貴族令嬢の末路①
小蘭が龍朱を抱えようとした時だった。一人の令嬢が近づいて来るのが分かり、小蘭が振り向いたと同時に頬に衝撃が走った。
「女官風情が第三皇子に無礼な!!陛下の目の前で不敬にも程がありますわ!」
小蘭が頬を打たれたのが分かり、抱えられていた龍朱は驚いて固まってしまった。他の四人の令嬢も同じ気持ちなのか小蘭を睨みつけ、それを見ていた第一皇女である美芭をほくそ笑んだ。
「ちょっと!凛黎!打つことないでしょ!?」
第二皇女の蓉花が小蘭を打った令嬢、凛黎を非難する。
「蓉花皇女、この女官は第三皇子に無礼な態度をしたのです。不躾な女官にはちゃんと躾を致しませんといけませんわ」
「そうですわ!下賤の者が第三皇子に近寄るなどあってはいけませんわ!」
凛黎の言葉に賛同する他の令嬢達だが、皇帝陛下や他の王達が何も言わない事に違和感を感じ始めた。
「私を打ったのはどこの令嬢でしょうか?」
小蘭が放った言葉に一番に反応したのは紅州王である紅司炎であった。
「江家の当主である庸衞侯の長女、江凛黎だな。紅州の貴族だ」
「紅州王の部下ってわけか」
「ああ」
皇帝陛下に次ぐ権力を持つと恐れられる紅州王と対等に会話している女官を見て驚き、声が出ない令嬢達。そんな女官が凛黎を見て不敵に笑った。
「私は皇帝陛下に許可をもらい天使⋯いや龍朱殿下を馬に乗せようとしただけで御座います。それにご不満でしたら陛下に言って下さい」
許可をもらったと聞き、凛黎や他の令嬢の顔色が変わった。そしてそれと同時に黙っていた皇帝が立ち上がった。
「朕がこの女官に頼んだのだ。その女官を打ったという事は朕に文句でもあるのか?あるなら聞こう」
堂々たる迫力に令嬢達が急いで平伏した。一緒にいた美芭皇女も父親である皇帝龍飛の静かな怒りを感じて跪いた。
「勝手にやって来て皇帝付きの女官を打つとは、江家も偉くなったものだな」
緑州王こと緑光海がガタガタと震える凛黎に追い打ちをかけた。
「あ⋯陛下の命だとは思いもせず⋯申し訳ありません」
凛黎は地面に頭をつけて許しを乞うが、周りの視線が刃の様に凛黎へ鋭く突き刺さる。黙って聞いていた青栄樹や白風雷も呆れているのか軽蔑するような視線を向けていた。そして第二皇子である龍麒はというと、跪いていた妹の美芭の元へとやって来た。
「二度とここに来るな。性悪どもの相手をするほど俺や小蘭は暇じゃないんだ」
「⋯⋯兄上、申し訳ありませんでした」
怒りを隠さずに美芭へ辛辣に言い放った龍麒だが、父親である皇帝が何も言わないのでただただ頭を下げるしかない美芭。
「さて、天使ちゃん!気を取り直して馬に乗ろう!」
「頬は痛くない?」
心配そうに小蘭の頬を見る天使に癒される一同。
「あんなの痛いうちにはいらないから大丈夫よ!」
そう言いながら龍朱を軽々と馬に乗せる小蘭だが、黒州王である黒麗南だけは凛黎を睨み付けていた。
「江家か、いい暇潰しになるか」
不気味に笑う闇の番人に気付いた凛黎は、素早く麗南の元へ行き平伏した。そう、黒州王に目を付けられた者は破滅の道を辿るという噂があったからだ。自分の行いで江家が破滅する事になると思い冷や汗が止まらないでいた。
小蘭はもう気にしていないのか、龍朱と楽しそうに馬に乗っていた。蓉花も慣れたものでもう自分で馬に乗って走り、小蘭を追いかけるほどになっていた。
「うわー!楽しいーー!!」
キャッキャと嬉しそうな龍朱を見て嬉しそうな龍飛は、自らも馬に乗り小蘭の元へやって来た。
「龍朱!どうだ?楽しいか?」
「はい!父上も楽しいですかー?」
元気いっぱいな龍朱は、皇帝である龍飛に手を振る。
「ああ!蓉花!競争しようではないか!!」
「いやいや!父上に勝てるわけがないでしょう!?」
追いかけてくる龍飛から必死になりながらも逃げる蓉花に、小蘭や龍飛自身も驚きを隠せない。
「陛下!やっぱり蓉花皇女は才能がありますよ!!“うちの軍”に欲しいです!!」
「うちの軍って何よ!?女官が軍を持ってるの!?」
小蘭の恐ろしい発言に猛反発する蓉花であった。
そんな光景を見ていた美芭は悔しくて仕方がなかった。自分より下に見ていた妹が自分よりも目立ち、才能を開花させていく姿に嫉妬心を隠せない。
「まだいるつもりか?早く立ち去れ」
龍麒が美芭に再度警告する。
「兄上、あの者は一体何なのですか?」
美芭は小蘭を指差して龍麒に問う。そんな妹を見下ろしていた龍麒は、何も言う事なく馬に乗り小蘭達に合流したのだった。美芭はそんな光景を憎しみを込めて睨み付け、それからすぐに深呼吸すると何事もなかった様に笑みを浮かべて王達に一礼すると令嬢達を気にする事なく立ち去ってしまった。
残された令嬢達も急いで立ち上がると一礼して美芭の後を追っていく中で、凛黎だけは麗南の足元に平伏したままであった。
「お仲間が逃げて行きましたよ?」
麗南が優雅に茶を飲みながら凛黎に告げる。
「黒州王!お願いですから江家には何もしないで下さいませ!悪いのは私です!」
泣きながら懇願する凛黎だが、周りの王達は気にする事なく視線すら向けない。見かねた凛黎の女官達が平伏したままの主を起こそうとするが、凛黎は諦めきれずに今度は紅州王の元へ行き必死に助けを求める。
「紅州王!お願いです⋯父上は関係ありません!どうかお助け下さい!」
「江家を思うなら最初から軽率な行動を取らない事だな。江家が“綺麗”なら恐れることはあるまい」
紅州王の言葉に何も言えないまま、放心状態の主を女官達が抱える様にして、王達に一礼するとそそくさと去って行ったのだった。