戦姫vs皇女②
皇帝である龍飛の登場に、皆の緊張感が一気に高まる。
堂々とした力ある歩きで真ん中を闊歩する龍飛だったが、女官の中に小蘭を見つけて苦笑いしながらも席に座った。
「よく来たな。皆よ座れ。それと皇太子は今回不参加だ」
龍飛の掛け声で皆が頭を上げて席に着いたが、誰も龍鳳の件を詳しく聞くことはなかった。皆にとってはその程度の存在なのだろう。
そしてそのタイミングで女官達がそれぞれの席に甘味を運んできた。
「今日は貴重な砂糖を使用した蜜柑の砂糖漬けをご用意致しました」
高青の説明を聞いて喜んでいるのは、幼い第三皇子の龍朱だ。そんな龍朱を微笑ましく見ている小蘭だが、目線を龍飛に移した。
【私の分は!?】
そう訴える小蘭に龍飛は呆れながらも【用意させる】と目線で答えた。
「今日は妖魔退治と魔族との戦で活躍した青栄樹と白風雷を呼んだ。二人に聞きたいことがあれば聞け、今日みたいな事は滅多にないからな」
龍飛の言葉に、龍朱が少し緊張気味に口を開いた。
「あの⋯今日は戦姫はいないのですか?」
「ああ、彼女はやる事があって今回は不参加です。何か聞きたい事があったら伝えておきますが?」
青栄樹が優しく答えた。
「戦姫って本当に強いのかしら?この前もいなかったし⋯あ、公の場に顔を出せないほどに醜いのかしら!?」
龍朱の言葉を遮って戦姫に対して悪態をつく蓉花第二皇女。
「ああ、容姿ですか?皇女より数百倍は美しいですよ?心もね?」
白風雷が蓉花を見て鼻で笑う。
「な!いくら英雄だからって失礼ね!父上~!」
父親である龍飛に抗議する蓉花皇女だが、厳しい視線を送られている事に気付いて萎縮してしまう。
「蓉花、戦姫に対して失礼だ。もう少し公の場での発言に気をつけろ」
「⋯申し訳ありません」
落ち込む蓉花皇女を見てほくそ笑むのは第一皇女である美芭だ。
「わたくしも聞きたい事がありますの。お二人はまだ婚約者もいらっしゃらないわ。気になる方はいらっしゃらないのかしら?」
美芭の自信満々の笑みに、白風雷はまたもやゴミを見るような目で呆れ果てていた。
「気になる人はいます」
青栄樹がそう答えると、美芭は嬉しそうに笑った。多分自分の事だろうと思っているのだろう。
「⋯⋯父上、俺は甘いのが苦手です。だから食べたそうな女官にあげていいですか?」
龍麒の突然の発言に、揚揚や他の女官達が浮き足立つ。
「ああ、構わないが⋯」
嫌な予感がする龍飛だが、許可した瞬間に龍麒が小蘭を見て手招きする。
「凄く食べたそうだな、涎が出てるぞ?」
「甘味ーー!!ありがとうございます!!」
嬉しそうに龍麒の元へやって来た小蘭は、皿を奪うように持つとほんのり香る柑橘の匂いを嗅いでから口に入れようとした。
「待ちなさい!いくら兄上が許しても女官のくせに図々しいわよ!揚揚!何とかしなさいよ!」
蓉花皇女に言われるまでも無く、あまりに失礼な小蘭の行動に、揚揚は一礼すると急いで彼女の元へやって来てキッと睨みつけた。
「小蘭!いくら皇子が許可してもあまりに非常識ですよ!」
そう言いながら小蘭から皿を取り上げた。あからさまにがっかりした小蘭はトボトボと元の場所に戻ろうとした。
「おい、何故俺が許可をしたのにお前が取り上げるんだ?」
龍麒が立ち上がり、揚揚を睨みつけた。その威圧感とピリついた空気に一瞬で部屋が凍りついた。蓉花皇女も美芭皇女も恐怖で下を向き、龍朱はブルブルと震えていた。
他の女官達は関係ないとばかりに目線を下に向けていた。
「あ、あまりに失礼な態度でしたので、あの者には厳しい教育が必要かと⋯」
「陛下の許可も得たのにお前が取り上げるとは⋯陛下の意見を無視したお前は失礼ではないのか?」
追い詰められていく揚揚は冷や汗が止まらない。
「もう良い。揚揚、席を外せ。他の女官もだ」
女官達は助かったとばかりに、深く一礼するとそそくさと出て行こうとした。
「ああ、そこの二人は残れ」
小蘭と白風を見て厳しい口調で龍飛が命じた。これに出ていこうとした揚揚はほくそ笑んだのだった。
残ったのは高青と顔太監、そして皇族だけだ。
「陛下!食べて良いのですか?」
不躾にも残った女官が龍飛に詰め寄っている。これに驚いたのは二人の皇女と幼い皇子であった。
「ああ、好きなだけ食べろ」
龍飛も自分達に見せたことのない笑顔でその女官に許可していた。
小蘭は龍飛に許可を取ったので、手招きする龍麒の元へ行き、先ほどの皿を受け取り美味しそうに頬張り始めた。それを微笑ましく見守る一同だが、蓉花皇女が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「父上!この女官は何なんですか!?あまりに失礼です!!」
指差した方向では、小蘭が龍麒の隣に座り、横にいる天使のような龍朱と“美味しいねぇ~?”と微笑みあっている光景であった。それを見て指を指して爆笑するのは白風雷だ。
「失礼か失礼ではないかは朕が決める事だ。お前に害を与えていないなら良いであろう?」
龍飛が蓉花皇女を嗜めるが、その行為を庇ったと受け取った蓉花皇女は更に激昂する。いきなり立ち上がると、小蘭が美味しそうに食べていた皿を奪うと思いっきり床に叩きつけた。
突然の事に衝撃を受ける小蘭と龍朱。さすがに美芭皇女も驚き呆れていた。
「ふん!これで食べれないでしょ!」
そう言って高らかに笑う蓉花皇女に、小蘭は立ち上がるとゆっくりと近づいて行く。
「砂糖なんか庶民は到底手に入らない貴重なものです。それを貴女はゴミのように床に叩きつけた!」
怒り心頭の小蘭の迫力に、恐怖を覚え一歩また一歩と後退りする蓉花皇女。
「飢えで苦しんでいる者もいるのに、皇族が食べ物を粗末にするとは!!」
「な!女官のくせに皇族を侮辱するの!?」
「どこまでも愚かな皇女ね?噂は聞いていたけど噂以上だわ」
そう言いながら床に散らばった砂糖漬けを皿に戻している小蘭。そしてまた食べ始めようとする。
「小蘭、そこまでするな。俺のを食べろ」
青栄樹がまだ手を付けていない皿を小蘭に渡そうとした。だがそれを見た美芭皇女の顔色が変わった。
「いえ、栄樹様。女官を甘やかさないで下さい。この者は不敬にも皇族を侮辱したのです。高青、早く拘束してちょうだい」
美芭皇女は高青に指示するが、彼は一歩も動かない。
「高青?早くこの不快な女官を追い出して?」
「いい加減にしないか!!」
龍飛が立ち上がり皇女達を見て怒鳴りつけた。龍麒以上に凄まじい威圧感に美芭皇女と蓉花皇女は驚き、そして恐怖で固まってしまった。
「蓉花!小蘭の言った通りだ!砂糖はかなり貴重だ、それを床に叩きつけるなど言語道断!美芭もだ!何が侮辱だ!こんな娘達を持って朕は恥ずかしいぞ!」
「「⋯⋯」」
そんな光景を見てポロポロと泣き出してしまった龍朱に、小蘭が近づいて行き慰め始めた。
「天使ちゃん、泣かないで!ほら、蜜柑の砂糖漬けのおかわりよ~?」
小蘭は龍飛の前に置かれていた皿を奪うと、龍朱に与えた。それを見て余計に爆笑する白風雷、あの真面目な青栄樹も肩を震わせていた。
「あの⋯これは父上のです」
「アハハハ!五歳児にまともな事を言われてるよ!」
白風雷が小蘭を指差しながらツッコむ。
「良い。それは朕から龍朱へのお詫びだ。怖い思いをされたからな」
龍飛に笑顔で言われた龍朱は嬉しそうに笑うと砂糖漬けを頬張り出した。
「ああ~可愛い~!!でも将来はあの二人みたいにゴツくなるのかな~!」
小蘭は龍飛と龍麒を見ながら溜め息を吐いたのだった。