ああ、江家ってあの庸おじさんの家か!夫人を見て思い出したよ!確か前の奥さんを追い出して正妻の座についた計算高い秦心侯夫人」


「!!」


小蘭の発言に秦心侯夫人の顔色が変わったのだった。










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