小蘭の怒りと悪人の末路⑦
小蘭達がひたすら奥に進んで行くと、大きな牢の前に着いた。そこには先ほど説明があった罪人が椅子に縛られているが、皆が拷問を受け息も絶え絶えだった。だが、皇帝である龍飛が現れた事で、罪人達は口を揃えて命乞いを始めた。
「ああ陛下!!私は無実です!なのに大理寺の者が拷問で無理矢理吐かせたのです!!」
高貴な雰囲気は微塵もなくなり、“罪”と書かれたボロボロの囚人服を着ている女官長の明月が必死に訴える。
「こちらには証人がいる」
高青が小蘭を呼ぶと、明月は鼻で笑った。
「下級女官など信用ならないですわ!」
「私に肥溜め掃除を命じたわよね?」
「は!だから何?下級女官なんかどこで働いても同じよ!」
「下級女官の給料を満額渡さないで抜いてたわよね?」
「⋯⋯それは私じゃないわ!」
「それ以外にも下級女官達に対する嫌がらせを黙認したり、宦官からの性的嫌がらせも知っていて金を貰い黙認していた。違いますか?」
小蘭の言葉に怒りで顔が真っ赤になる明月。
「どこに証拠があるの!!」
縛り上げていなかったら小蘭に飛びかかっていただろう。
「貴女の部下である女官二名が白状しました。証拠の帳簿も押収しています。燃やそうとしていた女官も拘束して尋問していますので時間の問題でしょう」
高青が淡々と述べる。
「わ⋯私じゃないわ!!私じゃないのよ!!」
泣き喚く明月は、横で震えている高官を睨みつけた。
「この者達も下級女官に手をつけて、その尻拭いは私がやったわ!こいつらは殺人だってやってるわよ!肥溜め掃除の男達を仲介人から安値で買い、無給で働かせて死んだら処分していたわ!」
「な!あいつらが勝手に死んだんだ!!私達は何もしていない!遺体を捨てたのはあそこの責任者だ!!」
「は!そう命じたのはあんた達でしょ!」
罪人達は恥ずかしげもなく罪をなすりつけ合い、罵り合っていた。
「もう良い!お前達の罪は重い!楽に死ねると思うな!」
皇帝龍飛の怒りを受けた罪人達はただ項垂れるしかなかった。
「罪状を改めて纏めて刑を決める。高青は引き続き調査を続けよ!」
「は!」
高青が跪いて一礼した。
それから決まった事は、女官長である明月は絞首刑、上級女官である四名が流刑先での一生強制労働、中級女官である二十九名は懲役二十年、高官六名は斬首刑で家族は平民に格下げ、宦官(太監)三名は流刑先での一生強制労働とかなり重いものになった。
そして水面下では皇后の事も調べ続けていた。明月は皇后のそばにいたが、信用されていなかったのか何も知らなかった。皇后専属の女官達を調べているが隙がなく、神のように皇后を崇めている者もいた。なのでそこから話を聞く事は難しいので、内通者を送り込む作戦で何人か潜伏しているらしい。
小蘭はというと、相変わらず下級女官として働いていた。今度の配属先は白風と同じ洗濯場であったので、先輩の嫌味や嫌がらせも気にする事なく楽しく働いていたが、三日目になってそれは起こった。
鼻歌を歌いながら洗濯をしていると、赤色の女官服を着た上級女官がこちらに向かって歩いて来た。洗濯場は騒然として皆が手を止めて一礼する。その女官は普通の女官ではなく、皇后専属の女官頭”芙陽“であったからだ。年齢は五十代だろうか、とても穏やかそうな笑みを浮かべて何故か小蘭の方へ歩いて来たのだ。
「貴女が小蘭かしら?とても可愛らしい子ね」
笑顔で小蘭を見つめる芙陽に、周りは驚き、白風は訝しげに見ていた。
「ありがとうございます。あの、私に何かご用でしょうか?」
「ああ、忙しいのにごめんなさいね。貴女にどうしても会いたいという方がいるのでついてきてくれるかしら?」
高貴な身分の者の言う事は絶対なので断る事なく頷き一礼した。白風は気配を消してどこかに消えたが、多分父上に報告しに行ったのだろう。
小蘭は大人しく芙陽の後に続いたが、洗濯場の先輩は羨ましそうに、妬ましそうに小蘭が見えなくなるまで見続けていた。後宮内に入り、一番豪華で広大な宮に辿り着いた。ここは皇后が住まう”帝天宮“だった。
(皇后か⋯面倒な事になりそうね)
考え込む小蘭の視線の先に白いものが見えたので、チラリと見ると、朝からずっと寝ていた子猫姿の天ちゃんだった。天ちゃんは任せとけと言わんばかりにウインクすると、よちよちとどこかへ行ってしまった。
(嫌な予感がするわ)
芙陽と共に帝天宮の中へ入っていく小蘭。そこは赤が基調の家具が置かれていて豪華だが少し下品にも見えた。下級女官らしく下を向き進んでいくが、冷たい視線が突き刺さるのが分かる。
「この部屋には皇后様がいらっしゃるので失礼がないようにしてね」
「⋯⋯はい」
二階に上がり、一番奥にある部屋の前で芙陽から忠告された。
そして扉が開き、芙陽が深く一礼して先に進む。
「皇后様、例の女官を連れてきました」
「入りなさい」
冷たい声が返ってきて、小蘭は芙陽と共に一礼してから入室した。そして奥の部屋にいたのは豪華な椅子に座る、相変わらず派手な皇后だった。
「顔をあげなさい」
下を向いていた小蘭は、皇后の許しが出たので顔をあげて真っ直ぐに皇后を見た。
「本当に綺麗な子ね?姉の星花には会った事があるけど全然似てないのね?」
(私を知ってるのね。馬鹿皇太子が話したか⋯)
「⋯⋯。私は母親似だそうです」
「そうね?確かに麗華にそっくりよ」
何故か含みのある言い方に感じた小蘭は皇后を見た。笑っているように見えるが、目は全然笑ってなく嫌悪さえ感じる。
「皇后様、私にご用でしょうか?」
「貴女をわたくしのお付きにしたいのよ」
「⋯専属の女官で御座いますか?」
「ええ、貴女はあの紅家の令嬢よ?下級女官ではなく私に付いていた方がいいわ。それに貴女には”皇太子“に嫁いでもらいたいのよ」
皇后の言葉に頭がくらくらする小蘭。あまりに身勝手で傲慢な皇后に怒りさえ覚え始めた。
「私が皇太子殿下になど畏れ多いです。ずっと戦場にいたので教養も御座いませんし、もっとお淑やかな女性はたくさんいますので」
「貴女は絶対に皇太子と婚約するのよ!龍麒ではなく龍鳳よ!!」
血走った眼で小蘭を睨む皇后に、芙陽が近づき落ち着かせる。
「皇后様、麗蘭様が怖がっていますから落ち着いて下さいませ」
「⋯⋯そうね。とにかく明日から専属女官として働きなさい」
皇后や芙陽、周りの女官からの圧に困り果てていると、タイミング良く救世主が現れた。
「皇帝陛下、龍麒殿下がお越しになられました!」
外にいる女官の声に皆が驚き、急いで跪き、下級女官の小蘭は平伏した。そして扉が開かれると、皇帝である龍飛と第二皇子である龍麒が堂々と入ってきた。
皇后は席を空けて、そこに龍飛が座る。皇后をはじめ女官達も何年振りかに皇帝陛下が訪れた事に嬉しさを噛み締めていた。
皇帝が後宮を訪れる事があまりないので、今頃話を聞いた側室達が悔しがっているだろうとほくそ笑む皇后。
「小蘭、立て。母上に何を言われたんだ?」
母親である皇后を見る事なく、小蘭を優しく立ち上がらせる龍麒。
「朕も聞きたい。小蘭、何を言われたんだ?」
「⋯⋯明日から皇后様の専属女官になるようにと言われました」
「「⋯⋯」」
それを聞いた瞬間に皇帝である龍飛と皇子龍麒の顔色が変わったのだった。