謎の少女 小蘭(シャオラン)
皇宮のとある場所に集まっている大勢の女性。気品溢れる華服の女性から平民服の女性まで年齢も見た目も様々だ。
その中には今年十六歳になる小蘭もいた。平凡な平民服を着ているが、皆が彼女の容姿に釘付けになっていた。まぁその大半は嫉妬心だろう。容姿が飛び抜けていればそれだけ皇帝に見初められる可能性が高いからだ。
平民とは思えない絹のような綺麗な黒髪に吸い込まれそうな大きな瞳、天女のような可憐な顔立ちをしていた。
「麗蘭様⋯本当に女官になるのですか?」
「小蘭よ。それに敬語はやめてちょうだい」
小蘭に話しかけるのはこれまた目立っている女性だった。見た目は二十代だろう。彼女も平凡な平民服を着ているが、綺麗に整った顔立ちで妖艶な雰囲気を漂わせてる。
「⋯⋯。貴女なら他にも方法はあるのに何故女官なの?」
「一番自然に近づけるじゃない!私は家柄じゃなくてありのままを見て欲しいのよ!」
「だけど今頃は“王”があのお馬鹿な置き手紙を読んでる頃よ?」
「白風、お馬鹿って失礼ね。正直に書いたのよ」
白風は小蘭の発言に頭を抱えながらも周りを冷静に観察していた。数人の女性がこちらに敵意を向けていたからだ。
「白風、殺意じゃないから放っておきなさい」
小蘭はすでに感じて取っていたらしが特に気にした様子はない。そう殺意ではないから。
それから直ぐに女官面接担当の皇宮女官が数人やって来たが、女官達はやって来てすぐ値踏みするように女性達をを見下ろしていた。
(嫌な感じね)
「まずは教養についての試験を行う。ついて来なさい!」
一番位が高いであろう年配の女官がそれだけを言うと歩き出した。女性達はただただ緊張気味に女官の後を追おうとしたが、何故か平民服の女性達だけが止められた。
「平民に教養は求めていないわ。下級女官から始めなさい。嫌なら出て行って構わないわよ?」
ゴミを見るような目でこちらを見下ろす年配の女官と馬鹿にしたように笑う取り巻きの女官に、平民出身の女性達は悔しそうに下を向いた。
「待ってください!何でもしますから⋯下級女官だけはお許し下さい!」
だが一人の女性が年配の女官に近づいて何やら袋のような物を渡した。
「⋯⋯。あなたは“教養”がありそうね?ついて来なさい。残りは下級女官の手続きをして来なさい!」
袋を確認した年配の女性はそれを懐にしまうと、女性に試験の資格を与えたのだった。小蘭と白風はそれを静観しながらも、言われるがまま下級女官の手続きを行ったのだった。
そして平民出身者が連れて行かれたのは古びた小屋が建ち並ぶ場所だった。6畳あるかないかの部屋に四人が順に入れられる。部屋に中には薄っぺらい布団と私物を入れる籠があるだけだ。唖然とする女性たちを見て下劣な笑みを浮かべる女官。
「渡した女官服を着てさっきの場所に来なさい!直ぐに仕事をしてもらうから!それにしてもいつ来ても汚い、私だったら絶対無理だわ!」
女官はそう言い残して去っていったが、幸いにも小蘭は白風と同じ部屋だった。
「こんな所で寝ろって言うの!?酷すぎる⋯これからこうやって虐められるのね」
泣きながら着替えているのはそばかす顔の少女だった。名は睦瑤で小蘭と同じ今年十六歳になるが、栄養が足りないのかかなり痩せていて華奢だ。
「私はお腹いっぱい食べれるかなと思ってたのに雲行きが怪しいわね」
能天気な発言をするのは小太りの温和そうな少女だった。名は環莉で今年十八歳になる。
「貴女達、凄く綺麗なのに可哀想⋯嫉妬されて虐められそう」
睦瑤が小蘭と白風を見てまた泣き出した。
「泣かないで?とりあえず早く着替えて行きましょう」
白風は睦瑤を励ましながらも早く着替えをさせようと急かす。環莉は鈍臭そうに見えるがもう着替え終わっていた。小蘭もささっと着替え、四人は急いで先ほどの場所に向かった。
「どうしてですか!?」
「何で⋯酷いです!!」
女性達の騒がしい声が聞こえてきたので、四人は嫌な予感がして立ち止まり、陰からそっと覗いてみた。
「下級女官に拒否する資格はないわ!早く脱ぎなさい!」
数人の女官達が若い女官を取り押さえて無理やりに服を脱がそうとしていた。そんな光景を卑しい目つきで見ているのは数人の男性だった。
「あれは宦官ね」
小蘭の呟きに頷く白風。
「何で分かるの?」
驚くのは睦瑤だ。平民がそんな事を知っているわけがないからだ。
「ああ、あれは下級宦官の服だもの。女官にもあるように宦官の服にも位があるの。最高位から紫・赤・青・緑そして下級の茶ってね」
「小蘭凄い!そんな知識があるなら試験も受けれたのに!」
「無理よ。平民は女官にお金を渡さないと受けられないわ」
下級女官は女官の中でも出世できる確率がゼロに等しい。なので上級女官や宦官の嫌がらせを受けることが多いのだ。そしてまさに今、新人の下級女官虐めが始まっていた。
「危険な物を持ち込まれたら困るからな?私たちが確認しないといけないんだよ」
泣いている下級女官達を見て五人の宦官達がニヤニヤと下劣な笑みを浮かべている。
そこへ小蘭達がやって来たので、宦官達や女官達の視線が一気に釘付けになった。今まで下級女官でここまで美しい女は見た事がなかったからだ。
「お前達も検査しないといけないから脱ぎなさい!」
睦瑤は顔を真っ赤にして震え出し、環莉は悔しそうに拳を握る。
「そこの二人!お前達から脱げ!」
宦官達は小蘭と白風を指差して強い口調で命じる。
「⋯⋯嫌だと言ったら?」
小蘭が宦官達を真っ直ぐに見ながら反論する。
「生意気な女だな。だったら無理矢理にでも脱がせるしかないな!」
そう言うと女官達が小蘭を取り囲み、一気に緊張感が漂う中で急に辺りが騒がしくなり始めた。
「何をやっているのですか?」
冷たい声色と共に現れた人物に宦官や女官達は驚愕して腰から崩れ落ちた。下級女官はその人物が誰かは分からないが、非常に高貴な身分と分かるので急いで平伏した。睦瑤と環莉も見よう見まねで平伏したが、小蘭と白風だけは立ったままその人物と視線を交わしていた。
「あ⋯あ⋯何故⋯」
声を出そうとするが震えて思うようにいかない宦官に変わり小蘭が話し出した。
「これはこれは大長秋様。良い所にいらっしゃいました」
「おい!下級女官風情が話しかけるな!!」
宦官の一人が小蘭を怒鳴るが、宦官の最高位である妖艶な男性が怒鳴った宦官を冷たく睨みつけた。大長秋とは皇宮の宦官達の長でもあり、皇宮の全てを管理する皇府の長官でもあるのだ。
最高位を表す紫の宦官服を身に纏い、赤い宦官服の太監を数名を連れて堂々と立っていた。中性的で圧倒的な美貌の大長秋を、平伏している下級女官達も気になるのかちらちらと視線を向けてしまう。
「⋯其方、名は何と言う?」
「小蘭と申します」
「⋯小蘭か、良い所にとはどういう事だ?」
「はい。今まさに服を脱がされそうになっていたのです」
小蘭の言葉にどんどんと顔面蒼白になっていく宦官と女官達。
「服を脱ぐ?何故脱ぐ必要がある?それに何故ここに宦官が五人もいるんだ?」
「それは⋯その⋯危険物を持っていないか確認を⋯」
大長秋である男性、高青の圧倒的な威圧感と冷たい雰囲気に耐えられずに上手く答えられない宦官。
「私の管轄でそんな事が起こると思っているのか?」
「いえ!滅相もございません!!」
「今までもこのような事をしていたようですよ?」
小蘭は共犯の女官達が悔しそうに涙を流しているのに気付いて進言する。
「小蘭と言ったか。お前なら此奴らにどのような刑を受けさせる?」
「そうですね⋯極悪な罪人のいる牢に入れるというのはどうでしょうか?嫌でも毎日裸にされますよ?」
それを聞いた宦官はガタガタと震え出して失禁までする者もいる。
「フッ⋯いいだろう。此奴らを連行しろ!」
高青の一声で泣き叫ぶ五人の宦官が衛兵に連れて行かれ闇に消えていった。
「この女官達はどうする?」
「この人達もある意味で被害者です。下級女官に降格が的確かなと思いますが?」
高位宦官達も下級女官達も大長秋である高青と普通に話をしている小蘭に驚きを隠せない。
「いいだろう。今回の事は不問とするが、また下級女官に嫌がらせをした者は厳重に処罰する!」
女官達は高青と小蘭に涙ながらに何度も感謝の言葉を伝えたのだった。
「はい!」
急に小蘭が手を挙げた。
「何だ?」
高青が怪訝な顔をしたのでまた緊張感が高まる。
「私達の部屋ですがもう少し良くならないですか?まだ豚小屋の方がマシですよ?」
「小屋だと?二ヶ月前に修繕をしたと報告があったはずだが?」
高青は振り返り一人の高位宦官である男性を見る。
「それは⋯修繕したと報告はありましたので⋯!」
「見に行かなかったのか?」
「⋯⋯それは⋯」
高青に詰められて冷や汗が止まらない高位宦官の男性。
「今から視察する。小蘭、案内してくれ」
「はい。こちらです」
そんな小蘭を皆が唖然と見ている中で、白風だけが笑っていたのだった。